経済広報

『経済広報』(2013年11月号)掲載
企業広報研究
レピュテーションは“管理”から“ステークホルダーと共に育成する”時代に
ユープ・コーネリセン ユープ・コーネリセン
アムステルダム自由大学 教授 
 経済広報センターは10月4日、コーポレート・コミュニケーション研究の第一人者である、オランダ・アムステルダム自由大学のユープ・コーネリセン教授が来日した機会を捉え、講演会を開催した。

コーポレート・コミュニケーションの現状

 コーポレート・コミュニケーションという分野が誕生した20世紀初頭は、企業が全社を挙げて戦略的にコミュニケーションに取り組むという概念はなく、広報部門はマーケティングの戦術的なサポート部門という認識だった。
 その後1980年代に入り、コミュニケーション分野の成長に伴い、ステークホルダーが抱く企業イメージを統一させることが重要視され、コミュニケーションの統合的管理が求められるようになった。これはステークホルダーの頭の中に「こういうイメージを抱いてほしい」という企業像を一方的に主張し、ポジショニングを図るという直線的なモデルである。
 本日の主題は、コーポレート・レピュテーションを“管理する”という従来の直線的なモデルから、ステークホルダーを巻き込み、“共に育成していく”対話型モデルへとシフトしているということだ。これにはソーシャルメディアなどのニューメディアの登場も影響している。
 また、以前はステークホルダーが企業からのメッセージをどう受け取るか、どう消費するかまでは企業は認知していなかった。しかし、昨今のステークホルダーはコミュニケーションの4つの原則−「advocacy」(提唱)、「transparency」(透明性)、「authenticity」(信憑性)、「interactivity」(相互作用)に基づき、企業との対話コミュニケーションや相互作用を期待するようになった。

コミュニケーション担当者の役割の変化

 欧州コーポレート・コミュニケーション・ディレクター協会が実施した調査によると、欧州企業の経営層はこれまでにないほど、コーポレート・コミュニケーションの分野を重要視していることが分かった。コーポレート・コミュニケーション部門が組織にとって重要な役割を担っており、対策を怠れば企業のレピュテーションがリスクにさらされると彼らは考えている。このような認識の下、欧州企業では、コーポレート・コミュニケーション部門は、マーケティングなども含めて全社的な広報機能を統合し、経営層の近くに位置付けられることが多い。
 しかし同時に、期待するレベルのアドバイスをコミュニケーション担当者から受けられるかどうか、経営層が疑問を抱いていることも明らかになった。つまり、コミュニケーション担当者は経営陣と同じレベルの視点からアドバイスができるよう、自らの専門領域だけでなく、業界や金融、財務に関する知識を深め、組織をどのように発展させるべきか、というところまで思考範囲を広げられるよう研鑽を積む必要がある。
コミュニケーション担当者の今後の役割
 コーポレート・コミュニケーション部門が普及し始めたころは、コミュニケーション担当者は広報材料の選定やレポート、パンフレット作成などのテクニカルな役割にとどまっていた。それらは徐々に進化を遂げ、1つは「Communication Facilitator」として企業とメディアとの関係円滑化を、もう1つは「Expert Prescriber」という危機対応の専門家として、何か起きた際にはトップにアドバイスを行うなど、より経営にとって重要な役割を果たしてきた。
 しかし、私はコミュニケーションの担当として最も重要な役割は「Problem-Solving Facilitator」、つまり企業の課題解決の促進者であると考える。従来との大きな違いは、経営上の意思決定プロセスに最初から参加し、より戦略的な役割を担うことである。

レピュテーションは管理から育成へ

 レピュテーションを「管理する」という従来のモデルでは、まずその企業の価値観に基づくアイデンティティーを確立させることが必要とされた。その上でステークホルダーにメッセージを発信し、企業のレピュテーションが、企業の主張したメッセージ通りにポジショニングされていくという考え方だった。このモデルはステークホルダーの変化、他社の動向など、企業を取り巻くあらゆる環境の変化を無視した、静的で直線的なモデルである。
 この1990年代モデルの限界を克服するために、2000年代初めには、時代や環境の変化と共に企業自身も変化させるべきだ、という考え方が導入され、新たなモデルが登場した。
 まずアイデンティティーをステークホルダーがどのように捉えているか、企業に何を期待するのかを、耳を傾けて聞き取ろうとする。企業はその声に応え、時にはそれが組織のアイデンティティーを変化させることもある。

