経済広報

『経済広報』(2014年1月号)掲載

企業広報研究

企業広報功労・奨励賞を受賞して
「偽らない」「怠らない」「諦めない」広報を目指して

薬師 晃

薬師 晃(やくし あきら)
東日本旅客鉄道(株) 広報部担当部長

危機管理の原点

 私は1973年8月に日本国有鉄道(国鉄)に入社し、1984年9月に広報部に配属となった。以降、現在まで通算21年間にわたり広報業務に携わっている。学生時代は陸上競技に打ち込んだが、自分の身体が危険な状態にあると感じながらも過酷な練習を続けた結果、陸上の道を諦めざるを得なくなってしまった。この苦い経験が、私の「危機管理」の原点となっている。

激動の2年半”から得た教訓

 国鉄広報部に配属されてから東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)発足までの2年半の間、列車の脱線事故や転落事故など幾つかの大きな危機に直面した。いわば“激動の2年半”であったが、そこから多くの教訓を得ることができた。
 第一に、危機に際しては「後で調べて分かることは、隠さない」という大原則である。これは、当時のベテラン広報マンが常々口にしていた言葉だが、まさに危機発生時におけるマスコミ対応の真髄だと感じている。
 また、「最悪を考える」ことも不可欠である。1985年11月29日、国電区間のケーブルが切断され、始発電車から運転不能に陥るという事件が発生した。私は当時、早朝の「レール7」という国鉄提供番組を担当していたが、事件前日に上司から「何かトラブルが起きるかもしれない」と聞かされ、最悪の場合に番組放映をどうするかを具体的に検討した。結果的に懸念は現実のものとなり、番組は事前検討した対応策のうち、映像を“小川が流れる風景”に差し替えて、テロップで運休情報を流すという形で乗り切った。これは、私にとって最初の「リスクマネジメント」の経験である。
 ただ、幸い当時はこの放映に対して視聴者からの苦情はなかったが、今であれば“説明責任を放棄した企業”として大問題になっただろう。うまくいったことへの対応を振り返り、「本当にあの対応でよかったか?」「もっと良い対応ができなかったか?」という疑問を持つ大切さを感じた事例でもある。
 記者とのコミュニケーションを通じて、「言えること」「言ってはならないこと」に加えて、「言うべきこと」を伝える大切さも教わった。国鉄改革が断行される中、世間から批判され続けることで、当時の私たちはすっかり内向き志向になっていた。そんな折、付き合いのある記者の1人から、「君たち広報は“言うべきこと”を全く伝えていない」と指摘されたのである。国鉄改革には「自主、自立、地域密着」という理念があったが、一担当者の私がそんな理念を訴えても説得力がないという気持ちもあり、きちんと伝えられていなかったのである。しかし、「偉い人が言っても意味がない。君たち若い人こそが、将来の鉄道をどんな姿にしたいのかをしっかり言うべきだ」と記者に諭され、たとえへたでも誠実な対応を心掛けるべきだと気付かされた。
 ほかにも、情報収集と分析の大切さや、社会性・時事性のある情報発信が重要であることなど、広報の基礎を学んだ重要な時期であり、先輩広報マンや記者の皆さまに大変感謝している。

「一方通行」から「双方向」への転換

 1987年4月1日の国鉄民営化を控え、新たに発足するJR東日本広報の在り方を検討するために、民間企業の広報担当者から幅広く話を聞いた。その中で印象的だったのが、「双方向コミュニケーション」というキーワードである。国鉄広報では「“一方通行”のパブリシティー」しか知らなかったため、民間企業が重きを置く“双方向”とは一体どういうことなのかと頭を抱えたことを覚えている。それでも、JR東日本広報として前進するために、未熟ながらも「双方向コミュニケーション」の実践に一歩ずつ取り組んできた。
 広報の主な機能は、「情報収集機能」「情報発信機能」「危機管理機能」「社内情報伝達機能」の4つと認識している。
 「情報収集機能」では、マスコミを通じた世論動向・オピニオンリーダーの意見や、社内情報を収集し、社内での共有化を図っている。
 「情報発信機能」では、マスコミを通じた情報発信のほか、ニュースレターや広報誌を用いて広報対象者への直接的な情報発信を行っている。
 「危機管理機能」としては、事故や不祥事といった危機において、マスコミを通じた情報発信だけでなく、社内で危機対応方針を策定する部門とマスコミとの間に立ち、双方の主張を調整しながら外部に情報を出していく役割も担っている。
 「社内情報伝達機能」では、企業理念や基本方針をはじめ、あらゆる会社情報を社内に浸透させるため、社内報などのツールを活用して発信している。
 「社内情報伝達機能」の一例として、2005年12月25日に発生した羽越本線の脱線事故への対応がある。事故発生時、既に2006年1月号の社内報が完成していたが、会社として、そのまま何事もなかったように1月号を発行するわけにはいかないと広報担当役員と調整して、急遽事故の全容を掲載する特別号を作成し、1月15日に全社員6万人への配布にこぎつけた。悪い情報はなかなか内部から出てこないが、広報は社内における「出島」として情報を集め、社員・組織への伝達と共有を推進していかなければならない。

