経済広報

『経済広報』(2013年12月号)掲載

第29回「企業広報賞」受賞者インタビュー

自分磨きを怠らず、明るく知的に情報を発信

泉谷 直木

泉谷 直木(いずみや なおき)
アサヒグループホールディングス(株) 代表取締役社長

広報の役割、トップの役割

広報部長を経験された経営者として、広報について何かお考えはございますか。また、企業にとって広報の役割とはどのようなものとお考えでしょうか。
泉谷 広報の役割とは、「企業と社会のコミュニケーションインフラ」をつくり、情報を流していくことだ、と表彰式でご挨拶させていただきました。少し表現を変えますが、「広報コンパス論」という考え方があります。コンパスは軸足となる針の部分と外に円を描く鉛筆部分の2つで成り立っています。広報の仕事に置き換えるならば、「針」の部分は社内に置く軸足、「鉛筆」部分は社外に向けての情報発信となります。当然、円が広がるほど情報発信の的は広がります。そのためには社外の常識や世の中の動きをよく把握しておくことが必要です。しかし軸足から離れ過ぎると、バランスを崩してしまいます。つまり、企業としての方針やスタンスとなる軸足をしっかりと持ち、社外に情報発信をしながら両者をしっかりと繋ぎ合わせることが広報の役割です。
 また、組織が大きくなるほど社内で完結する業務が増えますが、広報部門は常に社会と接することのできる数少ない部門です。企業が伝えたい自社のアイデンティティーや情報と、社会から見た企業イメージが乖離していることもあるでしょう。このギャップをどういうコンテクスト、つまり文脈で埋めていくかが広報の大事な使命だと考えています。そのためには、社会人として常に成長し、「会社人間」と「社会人間」が両立できる人間である必要があります。
 ほかにも、「広報」の“広”の字を変えていくと、様々な広報の役割が見えてきます。例えば「交報」とすれば、まさに社内と社外の情報を交わらせる、そしてそれを一致させていく役割です。また、時には攻めの姿勢を取ったり、逆に攻められたりという「攻報」の場面もあります。戦略的に情報を発信していく「考報」も必要です。また、視点を高く持つことで個別の社内情報を社会情報化して発信していく「高報」という役割もあります。情報発信により会社の業績やレピュテーションに大きく貢献し、社内に好影響を与える「効報」という側面もあります。さらに広い視点でいうと、情報発信によって社会と社内を幸せにし、明るくしていく「幸報」という役割もあります。
「会社の顔」である経営者として、特にどのようなことを意識して情報発信されていますか。
泉谷 主に3つのことを意識しています。1つは「有言実行」です。情報発信の目的は、社会と企業の信頼関係をつくり、間にあるギャップを埋めていくことですが、発信したことを実行できなければ意味がありません。
 2つ目は自分の言葉で話すこと、なおかつ可能な限りオープンに話すことです。取材を受ける際や、スピーチの際も事前に原稿を自らの言葉に落とし込んでいます。頭の中を整理するためにも、事前準備は大切です。準備をしておくと取材を受ける際も自分の意図が記者に正確に伝わります。また、内容の濃い記事に仕上げてもらえるよう、取材する側にも、出せる範囲で可能な限り情報を提供するように努めています。
 3つ目は逃げないことです。トップ広報は良い場面ばかりではありません。しかし、厳しい場面だからこそトップとして逃げないという姿勢が必要であると考えています。トップが積極的に前に出ることを好むか好まないか、広報の重要性を認めているか認めていないかで、広報部門の立場は大きく変わってきます。トップが前に出ることを好まないと、結局は広報部門が前に出て対応することになり、マスコミからは「あそこはトップと会わせない、広報マインドの低い会社」という評価が下されます。トップの広報に対する姿勢は非常に重要です。

情報を知的で“オモロイ”話に

情報をストーリーとして発信する上で、どのような工夫をされていますか。
泉谷 今は情報が溢れている時代で、単発的に情報を発信してもすぐに忘れられてしまいます。しかし、ストーリーで情報が入ってくると「次に何が起こるのだろう」という将来への期待感と、「以前はどうだったのだろう」という過去への関心を引き出すことができます。この2つをうまく繋ぐことができると、情報の力がより強くなります。
 私自身は情報を、5W2HとYTT(昨日・今日・明日、の意)に当てはめてストーリーを作り出しています。縦軸にYTT、横軸に5W2Hの21マスに情報を当てはめ、マトリックス化するのです。ただ、単純・単調なストーリーでは人々の関心は得られません。いかに知的で、人の関心を引き出せる“オモロイ”話となるようにストーリー化するかが重要です。 

