経済広報

『経済広報』(2014年7月号)掲載

企業広報研究
日本の将来と広報の必要性
土井正己

土井 正己(どい まさみ)
クレアブ・ギャビン・アンダーソン(株) 副社長

 トヨタ自動車が、約50年前にアジア市場に進出した時には、「アジア・カー」として、インドネシアやタイ、フィリピンの市場に合わせたクルマをつくった。それは、人やモノの輸送に優れ、悪路でも壊れにくい、しかもコストを抑えたものとして開発された。しかし、今日のアジアでの主力車種というとどうだろう。デザイン重視で、燃費や環境性能に優れ、内装も豪華にできている。「日本向けのクルマといったいどこが違うのか」と問うてみたくなる。また、最近ではジャカルタやバンコクを歩いていても、街行く人のファッションは、日本人とほとんど変わらず、日本人を見分けることは至難の業である。
 このように、アジアは、明らかに均一市場化している。我々が学生の時には、「アジア経済は雁行型経済」と学んだ(渡辺利夫著『アジア中進国の挑戦』1979年)。すなわち、雁が群れを成して飛ぶように日本が先頭で、その後に韓国、台湾、シンガポールが続き、さらにその後をアセアン諸国が追い掛けるというような構造であった。しかし、今のアジア経済は、明らかに「フラット化」している。誰が先頭ということでなく、横一線(フラット)である。経済だけでなく、ファッションや食品までフラット化してきている。その背景には、アジア各国の急激な成長で、一人当たりGDP(国内総生産)が日本のそれに近付いてきていること、また、インターネットの普及で音楽やファッションなどが同時的に流行をつくるということなどがある。

「フラット化」するアジアはチャンスであり脅威

 「この成長するアジア経済の勢いをどのように取り込むか」、これが、日本の将来を決めることは間違いない。企業の成長もしかりである。しかし、現実を考えると、そう簡単なことではない。アジアの企業は、想像以上に日本を勉強しており、「トヨタ生産方式」などは日本よりも熱心に勉強している。IT系の技術も日本がリードしていたのは過去のことである。さらに、欧米の企業も、アジアの成長を取り込むことに必死だ。これまでの歴史から、日本が絶好のポジションにいることは否定しないが、これが続く保証は全くない。例えば、アセアンの自動車市場が欧州に倣って「ディーゼル」化されていけば、明らかに日本は不利になるだろう。また、アジア資本が、日本の高い技術を持つ企業をどんどん買収するということも起きていくだろう。すなわち、「フラット化」というのは、日本にとってはチャンスでもあり、脅威でもある。

極めて重要な広報の役割

 では、こうした中で日本企業はどうすればいいのであろうか。企業の技術力の向上や生産性の向上など国際競争力を高めることは、言うまでもなく、最も重要なことである。しかし、それだけでは生き残れない。重要なことは、それぞれの国や地域でパブリックを味方につけることである。工場であれ、商店であれ、現地に出て行ってビジネスをやるのであれば、当然、パブリックを味方につけないとビジネスはできない。これが、広報の役割である。
 基本的に広報というのは、「企業とパブリックのメッセージのキャッチボール」である。「自社はこれから、こういう理念で事業を行います。いいですか」とパブリックに聞く。パブリックは「いいね」と言ってくれるか、「よくないね」と批判するかだ。批判がくれば、再度、説明すればいいし、場合によっては企業の実態を変えなければいけない時も出てくる。広報活動というのは、これの繰り返しである。
 パブリックからの信頼を得るために最も重要なことは、「現地の歴史や文化をレスペクトする」ことだと思う。私も、前職で、海外で記者会見を行う場合など、最も配慮したのは、その国の歴史を尊重したメッセージを自社代表者のスピーチに入れ込むことだった。アジアにおいては、これは極めて重要だ。また、そうしたメッセージは、必ず現地の新聞などに取り上げられ、共感を得た。アジアとのビジネスを進める上で、パブリックの信頼を得ることは不可欠だといってよい。
 国内においても、アジアの成長の取り込みはビジネスの発展に欠かせない。海外からお客さまを呼びたいのであれば、中小企業であれ、日本酒の蔵元であれ、自社の魅力を世界に発信しなければならない。やはり、広報の役割である。「フラット化」の時代においては、顧客の方が、ニーズに合致する企業(サプライヤー)を探しにくる。新聞報道の内容を検索し、評判を確認して、その企業のウェブサイトを調べにいく。アジアの大企業が、日本の中小企業から部品を購入するというアウトフローは、これから常識になると思う。これを活性化させなければ、日本の中小企業は生き残れないし、また、地方経済も持たないと思う。
 観光も同様である。昨年の外国から日本への観光客は、初めて1000万人を超えた。政府は、2020年までに2000万人に増やす計画という。みずほ総合研究所によると、1000万人の訪日客はGDPを1.8兆円増やす効果があるらしい。アジアの「フラット化」した観光客は、ネットでホテル・旅館を探す。日本の観光施設が、こうした観光客を狙って、多言語での広報発信を行っていくことが極めて重要となるわけだ。

