経済広報

『経済広報』(2016年2月号)掲載
第31回企業広報賞受賞者インタビュー

トップ広報で、社内意識と総合商社のイメージを変える

岡藤正広

岡藤 正広(おかふじ まさひろ)
伊藤忠商事(株) 代表取締役社長

インパクトのある情報発信を心掛ける

「経営者(トップ)こそが最高の広報パーソン」という心構えで、社長自ら積極的な広報活動、情報発信を行っていると伺っていますが。
岡藤 トップ広報をしているという意識は特にありませんでした。ただ、トップの顔が見えないと、会社の評価にも影響すると思います。
 ここの商社の社長さんは誰だったかな、と思われるのは少し寂しい。情報発信するときに私が大事にしているのは、発信回数ではなく、いかに、インパクトのある発信をするかです。いくらニュースバリューのある中身でも、伝えたいことが伝わらないのでは意味がありません。
 また、業界、マスコミ関係者との個人的な関係を構築することも重要だと思っています。相手も人間ですので、社長の考え方や人となりを分かってもらえれば、情報がより正確に伝わるだけではなく、記事の中身も変わってくるはずです。
岡藤社長の発言には、インパクトのある“名言”が多くあります。これらは意識的に発信されたのでしょうか。
岡藤 コピーライターではないので、そんなに考えてはいませんが、私の考えを分かりやすく伝えるようにしています。例えば「か・け・ふ(かせぐ・けずる・ふせぐ)」という言葉です。当社の売り上げは大きいが、経費や、特別損失も大きく、最終利益が出ていなかったことがありました。稼ぐことは誰でも考えますが、削る、防ぐということも同じように重要だと社員に分かりやすい形で説明しようとしたときにその言葉が出てきました。
 社員には、かっこいい言葉や抽象的な言葉で訴えても壁に絵が飾ってあるのと一緒で、なかなか響きません。それよりも、分かりやすく、具体的な言葉で訴えた方が、効果があります。もっとも、頭文字を取って「か・け・ふ」という言葉にしたのは、たまたまですよ。

なぜ「朝型勤務」を導入したか

「朝型勤務」について社長自ら、積極的に発信を行い、その認知度を広められたと伺っています。「朝型勤務」についてご説明いただけますか。
岡藤 きっかけは東日本大震災です。大震災の翌日、大変なことが起こったと、早朝から事業会社や取引先を回って歩きました。すると、どの会社もてんやわんやで、ゆっくり話もできないほど慌てていました。そして、10時ぐらいに本社へ戻ってくると、当社の社員だけがフレックスタイム制度を利用してゆっくり出社しているのを目の当たりにしました。世間がこれだけ大変なのに、このようなことをしていると、いずれ世間との感覚のずれが大きくなり、業績にも影響してくるだろうと考えました。
 当時は、朝遅く出社し夜遅く帰るという勤務状態であった上、会議も多く、お客さまから担当者へ電話がかかってきても、すぐに出られないという状態もありました。これではお客さま目線での営業とはいえません。すぐに人事部にフレックスタイム制度をやめるように伝えましたが、組合から大きな反発が起こると言われてしまい、すぐに実行するのはやめました。
 その代わり、まずは非組合員の管理職以上に限定して、「9時までの出社」を促したところ、多くの管理職が賛同し、実行してくれて見事に成功しました。それを受け、組合とも話し合ってフレックスタイム制度の一律適用を廃止、その1年後に「朝型勤務」を導入しました。社員の意識を変えるためには、ムチだけではなくアメも必要と考え、朝8時までに出社すれば、深夜勤務と同様の割増賃金、朝食も無料で提供するということで理解を求めました。
「朝型勤務」を行って、どのような効果がありましたか。
岡藤 まずは、業務効率がものすごく上がりました。取引先の中には、始業時間が当社より早い会社も多いため、朝一番で商談に伺うことができるなど、取引先の方からの評判も非常に良いのです。それは現在の業績にも深く結びついています。
 女性社員の活躍支援にもプラスになりました。「朝型勤務」の導入前は、上司が遅くまで残っているため、先に帰ることができない空気がありました。今では、例えば、夕方4時には本社に隣接している社内託児所「I-Kids」に預けた子どもと帰宅し、家で晩ご飯の準備をして旦那さんと一緒に食事を取ることができているという話も聞いています。若手社員も帰宅時間が早まったことで、語学などの自己研鑽に使える時間を増やせたとの声があります。
 併せて、結果的に、会社全体の残業代も減らすことができました。ただし、残業代を減らすことが目的ではなく、あくまで、社員の生活の質を上げて、お客さま目線に立って仕事の質を上げることが目的です。
 さらに、ワーク・ライフ・バランスや健康に取り組んでいるという姿勢を世間にアピールすることができました。以前は、商社といえば、遅くまで残業しているというイメージがありましたが、そのイメージを払拭しつつあると感じています。これは弊社のイメージだけではなく、総合商社のイメージアップに繋がったと思います。ワーク・ライフ・バランスは、最近、世間が重視している項目であるからこそ、先進的な取り組みをしている企業だと認知され、今後優秀な社員を獲得する際に、良い影響を与えてくれるはずです。

