経済広報

『経済広報』(2015年1月号)掲載
第30回企業広報賞受賞者インタビュー
活発な議論と多様性を是とする姿勢で
グローバルな社内コミュニケーションを展開
井上 礼之

井上 礼之(いのうえ のりゆき)
ダイキン工業(株) 取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員

侃々諤々の議論による納得感の醸成

御社では「人を基軸に置いた経営」として、議論の活性化を非常に重要視されていると伺いました。どのようなお考えに基づいているのでしょうか。
井上 社内コミュニケーションが重要なのはどの企業でも共通ですが、当社では、社内での徹底的な議論で納得感を醸成することを非常に重視しており、それが当社の強みである「実行に次ぐ実行」に繋がる実行力を高める土壌になると考えています。
 異なる言葉、宗教、文化、生活習慣や、多彩な価値観を持つ人たちの活用など、社員がチームで仕事をする際には、意見の対立は避けられません。最終的にはリーダーの“衆議独裁”で決断を下す必要がありますが、互いに意見を言い合う侃々諤々の議論の場を大切にすることで、導き出された結論に対する社員の納得感が高まります。そのため、当社の取締役会などは終了予定時刻がなく、朝から夕方まで議論が続くことも珍しくありません。
 また、議論から決定までのプロセスの透明度を高めることも重要です。幹部が決定事項を社員に伝達する際には、どのような議論が行われたのか、どのような考え方に基づいて結論が導かれたのか、などの背景を伝えることを徹底しています。労使交渉においても、取締役会で用いた資料をそのまま渡すこともあります。
 徹底的な議論を経て決定された戦略は、「フラット&スピード」という考え方で実行されます。これは、年齢や役職に関係ないフラットな組織で、スピーディーに戦略を実行することを意味します。この「フラット&スピード」を実現するために、当社ではコアマン&サポーターという制度を導入しています。例えば、入社5年目であっても、特定の分野に秀でていたり、並外れた熱意を持った社員であればプロジェクトのコアマンに指名し、部長職と同等の権限を与えます。周囲の管理職はサポーターとして、その社員を支援します。この制度は世界各国のグループ企業でも実施されています。
 社員が働き続けたいと思えるような職場環境をつくることは経営陣の最大の使命ですが、議論を重視する当社の考え方やコアマン&サポーターの制度は、自由な気風と自主性を重視した組織風土を生み出していると考えています。人材マネジメントにおいても、性善説に基づき、社員の可能性を信じることを徹底しています。

リーダーは「六分四分の理」で決断を

会長ご自身がリーダーとして大切にされてきたことの中で、昨今特に重視している考え方やキーワードはどのようなことでしょうか。

井上 特にリーマンショック以降は、世の中で急激なパラダイムシフトが起きています。このような状況の中、主に2つのキーワードを重視しています。
 1つは、リーダーには「六分四分の理」で決断する勇気が必要です。戦略が六分出来上がっていれば決断し、あとは実行しながら軌道修正をしていけばよい、という考え方です。過去の成功体験が通用しなくなっている昨今、考えても答えのないところに答えを出すことが、リーダーには求められています。例えば当社の場合、技術開発を自社でやるのか、他社と連携・提携するのか、M&A(企業の合併・買収)を実行するのかなどの線引きの判断を、経営者として迫られる場面が多々あります。難しい判断であっても、時代の変化に対応し、競合他社に先手を打つためには、この「六分四分の理」で決断し、実行に移すことが重要です。
 2つ目は「現場主義」です。リーダーが、答えのないものに対して決断を下すためには、先見性や経験に基づく動物的なカンが必要です。このカンを養うために、私自身も「現場主義」をモットーにしています。会議室で上がってくる情報を待つばかりではなく、現地に出向き、第一線のナマの情報を仕入れることで、適切かつスピーディーな判断が可能になります。このため、海外の拠点には年10回以上訪問しています。

多様な価値観を是とする

多国籍企業として、ダイバーシティマネジメントについては、どのようなことを心掛けていらっしゃいますか。
井上 当社の社員は2014年6月時点で6万人を超えますが、日本人は2割程度で、残りは外国人が占めています。現地会社に事業を委託している国も含めると、現在145カ国で事業展開しています。
 このような多国籍かつ多様な社員を束ねるために、当社では、同質化を求めるのではなく、違う価値観を是とする考え方を大切にしています。この考え方は私が社長に就任する以前から、変わらず受け継がれているものです。アジア地域などは国によって言語、価値観、生活習慣、文化が大きく異なりますが、組織が多様な人材で構成されているからこそ、多様な価値観や人種に対応した商品開発や組織運営が可能となると考えています。
 また、外国人だけではなく、障がい者や高齢者、女性の活躍推進にも力を入れています。中でも障がい者雇用では、淀川製作所のある大阪府摂津市に第3セクター(府・市・当社)として設立した「ダイキンサンライズ摂津」という、障がい者が中心に働く工場があります。この工場は、社会貢献を目的としたものではなく、きちんと収益を生み出すことを前提に設置されました。この工場でも社員の自主性を重んじたマネジメントが実施されており、結果として多くの利益を生み出しています。
 一方で、多様性を受け入れるだけでは組織としての一体感は醸成されないため、経営理念やフィロソフィーを浸透させていくことが必要です。

