経済広報

『経済広報』(2017年2月号)掲載
第32回企業広報賞 受賞者インタビュー

トップメッセージでお客さま、従業員に何を伝えようとしているのか

大西 洋

大西 洋(おおにし ひろし)
(株)三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役社長執行役員

3つの意味を持つトップメッセージ

「企業広報賞」表彰式・パーティで、「お客さまに直接メッセージを伝えることが重要だ」とご挨拶をされていましたが、もう少し具体的にお話しいただけますか。

大西 経営トップによる広報には大きく3つの意味があると思い、発信を続けてきました。1つ目は、当社のビジネスが百貨店ビジネスという小売業である点です。企業とお客さまとの距離がとても近く、お客さまから直接、お手紙などで様々なご意見を頂くことがあります。そのようなお客さまに、当社の考えなどをメッセージとしてお伝えすることがとても重要だと思っています。
 2つ目は、当社の価値やブランドの向上を考えた際に、百貨店業界だけの狭い世界ではなく、百貨店以外を含めた全産業と比較して、当社のイメージやブランドを評価いただきたいと考えています。
 3つ目は、社外への発信は社内に向けたメッセージにもなるということです。もちろん、社内に向けてトップの考えを伝える機会はありますが、地方店などを含めた全国レベルになると、現場の従業員と直接話をする機会は限られてしまいます。そこで、メディアに自分の言葉で考えを話すことで、全国の従業員にメッセージを伝えていくことができると考えています。

現場に出向き、現場の声を取り入れる

日ごろから店頭に立ち、お客さまやスタイリスト(販売を担当する従業員)とコミュニケーションを取るなど、現場を重視していると伺いました。
大西 できるだけ多くの人と一対一で話すことがコミュニケーションをする上でベストだと考えています。ただ、全員と話すことはできませんので、我々のキーパーソンであり、店頭でお客さまと直接会うスタイリストたちと話をする機会を増やしています。そこで得られた意見や情報を経営に生かすことも多いのです。また、土、日曜日には、他社の店舗を訪問することもあるのですが、その際に得られた気付きや危機感といったものを、現場の店長などに伝えています。
従業員とのコミュニケーションの取り組みについてお考えをお聞かせください。

大西 毎週水曜日と土曜日に店舗を訪問して、スタイリストと話すことを続けています。また、年に2回ほど、決算発表の際などに管理職を中心にメッセージを伝えているほか、係員クラスには年10回ほど直接話をする機会を設けています。 私が店頭に出た際には、その場で従業員と直接話をするようにしています。このほか、社内で私を含め、LINEで100人程度のグループをつくり、タイムリーに情報を共有しています。この100人の中には、お取組先も含めて全国各地で活躍するエバーグリーンと呼ばれる優秀なスタイリストも入っており、その日にお客さまから直接伺ったことや、店頭での気付きなどをまとめてアップしてくれています。全てに目を通すのは時間がかかりますが、一つひとつ返答しています。現場の声をすぐに聞けるということで、とても価値のある情報であり、それを経営に生かすことができています。

チャレンジ姿勢を全従業員に

従業員に向けては、どのような話をされているのですか。
大西 スピード感を持って取り組むことを従業員には伝えています。しかし、それが十分に達成できているとは思っていません。管理職が判断できず、意思決定が遅くなってしまっているのが現状です。上長から言われたから、社長が言っているからというスタンスで仕事に取り組んでも、最終的には時間がかかり、最後までやり遂げられないことがあります。
 また、新しいことには積極的にチャレンジしてほしいと伝えています。成功確率が30%程度あれば、チャレンジしていこうと話していますが、私がイメージする姿にはなっていません。成功確率が90%でなければチャレンジしないという風土がまだ残っていますが、成功確率が90%もある新規事業など全くありません。
 ただ、チャレンジするという意識は、若い世代には届き始めており、特に20歳代、30歳代前半の若手社員はかなり変わってきています。以前と比べても、会社を良くするための提言を積極的にしてくれるようになりました。
 今後は、管理職層にもこの意識を浸透させていくことが重要だと思っています。そのために、管理職と直接話す機会を設けているほか、メディアの取材を受ける際にも、この層に自分の考えが伝わればと思い、積極的にお話しするようにしています。また、組織が複雑化しているので、スピード感が増し、ボトムアップがしやすいフラットな組織に変えていきたいと思っています。

