経済広報

『経済広報』(2013年8月号)掲載
危機管理Q&A(1)
山見 博康
広報の本質と危機対応
山見 博康(やまみ ひろやす) 山見インテグレーター(株) 代表取締役 広報・危機対応コンサルタント 
Q 広報の本質と危機対応とはどんな関係にあるのですか。

広報の本質とお化粧

 人も会社も裸で生まれます。子ども・ベンチャーのころに十分なしつけを受けて成長すると、立派な人間・会社になります。立派な人や会社になると、問題を起こす確率は低くなります。たとえ起こしたとしても、それは小さく、謝るべきは謝り、その解決は比較的たやすいものです。従って、最大の危機対応とは、立派な人や会社になることです。
 自分が社員として何かミスをした時、どんな対応をとるでしょうか。素直に自分の過ちを認め、上司に全てを直ちに話すのか、あしたそれともあさってにするのか、あるいは言わないのか。いろんな対応を考えるものです。どのように対応を考え、行動するかは、人間の在り方、会社としての在り方なのです。そこに人間の本質が現れます。
 一方、人は毎朝お化粧し服装を整えます。それは結局、他人に少しでも良く見せたいためでしょう。営業が顧客に行う商品説明でも、少しでも良く見せようと言葉を選び、態度を良くし、書類を飾るものです。それもひとつの化粧。それをどのくらい厚くするのか。それは、あるべき自分、ありたい自分、あるいは自分のビジョンに沿って対応します。その根底には倫理観や道徳観、つまり人間性があります。
 お化粧をどのくらいするかを日々考え、実行することがすなわち広告となり、プレスリリースつまり広報対応になるのです。厚化粧が過ぎれば誇大広告になり自画自賛が過ぎるプレスリリースになります。
 言葉や表現などを、どこまでどのように化粧するかに、それぞれの会社のビジョンや哲学、そして広報の本質が露呈するのです。

緊急時の小手先の対応が致命傷に

 人の化粧は指で行うのですが、それは指が勝手にしているのではなく、脳が指令しています。トップの考えが正しければ、社員も正しく行動します。それぞれの関節には管理職が陣取る。人は指令された情報を血液や神経で交通させて、会社は組織で支えられ、人も会社もやはり情報で生きているのです。
 従って、「広報とは、ビジョン実現に向けて、内外への適切な情報交通(コミュニケーション)で会社を司(つかさど)ること、そして真(まこと)の会社になること」、これが本質であり、これを会社で促進させるのが、本来の広報の仕事であることを肝に銘じてください。
 「顔」は広報。見えない情報をも見ようとし、聞こえない情報をも聴き、かすかなにおいでも嗅ぐ。脳の指令のうち、外部へ言うべきことを口で発し、内部へは組織ルートで伝達する気高い役割なのです。
そこで、まず、“To be good(いかに善くあるべきか)”を考え、次に、“To do good(いかに善く行うべきか)”を実行する。この順序を間違えてはなりません。「広報は情報経営を司ること」。さもなくば、体(組織)各部が機能せず、脳死・壊死するのです。
 危機対応をメディア対応と勘違いすることこそ、企業を危うくするもの。事件・事故・不祥事において、「初期の危機管理が悪かったから……」という言葉を使う人は、広報の本質が分かっていない証拠。危機に臨んで、小手先の巧みさで切り抜けようとすることが致命傷になる。そんな人物(会社)はすぐ見抜かれ、長く尊敬されるはずはありません。
 いかなる危機においても、誠実な態度、真実の言葉、そして言行一致の姿勢で対応し、事態を善処すること! そのためには、日ごろから“真の会社=真人間”になる以外にありません。
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