「現場主義」に基づく海外とのコミュニケーション

海外の拠点やグループ会社にはどのようなコミュニケーションを実施していますか。

井上 多国籍に広がるグループ会社に日本本社の意思を徹底していくことは、常に取り組まなければならない課題です。 当社では、世界を6極に分け、日本の経営幹部が現地を訪問することに取り組んでいます。訪問した際には、日本本社の経営理念やノウハウ、マネジメントに対する考え方をフェース・ツー・フェースで伝えることはもちろん、現地の話を聞き取ることも重要な目的です。先ほど「現場主義」というキーワードを挙げましたが、訪問先で詳細な報告を聞いた上で、決断すべきことは日本に持ち帰らず、その場で決定しています。これは、日本に持ち帰ってあらためて検討すると、現地の泥水の情報が本社に上がってくる過程で真水になってしまい、現地の正確な現状を把握できず間違った判断をする恐れがあるためです。また、現地の部分最適の意向を踏まえつつ、全体最適の視点から、会社の限られた資源をどのように配分すべきか、現地の社員と徹底的に議論することを心掛けています。
 しかし、国が違えば想定外の出来事は日常茶飯事で、それらへの対応は現在でも課題です。例えば、海外のある工場では一度に多数の技術者が辞職してしまったことがありました。日本国内では想定できないようなケースが海外では多々起こります。
 また、中国での優秀な人材獲得も課題のひとつです。当社では、上海に研究開発センターを設立し、日本に次ぐ開発拠点としたいと考えていますが、優秀な人材を獲得するための競争は熾烈です。欧米企業は優秀な人材を獲得するために、給与や待遇面で明確なキャリアパスを用意しています。日本企業は、採用時の初任給や福利厚生は欧米企業に劣りませんが、明確なキャリアパスを示す欧米企業に魅力を感じる人材が多く、日本企業の今後の対応が問われています。

「遠心力」と「求心力」の強化

御社の実践する、日本的経営の良さと欧米流を融合した独自の経営スタイルとはどのようなものでしょうか。また、御社が今後、多国籍企業としてさらに飛躍していくために、どのようなビジョンと課題認識をお持ちでしょうか。
井上 私自身の経験に基づいた話しかできませんが、日本的経営の良さ、例えば、社員のロイヤルティーやチームワーク、中長期経営計画に基づく投資や人材育成など、欧米企業が取り入れるべき点は多々あると思います。一方、日本的経営の悪いところは同質を好むこと、閉鎖社会、透明性の不足、根回しの文化などです。そうした点は欧米企業の良さを取り入れることで、グローバルに通用する経営スタイルを確立できると考えています。透明性や説明能力の高いコーポレートガバナンス、ステークホルダーに対する考え方、株式価値の向上、ROE(自己資本利益率)を含めた率の経営、人材の流動性の促進など、欧米企業から学ぶべき点は多くあります。
 当社が真の多国籍企業として今後も発展し続けるには、「遠心力」と「求心力」のさらなる強化が重要です。当社は、新興国でのM&Aなども多いのですが、多国籍企業としてのコーポレートガバナンスには課題が残ります。現地への権限委譲を進め、地域に密着したビジネスを推進できる「遠心力」を強化するためには、現地での優秀な人材育成が必要です。
 一方で、多様な価値観をまとめるためには「求心力」も保つ必要があります。多様化した組織の求心力を維持し、高めていくには、経営理念を組織内に共有・浸透させることが重要です。多国籍化・多様化した組織では、「暗黙知」だけではマネジメントできないため、組織運営において形式知化できる部分はきちんと形式知化し、組織内で共有することも不可欠だと思います。ノウハウを現地に提供することにより、生活習慣や言語、宗教が異なる人々を、生産の効率化や高度化といった共通の目的で束ねることができます。多国籍なグループ企業をまとめ上げるためにも非常に重視しています。
 この戦略を実現する上で最も重要なのは、役員、部課長、担当者、それぞれの層での「ブリッジパーソンの育成」です。彼らには、本社を含めた関係者と密に情報を共有し、現地化の視点と全体最適の視点を兼ね備えた上での判断や、本社やトップの意向を正確に伝達することが求められます。今後、こうした人材をさらに育成できるかどうかが、真の多国籍企業となれるかどうかのカギとなるでしょう。

社内外の声を聞き取る意識

最後に、企業にとって広報の役割はどのようなものとお考えでしょうか。
井上 広報活動は、その企業の考え方や行動を広く発信し、理解を得るという、事業戦略の重要な柱のひとつです。しかし、情報を発信する一方で、当社に対する社会からの評価を聞き取る広聴活動にも、同じウエートで取り組むべきだと考えています。そのため、当社では年に数回、マスコミの方々との懇親の場を設け、当社の事業を説明したり、質問を受ける機会としています。同時に、当社の事業が社会にどのように受け止められているのか、ヒアリングとフォローを徹底し、忌憚なく苦言を呈してもらえる信頼関係を築き上げることに尽力しています。
 また、企業の広報活動は、広報部門だけではなく、役員を含めた全社員が広報担当者として取り組むべきものです。特に、社内外の声を聞き取る意識は役職が上がるほど重要です。部下との対話の場面でも、9割は部下の言うことを聞き、こちらの発言は1割程度に抑えることを心掛けています。もちろん、自分自身の発言に沿って誠心・誠意を持って対応する、「言行一致」の心構えが重要なのは言うまでもありません。 
(聞き手:経済広報センター 常務理事・事務局長 中山 洋)
(文責:国内広報部主任研究員 鈴木恵理)
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