経済広報

『経済広報』(2014年1月号)掲載

第29回「企業広報賞」受賞者インタビュー

社会には常に真実を伝え、社員には直接語り掛ける

稲盛 和夫

稲盛 和夫(いなもり かずお)
日本航空(株) 名誉会長

3つの社会的な大義

日本航空再建をお引き受けになることを決断された主な理由をお聞かせください。
稲盛 JALが会社更生法の適用を申請し再建に乗り出すということで、企業再生支援機構、政府の両方から会長職の就任要請がありました。しかし、私自身は航空業界に関しては知識も経験もない素人です。「私の任ではない」とお断りしました。しかし、その後も何度か申し入れとお断りを繰り返す中で、当時「会社更生法を適用しても二次破綻の危険がある」といわれていたJALを再建することに社会的な大義があると気付き、お引き受けしようとの決断に至りました。
 JAL再建の社会的な大義は3つあります。1つは、残された社員の雇用を守ることです。管財人の方々が立てた更生計画では、約1万6000人の社員に会社を辞めていただくことになっていました。しかし二次破綻を引き起こせば、残った約3万2000人の社員も職を失います。再建することで彼らの雇用を守ることは大変意義深いことだと考えました。2つ目は、JALが二次破綻すれば航空業界は一社のほぼ独占状態となります。これは資本主義社会として良くないことです。競い合うことでフェアな運賃が定まり、サービスの質も高まります。国民の利益を守るためにも、正しい競争環境を保つ必要があると考えました。3つ目は、二次破綻による日本経済全体への悪影響を食い止めることです。この3つの大義を果たすために、知識や経験がなくても必死に再建に取り組もうとお引き受けしました。

再建に向けた強い信念

再建に向けて、幹部社員の意識改革のためにリーダー教育に取り組まれ、今でも継続されているとお伺いしています。具体的にどのようなメッセージを伝えてこられましたか。
稲盛 2010年2月に会長として着任しましたが、持っていたのは“何としても再建を成功させなければならない”という強い決意のみで、具体的な手法は何も持ち合わせていませんでした。私を迎え入れる社員も最初は戸惑い、不安があったと思います。
 私は、テクニックを駆使するよりも、経営の根本的な問題を解決しなければ再建は難しいであろうと考えました。そこで取り組んだのがリーダー層を中心とした意識改革です。
 最初に全ての幹部社員を前に、「新しき計画の成就は 只不屈不撓の一心にあり さらばひたむきに只想え 気高く強く一筋に」という中村天風氏の言葉を伝えました。私は若いころにこの言葉と出会い、京セラを経営していく上での指針のひとつにしていました。
 私は会社を経営する上で、何としても計画をやり遂げよう、やり抜こうという執念、信念が非常に大切だと考えています。当時のJALの再建のためには、幹部を含めた全社員のひたむきな努力と熱意、信念が何よりも必要だと思い、先ほどの中村天風氏の言葉を全職場にスローガンとして貼り出しました。
 同時に、そのような執念、信念を持つためには、JALが今後どういう会社であるべきか、会社経営の根本的な目的をこの機会に明確にしたいと考えました。そこで、経営の目的を「全従業員の物心両面の幸福を追求」という一点に絞りました。そして全社員に、再建に向けて邁進してもらいたいと訴えました。 

人間として正しい判断基準= “フィロソフィ”を浸透させる

稲盛 一方で、この目的を達成するには、人間としての根幹の考え方が大切です。会社経営の根幹は、人間として正しいことを貫くことであり、ただ単に自分たちの儲けなど、利己的なことだけを追求していては上手くいきません。たとえ、損得で物事を考えなければならない場面でも、ベースでは人間として正しく、恥ずかしくない行動かを自らに問わなければなりません。この心に抱く哲学を整理したものを私はフィロソフィと称し、判断基準とするよう京セラの社員に伝えてきました。JALでも、京セラのフィロソフィを幹部に勉強してもらい、独自の「JALフィロソフィ」をつくってもらいました。それをもとに、全社員に向けてフィロソフィの浸透を図ってきました。
 リーダー研修も、最初は幹部社員50名くらいの研修でしたが、より多くの社員が研修に参加できるよう規模を拡大しました。しかし、毎日約1000便ほどの飛行機が飛ぶ中で、社員は交代で働いており、全員が集まれる機会はありません。そのため、パイロットやキャビンアテンダント、整備や空港部門など、様々な職場に出向いて話を繰り返し、フィロソフィの大切さを説き続けました。
 社員は真摯に私の話を聞き、受け入れてくれました。これには2つの理由があったと考えています。
 1つは、航空業界に何の関係もない高齢な私が、無給にもかかわらず従業員に必死に語り掛けている姿を見て、心を動かしてくれた人がいたことだと思います。
 2つ目は、私が塾長を務めている「盛和塾」のメンバーが、JALを応援してくれたことです。盛和塾は、中小企業の経営者の勉強会で、当時の塾生は約5500人でした。塾生は大変に勉強熱心で「もし盛和塾で指導を受けていなかったら、うちの会社はとっくにつぶれていた」と感謝してくれている方もたくさんいます。この塾生たちが「塾長がJALで頑張るなら応援をしよう」とJAL応援団を立ち上げてくれました。1人の塾生が100人の知人に声をかけ、みんなでJALに乗ろう、という活動です。結果として55万人もの方々がJALを応援してくれました。塾生はJALを利用する際に、カウンターや機内で社員に「頑張れ」と声をかけてくれました。当時、JALの社員は「杓子定規」「官僚的」「JALのような会社はつぶれても当たり前」と世間から厳しい言葉を浴びせられていましたので、この励ましが社員の心を動かしたのではないかと思います。

