経済広報

『経済広報』(2013年2月号)掲載

企業広報研究
企業広報功労・奨励賞を受賞して
「社員食堂」を起点としたブランディング
-タニタの広報戦略-
猪野正浩

猪野 正浩(いの まさひろ)
(株)タニタ 広報室 室長

タニタの事業展開 ―「健康をはかる」から「健康をつくる」へ

 タニタは1944年に設立した「はかり」のメーカーであり、これまで、乗るだけで計測できる家庭用体脂肪計など世界初・日本初のユニークな商品を数多く開発し、新たなマーケットを創出してきた。現在は、「『はかる』を通して世界の人々の健康づくりに貢献する」という企業理念の下、弊社が提唱する食事・運動・休養の健康サイクルに基づいた事業を展開している。これまで「健康をはかる」という経営方針の下で、健康計測機器・サービスの提供を主な事業領域としてきたが、数年前からは、はかった後の健康づくりをサポートするための幅広い健康管理サービスの提供を開始している。 健康サイクルを最適なバランスで回しながら、健康状態をはかり、そこから生活習慣を見直していくという、いわば「健康をはかる」会社から「健康をつくる」会社へのシフトを進めている段階である。
 「食事」はこの健康サイクルの入り口となる重要な要素であり、レシピ本のヒットをきっかけに誕生した丸の内タニタ食堂によって、弊社が提唱する健康サイクルを一貫して提案できる健康の総合ソリューションカンパニーとなることができたと考えている。

フェース・ツー・フェースで価値ある情報を発信

 弊社が考える広報とは、基本的なことだが「コミュニケーション力」である。タニタのコーポレートメッセージやマーケティングメッセージを、メディアを通じてステークホルダーに伝えるには、いかに有益な情報を継続的に発信していくかがポイントとなる。ただし、一方的な情報提供では受け手となるメディアにはありがた迷惑となるので、メディアにとってどれだけ価値のある情報なのか、そしてその先にある社会にとってどれだけ影響がある情報なのかを確実に見極めた上で、有益と判断される情報を継続的に発信することにより、ステークホルダーとの的確なコミュニケーションが図れると考えている。
 営業担当者が自社の商品を売るのと同様に、広報担当者は自社の“情報を売る”という役割を担っていると考えている。あくまでも持論だが、広報担当者に求められる資質は、「様々な引き出しを持つ」ことだと思っている。自社の商品情報や業界情報に精通するのはもちろん、社会・経済の動きもしっかりと把握しなければならない。また、自社の事業フィールドに限らず、広く世の中のトレンドを頭に入れておくことも必要である。もうひとつは、「フェース・ツー・フェースのやり取りを行う」ことを徹底している。現在はソーシャルメディアも普及しているが、顔が見えない状態は非常に危険であり、最終的には人と人との対面での関係構築が不可欠だ。このフェース・ツー・フェースのコミュニケーションが、的確で効果的なアピールを可能にする。
 弊社では、媒体に合わせて、価値ある情報に加工して発信することを常に意識している。同じ情報を一斉に発信するのではなく、どの媒体のどの部門にとって最適な情報かを把握した上で、発信すべき相手にとって最適な形に情報を加工して価値を与えることが大切である。

「プラススパイラル」の構築

 弊社では、社員食堂およびレシピ本が話題となり、ヒットしていく過程で、話題が話題を呼ぶ「プラススパイラル」を構築することに成功した。これは、「話題」があり、「取材」を呼び、「報道」を生み、それがさらなる「話題」になるというプラスの流れを回転させるだけでなく、さらにその流れを連鎖させることで情報を拡散させるものである。
 レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』が2010年1月に発売されると、面白い本があるということで多くの新聞に取材してもらった。当時、多い時には1日当たり3社程度の取材対応をしていたが、「取材していただければありがたい」という受け身一方の姿勢だった。しかし、同年11月に販売部数が100万部を突破した頃、情報の拡散にはある一定の法則があると感じるようになった。従来受け身で対応していたものを、今度は弊社が主体的に仕掛けていくことで「偶然」を「必然」に変えれば、新たなプラススパイラルが構築できるのではないかと考えたのである。この結果、テレビでも数多く取り上げられてレシピ本は200万部を突破。それがベストセラー本としてさらに話題になって報道番組でも紹介され、2011年10月には400万部を突破する大ヒットとなった。
 2012年1月に新しい「食」のソリューションを展開するレストランとして開業した丸の内タニタ食堂は、このプラススパイラルを実践した事例で、話題性を生かして主体的に情報の発信を行った。2011年11月には提携会社と共同で新事業についての記者発表会を開催し、「はかりメーカーのタニタが本気で食堂を展開するようだ」と話題を集めた。12月にはバイラルマーケティングによる話題づくりとして、ターゲットの異なる3パターンのイベントを開催し、高い情報発信力を持つ消費者によるクチコミ効果を得た。そして、オープン前日のプレスプレビューで直前報道を誘導して世間の関心を高めた上で、当日のグランドオープンの様子をメディアに公開することで大きな話題を生み出すことに成功した。グランドオープン後2カ月間の取材対応件数は約70件にのぼり、それ以降も継続的に取材対応を続け、プラススパイラルを醸成している。

