経済広報

『経済広報』(2012年12月号)掲載

第28回「企業広報賞」受賞者インタビュー
様々な分野で新たな価値を創造
古森 重隆

古森 重隆*(こもり しげたか)
富士フイルムホールディングス(株) 代表取締役会長・CEO

                    *「隆」は生の上に一

事業構造改革への取り組みと広報

事業構造改革といった大きな変化の中で、どのような点に留意して情報を発信してこられたかをお聞かせください。
古森 米イーストマン・コダック社がチャプター11(米連邦破産法第11条)の適用を申請したことがひとつのトピックになり、富士フイルムは、なぜコダック社のようにならなかったのか聞かせてほしいと、国内外の多くの報道関係者が取材に来てくださいました。当社がこの10年ぐらいに経験したことは、一般的な企業にそうめったに起こることではありません。その状況の中で我々がどのように対応し、どのように乗り越えたかは、社会的にも1つの事例としてメリットのある情報であり、当社の現状をできるだけ正確に伝えていく必要があると考えました。その中で私が伝えたかったのは、「事実は何か」ということです。なぜコダック社と違い、富士フイルムは業態転換に成功し、生き延びているのかということです。富士フイルムが長年培ってきた技術をどこに、どのように使って新市場に進出したか、そのためにどのような経営的手段を用いたのか、そして、経営改革を行うに当たり重要なのは思い切ったスピードとダイナミズムであること、などを説明してきました。
 デジタル化の萌芽は、1970年代から、当社が事業を展開する「写真」「印刷」「医療」の3つの分野で見られ、いずれ本格的なデジタルの時代が来るということが分かっていました。そこで当社は、その当時からデジタル化にどう対応するかを考え、(1)自社でデジタル技術を開発する、(2)感度や解像度を高め、アナログ技術でデジタル技術よりも先を行く、(3)全く新しい市場を開拓する、という3つの戦略で取り組んでいました。例えば、デジタルの開発で言うと、1988年に世界で初めてフルデジタルカメラを開発し、医療の分野では、1981年にデジタルX線画像診断装置FCR(フジ・コンピューテッド・ラジオグラフィ)を開発しています。一方、新しい取り組みとして、医薬品や光ディスクなどの新しい分野にも挑戦しましたが、写真フィルムは2000年まで伸び続けたので、結局、中断してしまい写真フィルム中心の事業展開をなかなか変えることができなかったのです。これは、コダック社も同じでした。
 2000年から急激に始まった写真のデジタル化での対応における当社とコダック社との違いは、事実を言えば、コダック社よりも当社の方が、より広い分野で、技術的にもより深くビジネスを転換していくことができたのではないかということでしょう。当社がキーテクノロジーを自社開発し、デジタルカメラやデジタルカメラで撮影した画像をプリントする
中面写真
「デジタルミニラボ」で高いシェアを得たのに対し、コダック社は、M&A(企業の合併・買収)やOEM(相手先商標製品製造)で補おうとしたように思えます。自社で本格的にデジタル技術の開発に乗り出していたかどうかが大きな差になって表れたと思います。また、当社が重点分野を6つに定めて投資したのに対し、コダック社は、企業改革の方向を単に「デジタルカンパニー」としました。デジタルには“ブラックボックス”がなく差別化しにくいため、価格競争になり、結局単価が下がります。「デジタルカンパニー」になっても、売り上げはせいぜい数千億円規模であり、デジタル製品だけでは2兆円、3兆円の売り上げはとても達成できません。コダック社も多角化を推進していましたが、当社の方が幅の広さと深さで勝っていました。当社には多角化の根っこになる“種”がありましたので、技術のポテンシャルを生かせるところはどこなのかリサーチし、医薬品、サプリメント、化粧品、液晶材料、光学デバイスなどの分野に事業を展開していきました。「デジタルカンパニー」だけでは、大きな会社を支えることができなかったのです。
社員にはどのように発信されましたか。
古森 社内報や社内のイントラネットで、当社の現状や方針を発信しましたし、海外にはビデオメッセージでも発信しました。ツーウェイ・コミュニケーションとしては、昼食会を開いて延べ約200人の課長との面談も実施しました。
 よく社外の方が、大きな変革を行う時に社員を引っ張っていくのは大変でしょうとおっしゃいますが、トップであっても自分一人だけの考えで物事が決まるのではありません。経営会議などのしかるべき手順を踏んで、いろいろな意見を聞きながらそれを決定しますので、それを踏まえてトップがこう動けと言えば会社は動くものです。ただし、戦争でも同じですが、戦う前には状況を分析し、現在の状況や戦い方の方針を説明して理解させ、納得させることが大切です。しかし、必ず遅れる人間がいます。隊列がのびてしまえば機敏な戦いには重荷になってしまいます(笑)。これをいかにまとめ上げて、ひとつの固まりとして的確に素早く動かしていくかということはなかなか大変です。いろいろな手段が必要だと思います。