商社への理解不足を解消する

岡藤社長は、「ブランドビジネス」という言葉を使われています。商社の「ブランドビジネス」について、お考えをお聞かせください。
岡藤 ブランドを獲得することで、市場でイニシアチブを取ることができる、付加価値も高められるなど、ものすごい効果があると考えています。例えば、当社が展開している中国では、日本以上にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やブログでブランドが評価され、SNS利用者はそのブランド価値を判断して、購買活動に繋げています。ブランドを育てていくためには、定期的、継続的な広報、宣伝活動をしていかなければなりません。
 伊藤忠ブランドには、長い歴史、多くの先人からの血と汗が凝縮されています。これを、一般の皆さまの目線まで下げて、分かりやすい形で訴えています。ただし、ブランドイメージは具体的に発信しなければなりません。以前は、貿易輸出立国である日本を背負って、世界へ挑戦するといったイメージが中心で、商社の仕事内容の理解にまで進んでいませんでした。この商社への理解不足が、総合商社の株価にも反映していると考えています。業績に比べて、商社の株価が十分に評価されているとは思いません。中身がよく分からない会社には投資を躊躇してしまうでしょう。
 総合商社は、もっとその仕事内容を世間にアピールしていく必要があります。当社では現在、新入社員の目線に立ち、新人が商社の仕事に慣れていくというシリーズで、世間の皆さまと同じ目線から商社の仕事を紹介しています。昔からの企業理念もありますが、時代に合わせて、より分かりやすく具体的に、総合商社、伊藤忠商事の理解を深めてもらえるように広報活動を進めています。

等身大の姿を見せてトップの考えを伝えていく

社員へのダイレクトメッセージに力を入れていらっしゃるとお伺いしました。
朝食提供場所を視察する岡藤社長(左から2人目)
朝食提供場所を視察する岡藤社長(左から2人目)
岡藤 以前、昼食時に社長を食堂であまり見掛けないので、社長室でうなぎや寿司を食べているんじゃないか、外でおいしいものばかり食べているんじゃないか、と言っている人がいるという話を聞きました。実際にはそんなことはほとんどなくて、普段は社内のコンビニでおにぎりやサンドイッチを買って1人で食べていることが多いのですが……(笑)。
 あまりに社長の姿が正しく理解されていないなと思いました。戦略的に、社長は雲の上の人と思われる方がいい場合もあるかもしれませんが、それだと社長の考えを社員に伝えるのが難しくなるでしょう。ですので、自分の考えをメッセージとして社員に伝えていこうと思い、「社長メッセージ」を発信しています。頻度は月1回ほどですが、決算や人事など社内にとっても重要なタイミングでは、必ず発信し、自分自身の考えを社員へ伝えています。今年度は9月末時点で10件発信しています。アクセス履歴を見ても、ほとんどの社員が見てくれているようです。
 また、それとは別に、社内のイントラで「TOPICS」を発信しています。こちらは、普段の私の行動を写真付きで紹介しているもので、できるだけ多く発信するように心掛けています。やはり、社員からすると社長が何をやっているのかは、なかなか分からないわけで、自分の行動を頻繁に紹介していこうと思って始めました。こちらは年間80回ほど発信しており、今年度は9月末時点で57件のTOPICSを紹介しています。
 具体的には、退職セレモニーといって、退職する方に直筆の感謝状を渡したりしているのですが、その模様を紹介したり、出張で国内外の支社や事業会社へ出向いたときには、その場でみんなと写真を撮って仕事内容を紹介したりすることで、私の動向や各職場のことが社内に伝わっていくようにしています。
 最近では、朝型勤務の開始により導入された朝食提供の会場を見に行ったときの様子を紹介しました。このときには、「もっと提供商品数を増やす」ことや、「単価が高い商品も自由に選べるようにしなさい」と指示したことまで書いたのですが、大きな反響がありましたね。このように、私がどんなことをしているのかを社員へ発信し続けています。私の理想は率先垂範です。社員の皆さんには社長の姿を見て、ついてきてほしいと考えていますので、続けていきたいと思います。

トップが広報の特性、重要性を認識する

広報部門には、何を期待されますか。
岡藤 マスコミに情報を正しく理解してもらい世間に発信してもらうためにも、まずは人間関係をしっかりつくってもらいたい。難しいこともあると思いますが、そのような場合でも正しく発信をしてもらえるような努力をしてほしい。あとは、トップである社長の考え方をいかに正しく伝えていくかです。広報部門の一人ひとりには、このようなことを引き続き実践していってもらいたいです。
 また、広報業務は営業と異なり、数字ですぐに成果が出てこないという点も承知しています。広報は長期にわたって、こつこつと努力を続けていかなければならないものです。怠けていてもすぐにはダメにはなりませんが、気づいたときには取り返しのつかない状態になってしまいます。広報には期待しています。モチベーションを高くして頑張ってもらいたいですね。
聞き手:佐桑 徹 経済広報センター 常務理事・国内広報部長
(文責:国内広報部主任研究員 西田大哉)
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