経済広報

『経済広報』(2014年7月号)掲載

ANGLE

変動期こそ広報の神髄は、企業理念

江上節子

 

江上 節子(えがみ せつこ)武蔵大学 社会学部教授

 企業と社会の関係を考える視点から、筆者は、「広報論」や「コーポレート・コミュニケーション論」の講義を行っており、毎年400人近い学生が受講している。今日、政治、経済、技術、社会のあらゆる局面で変動が進み、“社会の中の企業”を捉え直す枠組みは法改正という形で急進している。広報の機能の双方向性や広報人の対話力がより切実に求められ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの情報受発信環境の強化や、説得の工学的アプローチ、共感性指向のコミュニケーション技術などのコンサルティングは活発である。しかし、それだけでは、今日の変動期の広報活動の質向上を図ることが十分とはいえない。
 学生からの発言に、新鮮な問題提起を見つけることができる。例えば、専門ゼミで広報の文献講読や、企業の経営理念調査の内容分析をしていると、大手流通チェーン店舗でのアルバイトをしている学生が、「わたしは、企業理念や経営理念を店長から説明されたことは一度もない」という。
 広報活動の原点は、企業理念にある、と筆者は、常々語り、学生と議論を楽しんでいるのだが、こうした目線の指摘に気付かされる。卒論研究でも、学生たちからインターナル・リレーションズの重要性を研究テーマに据えたいとの発言が集中する。インターナル・リレーションズは、従業員こそが第一線での広報機能を果たせるようにすることである。彼女は大手の流通企業の現場と重ね合わせ、インターナル・リレーションズの問題を捉えていた。全国の大学在学者は、256.2万人おり、アルバイトの就労率は、68.2%である(注)
 膨大な数のアルバイト大学生の「ふたつの眼」が、現実の仕事現場に在り、まさに広報活動がモニタリングされているとも考えられる。
 日本では、経営理念と企業理念は、その定義を混同されて使用されるケースが多かった。東証一部上場企業を調査したところ、経営理念と企業理念で各社ホームページに公表をしている企業がそれぞれ、35%ずつあり、その内容の性質の違いは判然としない。しかし、ここにきて、急速に、内部統制、コーポレート・ガバナンスの枠組みが浸透し、経営と執行を分離する制度的な組織体制が整うと共に、概念と使われ方が明らかになってきた。
 事業集団としての企業の存立基盤そのもののアイデンティティーを明らかにする“企業理念”と、社会における企業活動をどのような価値観、姿勢、態度、考え方で経営していくかという“経営理念”である。理念というものは、目には見えないものであるが、毎日毎日の仕事の振る舞い、仕方、手続き、仕組み、方法、関係、判断、意思決定……という習慣が組織文化をつくり上げていき、企業理念、経営理念の言葉と一体化する。内なる広報力が脆弱だと、外への広報活動はほころびやすい。社会環境の変動期こそ、企業理念と経営理念を共有するインターナル・リレーションズの基本を丁寧に見直していくことが大切ではないだろうか。

 

(注) 「平成25年度学校基本調査速報値」(文部科学省、平成25年8月発表)、「第49回学生生活実態調査概要報告」(全国大学生活協同組合、平成26年2月発表)

 

えがみ・せつこ
早稲田大学第一文学部卒業。リクルートで『とらばーゆ』『週刊B-ING』などの仕事情報誌各誌の編集長を歴任、編集企画室長。その後、東日本旅客鉄道の民営化アドバイザー、技術推進企画部担当部長、フロンティアサービス研究所長、経営企画部マーケティング担当部長。早稲田大学・公共経営研究科客員教授などを経て、現職。著書に『パブリック・コミュニケーションの世界』(共編著)、『リーダーシップの未来』(単著)など。
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