“Gアップ”で現場力を磨く

会長兼CEOに就任されての抱負をお聞かせいただけますか。
古森 当社は事業部制を敷いており、多くの事業部が存在します。各事業部には、いわば分社の社長のような事業部長がおり、その下に生産、商品開発、研究開発、販売の各責任者がいて売り上げの確保や収益確保の責任を負っています。企業グループ全体を経営するトップとして、今までは一人でやってきましたので、各事業部に入り込んで具体的な指示を出すことは、時間的にほとんどできませんでした。中嶋新社長には、経営方針に基づいて現場がしっかり動いているか、目を光らせてもらっています。
 当社には、ナンバーワン、オンリーワンの性能を持っている商品が多いのにもかかわらず、市場で競争力が十分に発揮されておらず、収益力の弱い製品があります。そこには様々な現場の問題があるわけで、全部見直す必要があります。コスト競争力は十分か、販売力は十分か、あるいはR&D(研究開発)の効率と生産性は十分か、間接スタッフは十分機能しているかなどです。当社では、現場力アップという意味で“Gアップ”と呼んでいますが、生産、間接部門、研究開発、販売の4つの分野で現場力をアップしていくため、委員会を立ち上げて取り組み始めています。
海外メディアの取材に精力的に対応されていますが、特に重点を置かれていることやお気付きになった点はありますか。
古森 海外のメディアと日本のメディアには基本的に違いはありませんが、海外のメディアは、経営者が何をしたかに興味があります。ファクト(事実)を中心に話をしないと、ナンセンスになります。海外の社員に対しても同じで、ただ「頑張れ」と言っても駄目です。どのように何をしろと具体的に言わなければなりません。海外でビジネスする時に大事なのは、“メーク・センス”という言葉でしょうね。海外の社員に話す時には、意味を説明し、納得してもらうことを常に心掛けています。

「写真救済プロジェクト」で被災地に貢献

東日本大震災の時に、御社は様々な社会貢献活動をされたとお聞きしていますが。
古森 津波の後の泥の中から写真を探している被災者の方が大勢いると聞いて、「写真救済プロジェクト」を立ち上げました。泥まみれの写真をどうやったらきれいにできるか、我々の知見を生かして実験をした結果、写真プリントをぬるま湯で優しく洗うと、泥を落とせることが分かりました。デジタルカメラの時代になってもプリントは昔の写真印画紙であることがほとんどだったことが幸いしました。写真はお金と違って、なくしてしまえば同じものは二度と戻りません。お亡くなりになった方の写真であればなおさらです。被災地を回って洗浄指導をしたほか、延べ1500人ぐらいのOBや社員、その家族がボランティア活動に参加し、約17万枚の写真を洗浄しました。全国各地でボランティアにより洗浄された写真は数百万枚規模にのぼり、被災者の皆さまに喜んでいただきました。
 また、被災地で除染の方法をお伝えする活動も行いました。福島の原発から20キロメートルほど離れた広野町に医薬品の原材料などを製造している当社の子会社の広野工場があり、原発事故のため数カ月間立ち入り禁止となりました。その後、放射線医薬品を取り扱う子会社の社員を派遣して工場の除染指導を行い、比較的早く工場を再開することができましたが、その除染の方法を広野町の皆さまにお伝えしました。工場周辺地域の除染活動への協力などが評価され、その工場は広野町から表彰されました。
 そのほか、富士フイルムグループ全体で支援物資も合わせて総額8億3000万円を寄附しました。
広報部門に望むこと、期待されていることは何でしょうか。
古森 おおむね満足していますが、トップが言うことを正確に把握して、そのポイントをきちんと表現してほしいと思います。取材に当たっては、事前に広報が「Q&A」を用意しますが、私に言わせれば70点の出来です。私が本当に言いたいことを反映していない部分があります。私はそれを見て、自分が言いたいことを書いて返します。そのようなことをしなくても、完璧な「Q&A」を準備してくれれば一番嬉しいのですが、そういうわけにはいきません。広報はトップではないのですから(笑)。トップと社員の考えることが同じだったらトップの存在意義がありません。

経営は「一球入魂」

最後に、座右の銘のようなものがあればお聞かせください。
古森 座右の銘というのは特にありませんが、野球で言えば「一球入魂」でしょうか。経営者として、判断すべきことが100あったら、100全て間違えないつもりでやっています。一つひとつをおろそかにせず、これが本当にベストであると常に思って決断しています。決断することが、今の日本人に少し足りないのではないでしょうか。政治も社会も全部です。決めずに先送りする。特に今は変革の時代です。今世の中で起こっているほとんどの問題は、経営者がもっと早く対策を決断していなければならなかった問題だと思います。決めるということは責任を背負い込むということですから、なかなかやりたがらないと思いますが、リーダーは、もっと決めていかなければいけません。
 浅はかな考えで決めたら世の中は大変なことになりますので、情報を集めて精魂込めて考え、こうだと思ったら、自分の責任で潔く決断することが必要ではないでしょうか。
(聞き手:中山 洋 経済広報センター 常務理事・事務局長)
(文責:国内広報部主任研究員 塩澤 聡)
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