経済広報

『経済広報』(2011年11月号)掲載
第27 回「企業広報賞」選考委員選考所感
「嚢中(のうちゅう)の錐(きり)」としての広報能力
(選考委員長)伊藤 邦雄(いとう くにお) 一橋大学大学院 商学研究科教授 商学博士
写真:伊藤 邦雄  企業のコミュニケーション活動は単なる「べき論」を超えて、極めて実践的な意義を持っている。コミュニケーション活動の良し悪しが企業や経営者に対する評価を左右し、ひいては企業価値を決めることになる。この点で、コミュニケーション活動の意義を軽視する経営者は、市場から「ペナルティー」を科せられる一方、コミュニケーションを戦略的に展開する企業は、市場から「プレミアム」を享受することになる。企業の広報能力を市場は見ているのである。
 今回の企業広報大賞を受賞されたヤマトホールディングスは、ヤマト運輸を通じて日々の国民の生活向上に貢献しているだけでなく、現場重視の活動を企業広報という視点で吸い上げ、日ごろのコミュニケーションに生かしているのが高く評価できる。また、そうした姿勢は東日本大震災でも遺憾なく発揮され、同社の活動が本物であることを証明した。
 企業広報経営者賞を受賞された2人は、それぞれ異なるポイントで高い評価を受けた。天坊氏は、自社の最高広報責任者であるだけでなく、業界のスポークスマンとして功績を残した。2つの顔に共通するのは、高いコミュニケーション能力である。原田氏の、切れの良いキーワードを交えたコミュニケーションは印象的である。ツボを心得た話し方は、本賞を受賞するに大いに値する。
 企業広報功労・奨励賞を受賞された2人の広報担当者は、まさに長年の広報活動に対する姿勢が高く評価されたものであり、その世界では知る人ぞ知る、有名な広報人材である。広報の資質は、時間の流れの中で磨かれ、価値が高められていくのだということを雄弁に物語っている。「経年劣化」ならぬ「経年優価」を証明した斉藤氏と吉澤氏の受賞を心より喜びたい。
大震災で重みを増す企業広報
山崎 宏(やまざき ひろし) 日本経済新聞社 編集局次長兼経済金融部長
写真:山崎 宏  東日本大震災は日本経済の心象を大きく変えた。被災地はようやく復興の取り組みが本格化し、寸断されたサプライチェーンも復旧しつつある。しかし、経済が元の姿に戻ることはないのではないか。原発事故がもたらした電力不足の危機、生産分散化の動きと国内空洞化の懸念など理由は幾つもある。デフレや少子高齢化に苦しんできた日本経済がこうした新たな課題を克服できるのか、不安は拭えない。
 必然的に企業も変わらざるを得ない。震災というショックを前に、経営者が顧客や社員、株主に対して何を発信するのか問われるだろう。審査を通じて実感したのは、トップの明確なメッセージは必ず社会に伝わるということである。今回選ばれた企業や経営者に共通するのは、そうした強い意志を持ち、継続的な努力をしていることだ。企業と社会をつなぐ役割を担うのが広報である。大震災を経て、経済社会の基本的な前提が変わる時代に、その責務はますます重くなるだろう。
激変の中で変わらぬ広報の意義
高田 覚(たかだ さとる) 朝日新聞東京本社 経済エディター
写真:高田 覚  日本経済は、3月11日の東日本大震災と原発事故によって甚大な被害を受けた。だが、破壊された製造・流通拠点は、危機に立ち向かう強い「現場力」を発揮して急回復してきた。そうした激変の中で、多くの企業では、自らの果たすべき社会的使命を再確認する場面があったのではないか。
 経営学の泰斗(たいと)、ドラッカーも言う通り、企業の目的は社会にある。広報活動の役割は、危機の中にあっても変わらず、自社の事業の使命を深く理解し、社会への情報発信・コミュニケーションに真摯(しんし)に、誠実に取り組むことによって、企業価値を高めることだろう。今回受賞された皆さんは、そうした継続的な努力が高く評価されたのだと思う。心からお祝いを申し上げたい。
 日本経済にとって、厳しい試練の時期はまだまだ続く。企業はそれぞれの事業の中で、社会の復興・再建に向き合っていくことになる。目指す方向を積極的に発信し、新しい社会づくりに貢献するためにも、広報の役割は重要だと考えている。
共感を呼ぶ広報が新たな社会の創造を導く
藤沢 久美(ふじさわ くみ) シンクタンク・ソフィアバンク 副代表
写真:藤沢 久美 テレビがデジタル化されると、事実上、すべての人々がインターネットにアクセスできるようになる。インターネットがもたらしたものは、情報の洪水。当事者の意思に関係なく、様々な情報が世に流される。こうした環境の中で、広報の在り方は、大きく変わらねばならない部分と、変わってはならない部分があるに違いない。
 変わらねばならないのは、情報の洪水に埋もれないための発信の工夫だ。そのひとつが、共感を呼ぶ情報であるかどうか。企業広報と共感は、相いれないように思われるが、決してそうではない。今回受賞された企業は、情報としてだけでなく、人々の心に届く企業の思いや信念に裏打ちされた発信が多かった。