成功例と失敗例

 コダック社は、カメラビジネスの伝統的な企業であると自ら既定したアイデンティティーに固執するあまり、時代と共に変化したステークホルダーの意見を十分に取り入れなかった。自らのアイデンティティーをステークホルダーが形成している期待感などによって調整し、それに合致させられる企業であるかどうかが企業の運命さえ左右することが、この例から分かる。
アイデンティティーの再ポジショニング
 アップル社では外部のレピュテーションについて、「スティーブ・ジョブズ」のイメージや、「iPhone」や「iPod」など特定のプロダクトに強い連想力を持っているということが社外の調査で判明した。そのため、レピュテーションを一つの「アップル」というコーポレートブランドにまとめる戦略が必要だと経営層は判断した。そこで、全ての製品において優れた技術力に加え、ヒューマンなデザイン力を持っているという「グレートヒューマンデザイン」をアイデンティティーとして打ち出した。アップル社はこの新しいモデルにならい、ステークホルダーからのフィードバックをもとにポジショニングを変更し、コーポレートブランディングに着手したのである。
 対照的な例に、デンマークのダンスケ銀行がある。同行は、昨年12月に発表したコマーシャルで「銀行として、より高いレベルで社会に必要とされる存在を目指す」というメッセージを顧客に訴えた。しかし、コマーシャルが放映されるとステークホルダーからは不満が噴出し、特にソーシャルメディアでは大きな議論が巻き起こった。ステークホルダー側の主張は、ダンスケ銀行の主張の根拠や、変化への道筋が全く見えてこないというものだった。
 ここから2つの教訓を導き出せる。1つは、企業側がステークホルダーに主張する内容には、ステークホルダーが納得するだけの本物らしさや確立されたアイデンティティーが必要であるということだ。
 もう1つは、メディアの活用方法だ。ダンスケ銀行が用いたのは、一方的にメッセージを主張するという手法だったが、ニューメディアを活用した対話型のコミュニケーション構築をすべきだった。ステークホルダーとの対話を重ねながら目指す企業像を説明し、徐々に巻き込むというプロセスを踏んでいれば、新たなアイデンティティーに対するステークホルダーの態度は違ったものになっていただろう。
レピュテーションの育成とソーシャルメディアへの対応
 次にネスレ社の例を挙げる。世界的な環境保護団体であるグリーンピースが、ネスレのコマーシャルのパロディ版を動画サイトにアップした。これは、ネスレが製造過程で使用するパーム油の仕入先が、森林伐採に関与する企業であることを非難する目的で制作された。
 この動画がアップされた際、ネスレの担当者は動画サイトに対し削除依頼を出して拡大を防ごうと試みた。しかし、自社に不都合なことを削除しようとするネスレの姿勢に非難が集中し、動画はツイッターやほかの動画サイトを経由してインターネット上で拡散し続けた。これまでグリーンピースの活動に関心を持っていなかった人たちも巻き込み、ネスレの公式フェイスブック上では大論争が巻き起こった。さらに悪かったのは、ネスレの公式フェイスブックのモデレーターが消費者からの批判的なメッセージに対して、皮肉で冷たいトーンで対応したことだった。この一連の騒動がメディアで報じられ、翌日には株価が急落する事態まで引き起こした。
 このことから、不都合なことを排除しようとするよりも、相手側の主張にも耳を傾け対話をすることが大切だ、という教訓を導き出した。その後ネスレは、グリーンピースとの協議の場を設け、業界全体でパーム油の仕入れに関して検討する連合会も立ち上げた。また、デジタルメディア上で適切な対応が取れるよう、コーポレート・コミュニケーション部内にデジタルコミュニケーションの担当部署を設けた。

アイデンティティー確立におけるコミュニケーターの役割

 アイデンティティーを確立するために、コミュニケーターにとってもう1つ重要な役割がある。それが社内との対話だ。レピュテーションは1つの部門だけでなく、全社的に獲得するものである。対話を行うことで社内のほかの人たちもアイデンティティーを共有でき、参画意識を持てるようになる。
 アイデンティティーの確立に関して、再度アップル社の例を挙げる。CEOのティム・クックは、同社の目指すアイデンティティーについて「『透明性』と『オープンさ』を体現し、ステークホルダーの期待に応える」ことを主張してきた。このアイデンティティーは社内できちんと共有し、歩調を合わせるべきものである。しかし一方で、ある環境団体からのiPhoneの原材料に使用する「スズ」に関する問い合わせへのアップル社側の回答は不透明である。ホームページには「調査中です」としか記載されておらず、説明は一切ない。また、アップル社がオランダとアイルランドの間に設立した会社が法人税を課税されないという問題も今年発覚し、企業市民としての姿勢を問われたが、これに関する答弁も透明性に欠けるものであった。
 アップル社は上層部を含めてアイデンティティーについて再度社内で対話をし、環境責任や企業市民としてなどのあらゆる観点から自社のポジショニングを再検討すべきだ。その際、コミュニケーション担当は社内での議論の円滑化、つまりファシリテーターの役割を果たす必要がある。アップル社のような巨大企業でさえ、社内での議論を怠り、外に打ち出すアイデンティティーと実情との整合性が取れなければ、数年後には業界でのポジションが変わってくるかもしれない。

そのほかのトレンド

ストーリーテリング
 企業を取り巻く環境やコミュニケーションの在り方が変化する中で、従来の戦略的メッセージング、つまりストーリーテリングの重要性は不変だ。
 ここでソニー社とレノボ社の例を挙げ、比較してみる。ソニーのキャッチフレーズには「make.believe(メイク・ドット・ビリーブ)」という言葉が使用されている。「believe」はソニーの持つ技術を使って広がる可能性を感じさせる非常に良いメッセージである。また、ビジュアルには子どもが楽しそうにドラムをたたいている写真を用いており、メッセージと併せてソニーが連想してほしい「驚き」や「革新」といったイメージが伝わってくる。 
 一方で、レノボ社では「FOR THOSE WHO DO」というキャッチフレーズを用いている。どちらもシンプルで短いメッセージだが、レノボ社のものからは残念ながら物語性を感じることができない。ストーリーテリングによって企業が連想してほしいイメージを効果的に発信することは、競合他社との差別化にも繋がる重要な手法だ。
重視されるインナーコミュニケーション
 欧州企業が今一番重要だと感じているのは、社員向けのコミュニケーション活動である。コーポレート・コミュニケーション部門の予算配分も、外のステークホルダーよりも社員向けのコミュニケーションや研修に割かれる傾向がある。欧州企業の多くは、社員の持つアイデンティティーの力を強めることで企業に対するモチベーションが上がり、より革新的なアイデアや事業が生まれてくるだろうと考えている。 
(文責:国内広報部専門研究員 鈴木恵理)
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