経営者はどうあるべきか

 さて、最後に少し目線を上げて、これからの経営の指針を考えてみたい。
 コロンビア大学地球研究所所長で、国連事務総長のアドバイザー的役割を長く務めておられるジェフリー・サックス教授と昨年末に議論をする時間をいただいた。教授によると、「世界の人口は、2050年までに4割増える。世界平均で見ると、一人当たりGDPは4.5倍になり、今の新興国の所得レベルも米国並みになる。その時の世界のGDPの合計は現在の6.3倍になる」という(ジェフリー・サックス著『地球全体を幸福にする経済学―過密化する世界とグローバル・ゴール』2009年)。つまり、日本の人口は減ってきているが、世界レベルで見れば、人口の増大は急激で、経済も拡大する。しかし、ここで喜んではいけない。サックス教授はさらに「このGDPの増加は、アジアを中心に起きていく。そして都市に集中する」という。つまり、アジアでは、都市化問題が2050年に向けて、どんどんと拡大していく。それは、PM2.5などの大気汚染や水質汚染、交通問題、若者の失業、スラム化問題、都市衛生問題など、多岐にわたる問題が起きると想定されるということだ。
 これらの問題解決こそ、日本がアジア各国に対して貢献できる分野だ。日本は、これらの問題に1960年代、70年代に直面し、克服してきた経験がある。また、これらの問題解決には、日本の持つ技術力が大きな役割を担い得る。PM2.5に関しても、トヨタホームが開発した「高捕集率外気フィルター」などは、今後、中国やアジアの国々にも普及していくのではないかと思う。また、経済成長を阻害しない環境規制の在り方など制度設計の分野でも、貢献が可能だと思う。
 先ほど、「企業広報の基本はパブリックを味方につけること」と書いたが、実は、企業経営そのものに、「パブリックの役に立ちたい」という理念・ビジョンがなければ、いくら広報が頑張ってもパブリックは味方になってくれない。相思相愛以外はないのである。「フラット化」するアジアの経済力を取り込むためには、経営理念として、「アジアの問題解決にどうすれば貢献できるのか」という姿勢を持たなければ相思相愛は成立しない。
 経営者がそうしたビジョンを持ち、事業活動を行い、それをもとに広報部隊がパブリックとのコミュニケーションを図る。そうしたサイクルの連続が、パブリックを味方につけることに繋がり、企業の成長基盤を確かなものにしていくのだと思う。
 「フラット化」するアジアの成長力を取り込む手段は「TPP」(環太平洋経済連携協定)だけではない。企業の役割、広報の役割も十分に認識しておきたいものだ。
大阪外国語大学(現大阪大学)卒業。トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、海外営業分野で活躍。プラハ駐在後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブ・ギャビン・アンダーソンで、政府や企業の国際広報コンサルタント業務に従事。コラムニストとしても活躍中。
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