人財育成はお客さま満足に繋がる

営業時間の短縮といった働く環境の改善や、人財育成の取り組みに力を入れていらっしゃいますが、社員のモチベーション向上に向けた取り組みについてはどう考えていますか。

大西 人財は当社グループにとって最も大切な資産と捉え、ここ数年間で人財への投資を拡大し続けています。具体的な取り組みの一例として、他企業への出向を増やしています。百貨店業界は非常に視野が狭い業界のため、出向によってほかの業種で得られる知見や知識を吸収し、将来企業を引っ張っていく人財を育成したいと考えています。
 また、店舗休業日を活用して2015年に社内運動会を復活させたところ、とても反響が大きく、2016年はさらに拡大して開催しました。三越伊勢丹グループの従業員のほか、店舗で一緒に働いているお取組先にも参加を呼び掛けたところ、参加者が前年の3500人から4500人と大幅に増加しました。この運動会を機に、「次の日から一緒に働いていくというモチベーションに繋がった」と従業員からも聞いています。従業員のモチベーション向上や、福利厚生、働く条件を改善していくことは、最終的にはお客さまのプラスに繋がりますので、このような取り組みはこれからも続けていきます。

業界全体が危機意識を

大西社長は、三越伊勢丹ホールディングスだけでなく、百貨店業界全体にわたったお話や講演を数多くされています。どのようなお考えでされているのでしょうか。

大西 百貨店業界全体に大きな危機感を持っています。小売業全体のうち、百貨店業界のシェアは4%程度しかなく、ピーク時の約6割に減っています。そのため、百貨店協会の会長に就任以降、自分が主体性を持ち、百貨店がどうあるべきかを百貨店業界全体が考えていかなければならないと思い、発信するようにしています。

今後の百貨店業界の展望をお聞かせください。
大西 今のままでは、純粋な百貨店という店舗業態はなくなってしまうと考えています。当社グループでも銀座、日本橋、新宿といった首都圏の店舗以外は、新しい店舗モデルの構築が必要になります。もちろん、百貨店を頻繁にご利用いただいているお得意さまがいらっしゃいます。しかし、その皆さまに今後も百貨店にロイヤルティーを持っていただける保証はありません。昔は、百貨店に憧れを持っており、ご飯を食べにいくとか、屋上で遊ぶとか、百貨店に来れば何か特別なことがあるという“ワクワク感”を持つお客さまが多かったのですが、今は、目的買いがメインになってきています。ネットなど、どこでも買い物をすることができる環境の中で、今一度、百貨店はこの“ワクワク感”を感じられる店づくりをしなければなりません。展開も従来の婦人、紳士、食品といった大分類からライフスタイル型への検討も必要かもしれません。
 また、昨今、お客さまのニーズの変化に合わせて「モノ消費」から「コト消費」へと消費の中身が変わってきています。割合的には、「モノ消費」が6割、健康、美容、旅行などといった「コト消費」が4割程度となっています。しかし、百貨店に来ていただくと、「モノ」が9割で「コト」が1割しかありません。早くこのギャップを埋めていかなければ、売り上げが減少していってしまいます。そのために三越伊勢丹グループでは、飲食・ブライダルなどの会社を設立するなど「コト消費」への強化を進めています。

企業メッセージ「this is japan.」

新たな企業メッセージ「this is japan.」を策定し、世界に通じる日本の優れた商品・サービスを全世界に発信されています。パリやマレーシアに出店するなど、海外展開を進めていますが、そのお考えをお聞かせください。

大西 2010年、経済産業省にクールジャパン室が開設されたことがスタートになっています。政府の、日本の良いモノを海外に輸出していこうという動きに、我々がどのようにお役に立てるのかを考えました。将来、海外に出していくことも考慮しつつ、まずは日本にある良いモノを日本のお客さまにお伝えしていこうと、バイヤーが中心となり、良い商品を日本のお客さまに紹介してきました。それから3年ほどが経過し、この活動のレベルも上がってきたため、2015年から企業メッセージとして「this is japan.」を発信しています。
 これは、日本の商品だけでなく、五感やおもてなしなど、モノづくりの背景にある日本人の精神性をも発信していこうというものです。
 昨年パリに出店した「The Japan Store ISETAN MITSUKOSHI Paris」に行ってきました。大きなお店ではありませんが、地元の方々に評価や期待をされていると実感することができ、三越伊勢丹だけではなく、「JAPAN」というものへの期待はものすごく大きいのではないかと思いました。
 2016年は2000万人以上の外国人観光客が日本を訪れましたが、日本の良いところを本当に理解して帰国する方がどれだけいらっしゃるかと考えると少し疑問です。今後は、微力ながら当社グループの海外店舗で日本の素晴らしいモノづくりやおもてなしを紹介させていただくことがきっかけとなって、より多くの外国人の方に日本の地方にも足を運んでいただき、地方創生の好循環に繋がっていけばよいと思います。 

聞き手:経済広報センター 常務理事・国内広報部長 佐桑 徹
(文責:国内広報部主任研究員 西田 大哉)
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