若い人の感性を組織の活力に

 現在、JR東日本広報では、国鉄時代に採用された人材が減少しており、将来に向けた新人広報マンの育成が大きな課題となっている。私は広報部に新人が配属されると、本人だけでなく、周囲の先輩広報マンの対応を観察するようにしている。それにより、広報部の現状を把握できるとともに、広報業務の課題や問題点が見えてくるのである。
 今後、JR東日本広報にとって特に大切なのは、若い人の感性である。当社の大塚相談役は、「知識や経験も大事だが、ある種の“感性”も重要である。若い人の感性は組織に活力を与えるものであり、その活力を上手に活用できる組織は強くなれる」と語っている。JR東日本広報が強い組織になるためには、必要に応じて社内の広報経験者の助けも借りながら、若い人の感性を積極的に活用していくことが必要だ。
 人材育成の具体的な取り組みのひとつとして、2013年から広報マンの公募制の人事異動をスタートした。現場の運転士や車掌など120名の応募の中から5名を採用したが、新しい力を取り込む上で効果的であり、毎年継続的に実施していきたいと考えている。また、他社事例や過去事例を他山の石とした、広報対応能力の強化にも力を入れている。

求められるスピードと柔軟な適応力

 急速に変化するメディアへの対応も、今後の重要な広報課題である。ソーシャルメディアの出現によって、現代では誰もがメディアになることが可能となり、駅構内や列車のトラブルなどは即座にソーシャルメディアで拡散されてしまう。マスコミ記者も、以前であれば特ダネは足で取るものだったのが、今やこうしたネット上の情報を取材源として活用している。このような動きに対応するには、広報マンにもスピードと柔軟な適応力が求められる。先ほど若い人の感性が大切だと述べたが、この分野では特に若い人に積極的にリードしてもらいたい。

広報活動における“3つの思い” ――失敗から学ぶ

 私には、日々の広報活動の中で抱いている3つの思いがある。
 1つ目は「失敗から学ぶ」。すなわち、原因追究が「絵に描いた餅」にならないよう、常にチェックするということである。
 2003年9月28日、当社は中央線切換工事において大規模輸送障害を起こした。本来であれば午前6時に運転再開だったが、予定時刻を過ぎても再開できないばかりか、運転見合わせの発表すらできなかった。7時を過ぎてようやく運転見合わせを発表したが、現地の混乱で情報収集ははかどらず、10時20分に復旧見込みを発表するまでの2時間半、広報機能は完全にマヒしてしまった。
 その結果、新聞には「JR東日本 油断と誤算」という見出しが立ち、危機対応の遅れを厳しく非難された。技術が優れているというJR東日本の評判は地に落ち、株式会社化して初めての株価急落と長期低迷も経験することとなった。
 この失敗の反省から、大規模工事に当たってはリスクマネジメントの徹底を図り、想定されるリスクとその具体的な影響、事前準備、当日の対応策について協議と検討を重ねている。また、輸送対策本部、現地対策本部を束ねる、総合対策本部へ副本部長として、広報担当責任者も入ることで、情報収集を強化した。それまで広報は対策本部のメンバーではなかったため、情報収集に時間がかかり、結果として広報の機能停止を招いてしまったからである。現在は、このような体制の下、危機発生時には広報の現場へダイレクトかつ速やかに情報が入るよう整備されている。
 この失敗事例からは多くの教訓を学ぶことができ、新人広報マンには必ず言い聞かせている。

自問自答を繰り返す習性を

 私は、スムーズな広報対応ができた場合でも「本当にあの対応でよかったか?」と自問自答するよう心掛けており、広報マンにも繰り返し、そのように指導している。先日、新しいレストラン列車の報道試乗会を実施したが、ポジティブな広報案件だから特に問題はないだろうと、淡々と準備を進めていた。
 しかし、直前になって念のためリスクを洗い出してみたら、想定されるリスクが次から次へと出てきたのである。慌てて対応策を検討して事なきを得たが、本来良い話であるはずの報道試乗会が、実は様々なリスクをはらんでおり、そのまま実施していたらトラブルを引き起こしていた可能性も否定できない。「前回は上手くいったから」「良い話だから」と油断せず、「本当にそれで大丈夫か?」と常に自問自答する習性を身に付けることが大切である。

「偽らない」「怠らない」「諦めない」 広報を目指して

 私の21年間の広報人生は、「偽らない広報、怠らない広報、諦めない広報」を目指した活動であったといえる。
 「偽らない広報」とは、相手に対して偽らないのは当然のこと、自分自身に対しても偽らず、持てる力を100パーセント出し切る広報対応である。
 「怠らない広報」とは、ハード面、ソフト面だけでなく、自分自身の気持ちも含めて決して手を抜かず、万全の準備をすることである。
 そして、「諦めない広報」とは、より良い広報の実現を目指して、貪欲に考え、皆で議論することである。若い人の感性を引き出し、活用するためにも、時間を惜しまず、皆で議論していく風土を作り上げていきたいと考えている。
 JR東日本広報の役割は、いかなる場合においても自社の使命を深く理解し、社会への情報発信や、社会とのコミュニケーションに誠実かつ真摯に取り組み、企業価値を高めていくことにある。常に社会の声に耳を傾けることを信条とし、ステークホルダーへの説明責任を果たし、それによって理解を獲得し、より好意を持たれるよう努めなければならない。そして、たとえ悪い情報であっても迅速に情報開示し、世間が納得するよう説明責任を果たせる広報を目指していきたい。その実現に向けて、これからも「偽らない広報、怠らない広報、諦めない広報」に取り組む気持ちをしっかりと持ち続けていきたい。
(文責:国内広報部専門研究員 森田真樹子)
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