真実を伝えることが一番重要

常に正々堂々と語り、時には会社を公然と批判する姿はメディアの方々からも大変評価されています。ご自身がメディアと相対する上で意識してきたこと、また、企業の広報部門に期待する役割をお教えください。
稲盛 私自身は正直に話をすることが一番大切だと考えています。特に「こう思われたい」などと意識して発言したことはありません。会見などの場で経営幹部を叱咤する発言をしたのは、それが事実だったからです。
 会長として着任し、連日幹部と顔を突き合わせて話しましたが、本当に官僚的なエリート集団という印象で、現場の苦労を知らない人たちばかりでした。非常に礼儀正しく振る舞いますが、面従腹背で内心はそうではないということが顔に書いてありました。社員たちに悪気がないのももちろん分かっていましたが、そういう態度を私は臆面もなく叱りました。
 広報部門に期待する役割も、真実を伝えていくこと、の一点に尽きます。会社としての考え方や立場を、広報として外部に主張する必要はありますが、それ以外で特段策を講じる必要はないと考えています。毅然とした態度で真実を伝える、という役割が一番大切です。

リーダーは知的な野蛮人であれ

現在多くの日本企業は激しいグローバル競争下にあります。ご自身の経営哲学の中で、こうした日本企業の経営者たちに特に伝えたいことは何でしょうか。
稲盛 先日、『燃える闘魂』という本を出版させていただきました。低迷する日本経済の中で、リーダーは燃える闘魂を持ち合わせている必要があります。経済状況の悪化などのネガティブな外部環境を並べ立て、上手くいかないことを正当化してはいけません。
 リーダーは、知的な野蛮人であることが大切です。今の多くの日本の経営者たちには、逆境をも跳ね返すことのできる、野生的な馬力が不足しているように思えます。その影響が、社会全体のバイタリティーの低下にも繋がっているのかもしれません。
 思えば、戦後の日本は焼け野原で食料もなく、着の身着のままという状況の中で、飢えをしのぎながら、みんな必死で頑張ってきました。
 比べて現在は、バブル崩壊後20年以上にわたって景気は低迷してはいますが、多くの人々の生活は充足しています。厳しい試練も経験していない、修羅場もくぐっていない環境下で闘魂を燃やせるような人が少ないのかもしれません。
 先ほど触れた盛和塾でもよく話しますが、生物界では努力をしない種は絶滅します。現在の人類は過保護な環境下で生きているといえますが、今こそ闘魂を燃やさないといけません。どんな組織でも、必死で頑張る人は頭角を現すことができます。日本の全てのリーダーたちに、目を覚まし、到底達成できそうにもないような高い目標にも、不屈不撓の心で、必死に、取り組んでほしいと思います。

「足るを知る」ことも大切

最後に、地球環境問題、エネルギー問題、繰り返される金融危機など、近代文明は難しい段階を迎えているように思えますが、将来にわたって人類がさらなる発展を維持していくために、今我々に求められていることは何でしょうか。
稲盛 確かに、人類の持つ英知は、際限なく新しい技術を生み出し、現在では想像もできないようなエネルギー問題の解決方法なども生まれてくるかもしれません。しかし、このまま人類が際限なく成長、発展していくことには限界があるのではないか、と考えています。
 地球規模、宇宙という概念で考えても、永遠に発展してきた種はありません。
 「足るを知る」という言葉があります。以前、日本語の「もったいない」が世界的な話題になりましたが、この飽食の時代において少しぜいたくを慎み、「足るを知る」ことを訴えていくことも大切だと思います。
 今の経済は成長・発展し続けなければ仕組みを維持できない構造になっていますが、過度の商業主義を見直し、成長を少し犠牲にしてでも、人類が少しでも永く生きられる方法も考えていく必要があるのではないでしょうか。
(聞き手:中山 洋 経済広報センター 常務理事・事務局長)
(文責:国内広報部専門研究員 鈴木恵理)
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