広報体制の変革―「受け身」から「攻め」の広報へ

 プラススパイラルが構築できた背景には、広報体制の変革がある。私が着任する2006年以前の広報室は、基本的に「受け身」の姿勢であり、情報発信は年間10件程度に留まり、メディアとのパイプもなく、一般紙やテレビからの取材などを高望みばかりする体質が染み付いていた。当時のタニタは、1994年に一般向けに発売して爆発的ヒットとなった体脂肪計の成功体験を引きずって大企業病にかかっており、“タニタ”という会社が世間から忘れ去られつつあるにもかかわらず、依然として自分たちは常に知られており、待っていればメディア側から取材に来てくれるという錯覚に陥っていたのである。
 そこで私は、メディアリストの抜本的な見直しと更新を行うと同時に、記者クラブへの加盟や報道資料作成の合理化とコスト削減、PR会社との連携などの改革を進めた。PR会社には手足となって動いてもらうとともに、弊社で判断できない部分を第三者的にアドバイスしてもらうという、イコールパートナーの関係を築いており、この連携によってメディアコンタクトの強化を図ることも可能となった。さらに、情報発信の強化として、月2件以上のプレスリリースと、四半期に1回のペースで記者発表会を行っている。
 人材の確保と育成については、上層部と相談の上で人心一新し、現在は私を含めて4人体制で広報活動を推進している。
 このように、ほぼ6年間をかけて「受け身」の広報から「攻め」の広報への変革に取り組み、7年目に入って今ようやく開花してきたと思っている。

戦略的広報の立案と実施

 現在の広報活動は、まず各事業部門へのヒアリングに基づく年間メディアプランを作成している。また、取材対応の諾否や報道資料のチェックなど、外部に出るあらゆる情報は私が最終確認を行うことで責任を明確化している。些細なミスが経営全体に影響を与えかねないのが広報だと考えているので、全ての案件で私と担当者がペアとなり、何か問題があった時には私が“防波堤”となることで、部下が自由に動けるように工夫している。大変なことだが、私のノウハウを移管し、部下を成長させるためには必要な体制である。
 情報発信力の強化としては、前述の通り広報リソースを価値ある情報に加工して発信することを徹底している。そして、メディア訴求力の強化の最大の取り組みとして記者発表会を開催しているが、部下に徐々に権限を委譲しながら、発表会プランの作成・実施をトータルで主体的に行うよう指導している。こうした活動を、立案・実施・検証・改善のPDCAサイクルでしっかりと回し、前回の失敗を必ず次回改善することで、戦略的かつ精度の高い広報活動を実践している。

「市場創造型」広報への進展

 新たな広報戦略としてチャレンジしているのは、「市場創造型」への進展である。従来の広報機能は「マーケティング広報」や「コーポレート広報」といわれていたが、弊社ではこれに「マーケットクリエーション」(市場創造型)を加え、部門間の枠を取り除き、タニタのブランド力を活用して新たなチャネル開拓を進めている。広報部門はよく“経営機能の一部”といわれるが、結局はコストセンターとなって効果測定なども要求されてしまうので、それならば広報がプロフィットセンターとなり、インキュベーターとしての機能を担おうという発想である。
 具体的な事例のひとつに、三越伊勢丹グループとのランチボックスプロジェクトがある。このプロジェクトは、ランチボックス自体の販売のみならず、百貨店との関係構築を狙いとしている。弊社の販売チャネルは量販店が中心だが、百貨店には百貨店ならではのサービスがある。ランチボックスを起点に改めて百貨店との関係を構築することで、新たな顧客層の獲得を目指している。
 また、読売旅行ならびに休暇村協会とのコラボレーションによる「まるごとタニタ生活 体感ツアー」も企画した。弊社が提唱する食事・運動・休養の最適な健康サイクルを実践するプログラムと一緒に弊社の商品を体験するもので、健康意識の高い優良顧客の囲い込みに成功している。このツアーはタニタ式の「ヘルスツーリズム」だが、さらに「スポーツツーリズム」に発展させたイベントも企画している。
 異業種とのコラボレーションにも力を入れている。広報室が主導する食分野でのコラボレーションでは、弊社の健康コンセプトを盛り込んだ商品を展開し、大きなヒットとなっている。例えば、森永乳業の「タニタ食堂の100kcalデザート」は、自然の食材を用いることで“安心・安全”を訴求しており、サクマ製菓の「タニタ食堂ごほうびキャンデー」では、パッケージを使って“消費と摂取のバランス”の大切さを伝えている。これらのコラボレーションはビジネスの側面だけではなく、弊社の健康理念を間接的に啓もう、拡散できるという効果があり、さらなるブランド価値の向上とともに相互にウィン・ウィンの関係が構築できている。

「謙虚に誠意をもって」を基本に

 タニタ広報の基本は「謙虚に誠意をもって」対応することである。メディアの数に対して企業の数は圧倒的に多く、その中から“タニタ”を選んでもらうためには、地道な広報活動を継続的に行うことが重要だ。継続的に価値ある情報を発信し、しっかりとフェース・ツー・フェースのコミュニケーションを取ることで、初めて顔が見える広報になることができる。現在のブランディングが成功したからといって手を緩めるつもりはなく、また決して上から目線で話すようなことはしない。「謙虚さ」と「誠実さ」こそが、新しい道を開く近道だと思っている。
 弊社は今後も様々な新しい取り組みを展開していく計画であり、いつも話題の絶えない会社であることを目指して広報活動を推進していきたい。
(文責:国内広報部専門研究員 森田真樹子)
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