経済広報

『経済広報』(2014年11月号)掲載
第30回企業広報賞受賞者インタビュー
中身のある「森ビルらしい仕事」を粘り強く伝える
辻 慎吾

辻 慎吾(つじ しんご)
森ビル(株) 代表取締役社長

都市再生の意義を伝える

「都市づくり」という社会的責任の大きい事業を担う企業のトップとして、どのような考えで事業に取り組まれていますか。また、広報活動についてどのようなことを意識されていますか。
 我々は創業以来「都市づくり」を行ってきている会社です。20年以上前から、森(故・森稔会長)が「これからは世界の都市間競争の時代になる。それにどう打ち勝っていくかが日本の将来を左右する」と言っていました。まさに今、世界は熾烈な都市間競争の時代の真っただ中にある。アジアの主都市が、国を挙げて政策を打ち、ものすごい勢いで成長しています。東京がアジアの中心であったことは間違いないですが、今はシンガポールや香港にグローバル企業のヘッドクォーターが移っている。こういう状況の中、この都市間競争にどう打ち勝っていくかが、我々のビジネスにも直結しますし、我々がその一翼を担わなければ東京ひいては日本が衰退していく、そんな大きな考え方でビジネスをしています。都市全体が良くならないと、我々のビジネスは良くなりません。当たり前ですが、自社だけ儲けようというビジネスでは、会社が永続的に発展できるはずがありません。
 今、しっかりとした政権ができて、成長戦略に「国家戦略特区」を掲げ、そして「東京オリンピック・パラリンピック」が決まりました。スピード感をもって都市再生をしなければいけないと思っていた時に、またとない追い風が吹いてきました。20年先、50年先の日本のためには、五輪までの6年、特に、この1~2年が重要となる。今こそ一気にやるべきだと思っています。
 広報活動においても、まずはこの「都市間競争に勝たなければいけない」ということを、どうやって世間の方に理解していただくかが重要だと考えています。
 我々の広報活動のベースは、都市再生とは何か、都市づくりとは何か、あるいは日本はどうなるかといったことについて、きちんと理解してもらうことです。そのための労力は惜しみません。我々のシンクタンクである森記念財団による「世界の都市総合力ランキング」などは、本来は国や官公庁が行うべきものかもしれません。世界と対峙する「東京」という都市の強み・弱みを把握することは極めて重要です。その上で強みを伸ばし、弱みを克服していけば、都市の“磁力”を高め、世界から選ばれる都市になる。「ここを直せば東京はもっと良くなる」という説得力も生まれます。ランキング結果を見ると、東京は「国際交通ネットワーク」の評価は低いが、「都市内交通サービス」の評価は高い。つまり、例えば羽田空港が真の国際空港になれば、東京の磁力は高まるということが分かります。

まず中身が大事、それを粘り強く伝える

昨年は「六本木ヒルズ」が10周年を迎え、今年は「虎ノ門ヒルズ」が開業しました。また、「磁力ある街づくり」を進めておられると聞きましたが、これに対する理解獲得のために、どのような情報発信やコミュニケーション活動をされてきましたか。

 メディアの皆さんとどんなに良いコミュニケーションをしても、どんなに素晴らしい宣伝をしても、中身がないと勝負になりません。特に都市づくりのような社会性がある事業は、中身をきちんとつくらない限り、うわべだけでは絶対にうまくいきません。六本木ヒルズにしても虎ノ門ヒルズにしても、施設そのもののクオリティーはもちろん、ヒルズで行ういろいろなイベントやコンテンツ、発信する情報のクオリティーなど、まず中身をしっかりつくるということです。どんなに頑張っても中身がなければ、皆さんから飽きられてしまいます。
 昨年、六本木ヒルズ10周年イベントを行いましたが、10年たってもクオリティーは落ちていない、むしろ上がっていると思います。昨年度は美術館や展望台から成る森アーツセンターの来場者数が200万人を超えました。これは開業初年度以来の数字です。10年目にして再び200万人を超えたのは、常に中身をつくり込んできたからだと思います。
 六本木ヒルズオープンの時、森が「挑戦と改革の遺伝子を引き継いで、この街から日本を変えるムーブメントを起こしていくことが、これからの私たちの使命である」と宣言しました。この10年、六本木ヒルズを舞台に様々な交流が育まれ、多彩な才能が出会い、斬新なアイデアやムーブメントが生まれ、世界へ発信されていきました。だから、マスコミの皆さんも「六本木でまた何か新しいものが出てくるんじゃないか」と何度も取材に足を運んでくださる。
 また、今年の虎ノ門ヒルズオープンでは、単にビル一棟できましたというのではなく、「Hello, Mirai Tokyo!」というメッセージの下、「虎ノ門ヒルズを起爆剤として、周辺エリア一帯に国際新都心を形成する」と、「東京の未来」を予感させるような打ち出し方をしました。さらに、「政官民一体」「五輪に向けた東京再生の先駆け」などをキーワードに戦略的な広報活動を展開し、このプロジェクトが持つ社会的意義を強く訴求しました。
 マスメディアとのコミュニケーションが経営にとって非常に重要であることは言うまでもありません。広報室を中心に、日ごろからしっかりとコミュニケーションを取り、世の中が何を期待しているのかを正確に捉えること。常に社会的意義を意識しながら、未来がどうなるか、先を見据えた上で、時代をリードしていくようなストーリーを描き出すことが重要だと考えています。
 まず、ものをしっかりつくり、ストーリーを組み、それを誠実に粘り強く伝えていく。もともと我々の都市づくり、再開発という事業そのものが、地域の権利者の皆さまと20年近く同じ担当者がずっとお話をして、ようやくご納得いただけた結果としてできあがるものでもあります。そういう意味では、この粘り強さは森ビル社員全員が持つものです。広報だけでなく、どこのセクションにも粘り強くやろうと言っています。そうでなければ相手には伝わらない。面白いものをつくっている自負はありますので、伝わればなんとかなると信じています。我々の街づくりを理解してもらって、好きになってもらって、皆さんにも街づくりに参加していただきたいのです。