最後は現場を見る

「社員一人ひとりが広報マン」と日ごろからおっしゃっています。社員の広報マインド向上のために、どのようなインナーコミュニケーションを心掛けていらっしゃいますか。
泉谷 月に一度、経営状況報告会を開き、30~40分かけて自分の言葉で全社員に向けて発信しています。この内容はグループ会社にもDVDにして配布しています。経営内容をオープンにし、社員全員が経営に参加すべき、というのが私の考え方です。
 ポータルサイトでは2種類の情報発信を行っています。1つは「HD Navi」というコーナーで、街で見たものや最近読んだ面白い本など、日々感じたことを中心にラフな情報を発信しています。もう1つは「マンスリービュー」で、先ほどの経営状況報告会と同様の内容です。
 社内への情報発信には、情報を共有するほかに、2つの目的があると考えています。1つはトップがいかに好奇心旺盛かを示し、社員のマインド向上を図ることです。もう1つは、できる限りホットな情報を収集するためにアンテナを張り、現地現物を見て回ることで、自分自身に対するマインド向上に努めることです。
 私は社内に情報を発信する際、次のようなプロセスを踏んでいます。まずは頭で考えますが、考えたことを即座に発すると言葉が弱くなるので、次に情熱を燃やします。さらに、万が一できなかった時のことを考え、トップとして覚悟を決めます。覚悟が決まったら、足腰を使って現場や現場社員のところを歩きます。私は、考えがいかに高尚であっても、現場が全てだと思っています。時には、自宅の近隣の自動販売機を自転車で200台以上見て回ることもあります。現場を回り、確信を得て初めて言葉を発します。
 私はこのプロセスを経て初めて“言の葉”が“言霊”に変化し、影響力を持つと考えています。トップという肩書きがあるからではなく、きちんとプロセスを踏み、努力をした上で語っている言葉だからこそ重みがある、そう社員に感じてもらいたいのです。
 また、私自身は社内の人間から「さん」付けで呼んでもらっています。社内で仕事をする時は全員が仲間です。また、社長は社内の全てのチーム、組織に属しているという意識を持っています。組織なので上下関係はもちろんありますが、その壁を可能な限り低くし、社員とコミュニケーションを密に取ることが良い仕事に繋がると考えています。

自分磨きを怠らない広報パーソンに

御社の広報部門に期待されていることは何ですか。
泉谷 大きく分けて2つあります。1つは個人に広報マン、広報ウーマンとして活躍してもらうことです。繰り返しになりますが、社内の常識と社会の常識には、様々なギャップがあります。広報パーソンは常に社会基準で物事を捉え、世の中の変化に好奇心を持ち、思考範囲を広げていくことが大切です。これを継続すると必ず成長できます。
 思考の広げ方として、「第2のタイトル」という自己研鑽方法があります。その日の朝刊1面トップの記事を読み、10分間そのニュースについて様々な視点で思考することです。例えば、そのニュースが及ぼす影響を国、会社、職場、家族、自分、と視点を変えて考え、ニュースを読み替えていきます。それを続けることで素晴らしいトレーニングになり、1年も続ければ、思考範囲が格段に広がりますし、思考することも楽しくなります。
 もう1つは、広報部門での経験を社会人として、人間として成長する材料にしてほしいと考えています。広報での経験や培った思考は、ほかの仕事にも必ず生かせます。例えば、マーケティングの部署にいけば、より顧客視点で物事を捉えることができるでしょうし、財務部門では単に財務管理をするだけではなく、経営にどう影響するか、経営の仕方をどう変えなければならないか、という視点を持つことができるでしょう。
 私の人生標語は「良いとこ伸ばそう自信を持って」です。また「人生で一番大事なことは『自分のウソ』を信じないことだ」という言葉も好きです。日常にある様々な機会をチャンスに変え、「自分のウソ」を信じずに、自分を磨き続けることが大切です。これはマスコミとの良好な関係構築にも役立ちます。昔は記者の数が少なく、一人の記者が多くの業界を担当していました。紙面に空きが出て記者から連絡があった際に、即座に情報提供できること、記者と飲む際は「時間を取ってもらっている」という意識を持ち、情報という名のお土産を持っていくことなどは、広報パーソンにとって重要な心構えです。自分磨きを怠らなければ、そういうことができるようになります。
 何より、当社が扱っているのはビールという楽しい時に飲むお酒です。社内外のどちらに対しても、良い意味でビール文化を体現し、広報パーソンには明るく楽しく仕事をしてほしいと考えています。

期待以上の「食の感動」を

アサヒグループの今後のビジョンをお聞かせください。
泉谷 アサヒグループでは、お客さまの期待以上の「『食の感動(おいしさ・喜び・新しさ)』を通じて世界で信頼される企業グループを目指す」というビジョンを掲げています。メーカーとして提供する商品はもちろん、社員一人ひとりも世の中の期待以上の応えが出せるようになることが目標です。皆さまに素敵な場面、素敵な時間を過ごしてもらえるよう、アサヒグループの総力を結集していきます。
(聞き手:中山 洋 経済広報センター 常務理事・事務局長)
(文責:国内広報部専門研究員 鈴木恵理)
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