 変わってはならない部分は、産業界の代表としての矜持(きょうじ)であると思う。受賞企業の皆さまは、まさに自社のみならず、産業界そして社会の進むべき道に思いを込めた発信をされている。
 社会をリードするのは政治ではなく、企業である。そのことを改めて思う今回の企業広報賞であった。
危機時に試されるトップの発信力
松木 健(まつき けん) 毎日新聞東京本社 経済部長
写真:松木 健  日本は戦後最大の危機にある。東日本大震災の被災がすべての始まりだが、国の最高権力者である首相自らが招いている政治空白で、その危機は増幅されている。被災地復興、福島第一原発事故の収拾への取り組みが本格化しつつある中、政治の体たらくは国民の士気を著しく低下させ、国際社会から日本に注がれる視線は日ごとに厳しさを増している。トップの言動、発信力がいかに重要か。企業社会にも強い示唆を与えている。
 企業広報経営者賞受賞のお二方は、いずれも一企業のトップという枠を超え、業界全体に対する理解度の底上げ、イメージアップに大きく貢献していることは論をまたない。だらしない国家のリーダーに比べ、頼もしいことこの上ない。
 企業広報大賞は、やはり震災対応、被災地支援の情報をいかに効果的に発信できているかが選考の大きなポイントになったが、世の中に発信せずとも、地道に物心両面で被災地を応援し続けている企業が山ほどあることも忘れてはならない。
混迷時こそ求められる「強い広報」
丸山 淳一(まるやま じゅんいち) 読売新聞東京本社 経済部長
写真:丸山 淳一  東日本大震災は人的、物的被害だけでなく、円高や電力不足という経済災厄まで引き起こした。危急の時に政治は経済の足を引っ張り、復興の道筋は一向に見えてこない。先が見えず、誰も頼りにならない中でどう動き、何を発信していくか。各企業は真価を問われているといっていい。
 選考では、震災後の対応を注視した。復旧にいかに人材や資金を投じているかというより、今、何をすべきかを自分の判断で決めて迅速に実行し、それを的確に発信できるかどうかを基準にしたつもりだ。企業広報大賞のヤマトホールディングスをはじめとする受賞者・企業は、いずれもこうした底力を備えた「強い広報」を実践していると思う。
 ポピュリズム政権の弊害なのか、最近「六重苦」に陥る日本経済の現状を直視せず、企業の言い分を眉唾と見る傾向が強いように思う。「企業 vs 市民」といった薄っぺらい二元論を排除し、混迷を打ち破るためには、各企業の的確な情報発信の積み重ねが必要だ。企業広報賞がその一助になれば、意義は大きい。
横並びでなく主体的に動く広報活動を
山川 龍雄(やまかわ たつお) 日経BP社 『日経ビジネス』編集長
写真:山川 龍雄  今年ほど広報の姿勢が問われた年はないだろう。東日本大震災以降、経済界は自粛ムードに覆われた。真っ先に目立つことをやって「不謹慎だ」と言われるのは避けたいという心理が働き、トップの発信や宣伝活動を控えるところが多かった。自粛ムードの背後には、日本特有の横並び意識や事なかれ主義も垣間見えた。
 逆境の時こそ、人間や企業の本性が現れる。普段は取材を積極的に受けていたのに、危機に直面したとたん、露出を避ける経営者も少なからずいた。企業にとって、最大の広報マンは社長である。トップが広報の重要性を理解し、戦略部門と位置付けているかどうか。その違いが今年は、はっきりと出た。
 ヤマトホールディングスや日本マクドナルドなど、受賞した企業はいずれも、危機に際して、トップと広報部門が「ぶれない」情報発信を続けた点で共通している。何もせずに他社の様子をうかがっているよりは、主体的に動く広報活動を今後も期待したい。
新時代の企業広報とは
佐々木かをり(ささき かをり) イー・ウーマン 代表取締役社長
写真:佐々木かをり  今、「企業丸裸時代」。美しい広告だけでは、企業の信頼もブランド価値も高まらない。
 イー・ウーマンが行った調査でも、既に2006年の時点で企業を選択するに当たり一番大切なものは「製品やサービス」(98.3%)、それに続いて、2位が「不祥事への対応」(93.9%)、3位が「経営者・経営ビジョン」(92.8%)となっている。
 ITの発展により、消費者、生活者、株主の意識も、検索能力も高まった。消費者が株主であり、消費者がメディアになっている今、企業には、「360度コミュニケーション」が求められているのである。
 今回はそんな視点で、「広報とは何か」を再度じっくり考え、選考に当たらせていただいた。広報とは、ひとつのイベントではない。作られたキャッチコピーでなく、組織を誠実に伝えることができているか。企業理念や日々の業務姿勢が広く尊敬され、ブランドイメージを高めることにつながっているのか。選ばれた企業には、これからも継続しての活躍を期待したい。
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