都市にとって安全・安心は最重要テーマ

「逃げ込める街づくり」をキーワードにされ、御社のビルには防災拠点としての役割も持たせていらっしゃいますが、それについてのお考えと情報発信についてお聞かせください。
 東京が世界の都市間競争に勝てる都市を目指す上で何としても克服しなければならない課題のひとつが「安全・安心」の確保です。当社は、災害時に逃げ出す街ではなく、「逃げ込める街」が必要だと訴えてきました。都心の要所を「逃げ込める街」に再生すれば、有事には街そのものを「防災シェルター」として活用できる。近隣住民、帰宅困難者にとっても、こうした街ができるだけ多くあれば助かる。建物の耐震性などハード面のみならず、備蓄や言語面などのソフト面においても対応を進めています。
 東日本大震災の時に、メディアの方が興味を持って取り上げてくださって、多くの方が視察に来られたのが、我々の自家発電設備でした。この六本木ヒルズは大地震でも倒壊しないのはもちろん、BCP(事業継続計画)をどうするかを念頭に置いて、2003年時点で既にその対応に投資していたのです。実は、当時はPRしてもあまり取り上げていただけませんでした。震災がきて、あらためて評価していただけました。
 東日本大震災では、六本木ヒルズの「逃げ込める街」の真価が十二分に発揮されました。この街を実際に見せることが、一番説得力があると考えていますし、ハード面・ソフト面共に、日ごろから実践している様々な取り組みを、積極的に世の中に発信することも、我々の重要な使命だと考えています。

森ビルらしい仕事を

社内に向けては、どのようなメッセージを発信されていますか。具体的にどのようなコミュニケーション活動を実践されていますか。

 社内には、森ビルが理想とするような都市づくりをしたいという期待を持って入社し、志をひとつにその実現に向かって仕事をしている社員がたくさんいます。会長の森が、大変強い思想を持ったリーダーだったので、彼の都市にかける情熱、思いが私自身はもちろん社員にも浸透していることが森ビルの宝であり、そこはしっかりと継承しています。森が遺した「都市に対する情熱と責任感」「不可能を可能にする強い意志」「世界目線で東京を考える発想」など、私はこれらを象徴する言葉として「森ビルらしさ」と言っています。いつでも森ビルらしい仕事をしようということですが、「らしさ」を出すというのは大変なことで、他人と同じことをしていては出せません。我々は独特の仕事をしてきましたし、これからも、“One and only”で、世界中でほかにない仕事をして、もっと森ビルらしく生きていこうと、今やっているプロジェクトも「できない、できない」じゃなくて、どうやったらできるかからスタートしようと言っています。
 もうひとつは、ルーティーンワークに陥って毎回同じことばかりするのでなく、常に新しいことをやりなさい、ということです。例えば、経理は業務を合理化したりと、どんな仕事にでも新しいことはある。
 それらを社員に伝えるツールのひとつとして、「MORINET」というイントラネットを広報が運営していて、そこに月1~2回、社長コラムを書いています。私が日ごろ感じていることや考えていることを発信し、社員からの反応をフォローする仕組みになっていますので、それを生かしながら、なるべく自分のメッセージが伝わるような内容にしています。ほかにも「社長と語ろう」という場を設けて2カ月に一度、応募した社員と飲み会をやって、特に若い社員と直接コミュニケーションを取ったりしています。

今後は、社会に向けてどのようなメッセージを発信していこうとお考えですか。

 森ビルは創業時から、東京に軸足を置き、都市というものと真っ向から向き合ってきました。我々には、都市をつくり、都市を育み、東京を世界一の都市にするという確固たるヴィジョン・思想があります。
 繰り返しになりますが、この先20年、50年、この国がどうなっていくかを考えた時、オリンピック・パラリンピックまでの6年がかなり大事な時期となります。やるなら今です。この国、都市をどうするか、国家観、都市観をもう一度しっかり持って、都市再生を強力に進めていくことが、日本にとって非常に大事です。
 それから、東京でみんなが楽しいこと、面白い仕事を考えて、会社の枠を超えた集団をつくって、夢を追い掛けるようなことを仕掛けたいと思っているんです。それぞれの会社の利益のためだけでなく、2020年のオリンピック・パラリンピック、さらにその先に向けて、都市の未来はこうあるべきだというようなこと、ひとつのことに向かってアイデアを交換して、それを企業活動に落とし込むような仕掛けをしたい。都市は、人々が集まる場であったり、話し合うテーブルであったり、技術も含め、あらゆるものが入り込むところです。本気でコーディネートしようとすれば、できるかもしれない。もちろん本業もやりますが(笑)、そういうことがあってもいいと。それこそ「森ビルらしさ」ではないかと思うんです。 

*「辻」はしんにょうの点はひとつ
(聞き手:経済広報センター 常務理事・事務局長 中山 洋)
(文責:国内広報部主任研究員 伊藤貴範)
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