『経済広報』(2016年6月号)掲載
企業広報研究

グローバル企業のインターナルコミュニケーション
~コミュニケーションが生み出す組織の透明性~

岩原雅子

岩原 雅子(いわはら まさこ)
イン・タッチ・コミュニケーションズ 代表 

 世界何十カ国にもわたって拠点を持つグローバル企業のインターナルコミュニケーションを考えるとき、その最大の特徴は、コミュニケーションの対象となる従業員が極めて多様であるということだろう。国も文化も慣習も価値観も違う。 精神的にも物理的にも、本社経営陣とは大きな距離を感じている従業員も少なくないであろう。使う言語も多彩にならざるを得ない。しかし、こういったグローバルならではの特性に対応するインターナルコミュニケーションは、実は企業風土の透明性を高め、風通しの良い職場をつくる効果があると感じている。

企業理念をコミュニケーションの中に具体的に取り入れる

 グローバルに展開する企業には、全従業員が最初から共有しているものが何もないという事情がある。これは企業にとって切実な問題で、だからこそ唯一共有できるもの、共有したいものとして企業理念の浸透に本気で取り組むのではないだろうか。理念を共有することによって、その企業の価値観を共有する。それが一体感や帰属意識に繋がる。ただしそれは中途半端なシェアでは意味をなさず、企業理念が日々の行動や意思決定のよりどころとなるくらい浸透して、初めて共有しているといえる。
 私が勤務していたP&Gでは、「PVP(企業目的:Purpose、共有する価値観:Values、行動原則:Principlesの頭文字)」と呼ばれる企業理念を表す言葉が頻繁に従業員の日常会話に登場する。特に「正しいことを正しく行う」ことの代名詞のように使われている。「そのやり方はPVP上、問題ないのかな?」といった具合である。初めて会う他国の従業員であってもPVPの話をするとすぐに通じ合う。同じ言葉で話しているという実感が湧いてくるのだ。それくらい、勤務地や部署にかかわらず、同じように理解が進んでいる。
 企業理念を従業員の日々の行動にまで落とし込むには、メッセージの中に具体的に取り入れ続けることが必要だ。壁に飾って毎日唱和すれば暗記はできるかもしれないが、一人ひとりのアクションには結び付かない。P&Gでは「社員は会社にとって最も重要な資産である、という私たちの価値観に基づき、この案件に対応します」「会社と個人の利害は分かち難いものである、という行動原則に基づき柔軟な勤務体制を強化します」というように、会社の意図を従業員に伝達する際に、そのよりどころとなる理念も一緒に伝えるということが長年にわたり一貫して実践されている。CEOや社長からのメッセージのみならず、様々なアナウンスメント、イントラネットの社内ニュース、研修プログラムなどでも、企業理念に謳われる価値観や行動原則が具体的に明示されるため、従業員一人ひとりが自分のものとして吸収・習得(インターナライズ)していくのだと思う。

CEOのメッセージは世界中のリーダーたちが責任をもって展開

 全社的な業績や事業方針、組織の改編などを社員に発表するといったコミュニケーションはCEOの役目である。このような場合、CEOがライブやビデオなどで直接従業員にコミュニケーションをすることは必須であるが、それだけで終わらせては、せっかくのメッセージの効果が十分に生かされない。
 世界中で操業する企業では、トップの全体メッセージでは全体像は分かっても、発表された内容が自分たちの国の事業にどのような影響があるのか、またはないのか、あるとすればいつどのように、自分たちの部署はどう変わるのか、自分の仕事は、といった様々な疑問が生まれる。
 多様性に富んだ組織であるが故に、その答えも多様である場合が多い。トップのメッセージが離れた国の(通訳を通して聞く場合もあるであろう)末端の従業員にもぶれずに伝わるためには、その国を統括する責任者や事業部門のトップあるいは工場長など、従業員に近い管理職がフォローアップのセッションをもって質問に答えたり、自分たちにとってどういう意味(インプリケーション)があるのかを一緒に話し合ったりすることが効果的だ。これによって遠い存在であるCEOのメッセージが身近なものとなり、コミュニケーションの本来の目的が達成される。
 このフォローアップのためには、CEOのコミュニケーションを担当するチームによってガイドラインや解説、Q&Aなどが作られることもある。このフォローアップを各組織のリーダーたちに課し、アカウンタビリティーをもたせることによって、彼らはメッセージの受け手から発信者の一員へと変わる。発信者サイドの人間が多くなることで、メッセージの浸透度は高くなる。彼ら自身がCEOの意図を(部下に説明できるほど)深く理解することが組織全体への浸透を加速させるのだ。受け取る側も、より自分たちに近いリーダーが解説してくれることによって理解を深める。全員のエンゲージメントレベルが深まることになる。

誤解を生まないクリアでシンプルなメッセージ

 インターナルコミュニケーションを社内広報に限らず社内のあらゆる意思疎通のためのコミュニケーションと捉えると、ツールとしての言語は、英語を公用語として使うか、必要に応じて翻訳して伝えるか、もしくはその併用となる。「英語の社内文書は8歳の子どもが理解できる言葉で書くこと」P&GのかつてのCEOが発信したメッセージである。グローバル企業には、日本人も含め英語を母国語としない従業員が多数存在する。いちいち辞書を引かなくては分からない単語やネイティブに聞かなくては理解しがたい表現などは、大切な時間をムダに使わせることになる、従業員の時間は消費者への付加価値に繋がることにのみ使うべきだ、という意味であった。
 トップからの全社員向けのメッセージなどは英語と共にそれぞれの言語に訳して提供することも多いが、どのような言語であっても、母国語であってもクリアでシンプルであることは非常に大切だ。最も伝えたいキーメッセージは何か、それをパワフルに伝えるにはどのような具体例または説明が必要か、一部の人にしか分からないような内容や表現になっていないか、不要なことまで入って散漫になっていないかなど、注意点はいくつもある。この組み立て方は、プレゼンや提案書、口頭での交渉など、あらゆるコミュニケーションで重視すべきものとされる。提案書を必ず1ページの書類に収めるワンページメモといったP&G独特のスタイルも、読み手の時間をムダに取らない、誰が読んでも誤解を生まないクリアな内容を目指して生まれたものだ。

多様性への対応が組織の透明性を高める

 企業理念が従業員の価値判断のよりどころとなるくらい深いレベルで共有されるということは、皆の判断基準が共通している、つまり判断基準に透明性が生まれるということに繋がる。極端に多様性に富んだ従業員をひとつにするために企業理念に徹底してフォーカスを当てることが、結果的に風通しの良い組織を生む。CEOのメッセージが様々なリーダーを通して一貫性をもって組織全体に理解されていくことも、透明性の高い風土の醸成に効果的である。さらに受け手が多様であるからこそ、シンプルでクリアなメッセージを全社的に心掛けると、おのずと複雑なコミュニケーションは排除され、明示されたものだけが伝わっていく、これも風通しの良さに役立つ。
 何もかもが違うことを前提に、究極の多様性にふさわしいコミュニケーションを追求すると、焦点を絞ったクリアなものになり、それが組織自体の透明性にも繋がる。同じような取り組みはグローバル企業でなくても、メリットは大きいと思う。

岩原雅子(いわはら・まさこ)
元P&Gジャパン広報マネージャー。1983年に現P&Gジャパン入社。秘書・法務・組織開発を経て1999年から2014年まで企業広報・CSR(企業の社会的責任)・社内広報などを担当。2009年、経済広報センター企業広報功労・奨励賞受賞。2014年にP&Gを退職。2015年8月から現職。一般社団法人国際CCO交流研究所理事。

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