経済広報

『経済広報』(2012年2月号)掲載

企業広報功労・奨励賞を受賞して
業容転換期の広報
~富士フイルムにおける第二の創業~
吉澤 ちさと

吉澤 ちさと(よしざわ ちさと)
富士フイルムホールディングス(株) 経営企画部広報グループ長
富士フイルム(株) 広報部長

事業環境の激変と徹底的な構造改革

 富士フイルムは、1934年の創業以来、時代に応じた事業の多角化やグローバル化を推進してきたが、2000年以降、急速なデジタル化により写真関連事業は大きな転換を迫られた。それ以降、富士フイルムでは「第二の創業」として業態転換を進めてきた。
 2000年当時、カラーフィルムの売り上げは富士フイルムの売り上げの約20%で、利益では全体の約6割を占めていたが、年率20%以上市場が縮小するという厳しい状況に直面した。そこで、企業として存続・成長していくために、(1)写真関連事業の構造改革、(2)新規事業の創出をはじめとする成長戦略の推進、(3)連結経営の強化、という3つを柱として企業改革を進めた。
 具体的には、2004年に中期経営計画を策定し、大きな費用を投じて抜本的な構造改革を実行した。一方で、成長戦略として重点分野に積極的な設備投資を行い、M&A(企業の合併・買収)や研究開発にも投資を進めた。2006年には持ち株会社制に移行して、富士ゼロックスを含めたグループ経営を強化した。
 改革を進めるに当たっては、それまでの富士フイルムの「慎重に、完璧さを求めて時間をかける」といった風土から、「チャレンジしながらダイナミックにスピーディーに実行する」という方向に社員の意識転換が進められた。この改革の結果、2007年度は売上高、営業利益ともに過去最高を達成した。

構造改革:明確なトップメッセージの発信

 構造改革として、過剰となった設備の減損や加速償却、そして世界中で写真事業に従事する社員1万5000人のうち配置転換を含めて5000人を削減すると発表した。しかし一方で、写真事業は継続するという明確な方向性を定め、「写真は人間の喜び、悲しみ、感動、一瞬を切り取って永久に残す、という素晴らしい文化です。私たちは写真文化を守り続けていきます」というトップメッセージも発表した。
 当時、他社が写真事業からの撤退や、関連製品の新規開発停止を発表する中、富士フイルムの動向が注目されていたこともあり、とても大きく報じられた。構造改革を進めるに当たっては社内の士気を高く保つという面でも厳しい決断だったが、外部環境の大きな変化に対応していくためには避けられない決定であったと思う。この厳しい時期にも企業イメージを少しでも高めるために取り組んだのが、「写真文化を守ります」というトップメッセージを広く伝えていくことだった。企業としてのこの姿勢と経営トップからのメッセージは、メディアの中でも平素コミュニケーションの多い経済部の方だけでなく、文化部・社会部の記者やコラムニストの方々にも好意的に取り上げていただいた。
 また、一般の方々に応募いただく参加型の写真展「“PHOTO IS” 10,000人の写真展」を開催し、写真文化を盛り上げるイベントとして、いろいろなメディアで報じられた。このイベントは現在も継続して行っている。
 これらのことから、「ビジネスとしての経済合理性一辺倒ではなく、文化的にも、企業の責任を果たす」というメッセージが社会に受け止められたと考えている。

成長戦略:メディアとの丁寧なコミュニケーション、技術広報に注力

 デジタル化という潮流の中で新たな成長を実現するに当たり、広報部門としては、「成長事業への積極的な投資と、新規事業に参入していることをきちんとご理解いただくことが、第二の創業を目指す富士フイルムの企業イメージをつくっていく」という思いで広報活動を行ってきた。大きな投資や新規事業への参入の発表をトリガーに、なぜ富士フイルムがその事業に強みを持つのか、目指すところはどこかという背景まで、できるだけ丁寧にコミュニケーションを取り、メディアの方々から理解を得るように努めた。
 構造改革を進めていく中でも、経営としては将来の富士フイルムの成長を支えるコア技術の開発に対する投資は継続していた。新たな技術を生み出す場所として、2006年4月に富士フイルム先進研究所を開設した。新しい分野で事業展開する場合に、どのような技術が事業を支えるのかをご理解いただくために、その広報は重要だと考えた。開発部門は、ターゲットを決めて技術開発をする場合が多いが、逆に技術をオープンにすることで、外部から市場のニーズが寄せられ、新しいアプリケーションが見えてくることもある。開発部門とも協力しながら現在も技術広報に注力している。

連結経営強化:グループ内広報と経営トップによる発信

 2006年に「富士写真フイルム」から「富士フイルム」へと社名変更を行い、「富士フイルムホールディングス」を設立して持ち株会社体制に移行した。翌年には、富士フイルムホールディングス、富士フイルム、富士ゼロックス3社の本社を東京ミッドタウンに集約した。これまでグループ各社は個別の事業戦略に基づいて事業活動を進めてきていたが、デジタル化の進展により写真・印刷とコピーなどのオフィスドキュメント事業の境界が明確ではなくなってきていた。シナジーの最大化を図り、全体最適を目指すために連結経営を強化した。
 その際、グループの連携を強化するために、広報部門としてグループ内広報を重要な課題と位置付け、トップメッセージの動画配信やイントラネットのサイト拡充、グループ報の発刊などを行った。
 そして改革による成果が見えてくると同時に、経営トップによる積極的な企業広報を実践した。経営の意志や企業の姿勢を広くお伝えしていくために、経営トップからの発信は最も重要であり、効果的なコミュニケーションとなり得る。新聞社、経済誌、テレビメディアも含め、できるだけ多くの媒体のご要望にお応えし、当社の事業構造転換と経営の目指す方向性について説明した。取材前後には丁寧にブリーフィングの時間を設け、トップ広報が有効に作用するように努力した。その後も、当社の企業改革について外部環境の変化に対応して業態転換を強力に進めた事例としてトップインタビューの依頼をいただく機会も多い。

東日本大震災を経て感じた広報部門の在り方:写真救済プロジェクト

 2011年3月11日の東日本大震災後、富士フイルムでは写真救済プロジェクトを実施してきた。このプロジェクトは、津波などの被害により持ち主が分からなくなってしまった汚れた写真を洗浄して、少しでも良い状態にして本来の持ち主に戻すことをサポートする活動である。
 震災直後、お客さまや記者の方から、「津波などで汚れてしまった写真をキレイにする方法はないか」という問い合わせが寄せられた。社員の中にも、流されてしまったアルバムや写真を探す被災者の方の姿を見て、自分たちにも何かできることがあるのではないか、という思いが募っていたこともあり、写真関連の事業部門を中心として、社内の多くの部門からメンバーを募って話し合いを行った。
 3月20日前後から問い合わせをいただき、3月24日に、まずはウェブサイトにその時点の知見で対応できる写真の洗浄に関する情報を公開した。同時に神奈川県内の工場の技術者が、小田原の漁港から海水を汲んできて、写真の汚れを再現しながら誰にでも手軽に洗浄できる手法の開発を始めた。随時その結果をウェブサイトに追加するとともに、お客様センターに専用の問い合わせ窓口を設け、相談いただいたボランティアの方々に、その方法をお伝えしていった。
 4月上旬には被災地の状況を調査し、避難所や自治体を訪ね、そのヒアリングをもとに活動内容を決めて社内プロジェクトを正式に発足させた。6月からは、被災地では洗い切れない写真を当社の工場に送っていただき、社員やOB、その家族で洗浄する活動に進化させた。1カ月間に、計17万枚の写真を、毎日50人、延べ1500人で洗浄した。被災者の方から「自分は何もかも失ったと思っていたけれども、きれいになった写真を受け取って自分たち家族が生きてきた証と思えて嬉しかった」など感謝のお手紙をいただくこともあった。参加したOBの中には、自分が製造に携わった時代の日付けが入った写真プリントが傷ついて返ってきているのを見て「製品は我が子のようなものだから、これをきれいにしてお戻しすることが自分の使命だし、本当のアフターサービスだ」と言って、連日洗いに来てくれる方もいた。

写真救済プロジェクトから学んだこと

 東日本大震災後の報道に触れたり、当社の取り組んだ写真救済プロジェクトを通じて、改めて広報部門の役割を考え直す機会を得た。このような社内プロジェクトの発足に関わり、共に活動していく中で、
(1)広報部門として社外からの情報・当社に対する期待を敏感に受け止める
(2)社員の気付き・思いを具体的な活動に繋げる機動力を持つ
(3)社内での活動を社外に発信し、社外からの反響を社内にフィードバックすることが活動を進化させていく一助となる
ことの重要性を再認識した。
 ただ外部からの問い合わせに対応するだけでなく、「この問い合わせに込められた本当のニーズにお応えするために企業としてできることは何か」を自分たちに問うて、社内での活動を加速・バックアップすることができた。サポートを求めている社外の方への情報提供や、社内に対する活動への参加の呼び掛け、外部からの反響のフィードバックなどを行うことで活動を活性化できたと感じている。この活動は、新聞・テレビ・雑誌・ウェブなど、延べ50以上の媒体に取り上げていただいた。そして報道いただくことで、それが現地で活動するボランティアや被災者の方々への有効な情報提供となり、各地で行われている写真洗浄ボランティア活動の活性化に繋がった。

新しい企業理念と広報の役割

 社名変更して持ち株会社に移行した2006年、当社の企業理念を現在の「わたしたちは、先進・独自の技術をもって、最高品質の商品やサービスを提供する事により、社会の文化・科学・技術・産業の発展、健康増進、環境保持に貢献し、人々のクォリティ オブ ライフのさらなる向上に寄与します」と定めた。従来の企業理念は、映像と情報のカテゴリーを事業対象として掲げていたが、新しい企業理念では、独自技術を使って様々な分野で新たな価値を提供していくことをグループの使命として定めている。
 近年、企業を取り巻く社会からの視線は厳しくなっており、「企業が事業活動を通じて、どのような新たな価値を社会に届け得るのか」「社会に貢献できる存在価値は何なのか」ということを、常に問われていると感じている。また、震災以降その傾向はさらに増していると思う。製造業として重要なのは、もちろん個々の商品やサービスだが、「商品をして語らしむ」というだけで十分なコミュニケーションを期待することは難しい。企業としての姿勢や経営の意志、社員の思い、個々の事業の特徴や技術を社会とコミュニケートしながら、企業としての存在価値を理解していただくのが、広報としての重要な役割だと考えている。
(文責:国内広報部専門研究員 長尾ひとみ)
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