経済広報

『経済広報』(2015年1月号)掲載
企業広報研究
1000人、100万人、10億人を動かすには
本田 哲也

本田 哲也(ほんだ てつや)
ブルーカレント・ジャパン(株) 社長/CEO

田端 信太郎

田端 信太郎(たばた しんたろう)
LINE(株) 上級執行役員 法人ビジネス担当

 インターネットやソーシャルメディアの普及により、テレビコマーシャルをはじめとする旧来型の広告手法の効果が低下している。情報過多時代における効果的な人の動かし方とはどのようなものか。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)との付き合い方も交え、「戦略PR」の第一人者である本田哲也氏、「LINE」の仕掛け人である田端信太郎氏に聞いた。

企業が「動かす」時代から、消費者が「動く」時代へ

広報部門の重要な役割に、企業イメージやレピュテーションの向上があるが、SNSなどが普及した現代において、以前よりも人を動かすことが容易になっているのか、それとも難しくなっているのか。
本田 両方の側面がある。従来はマス広告などで全てコントロールできたが、インターネットの比重が拡大したことで、コントロールできない領域が増えてきた。その意味では難しくなってきたといえる。一方で、1000人程度の小規模な人数なら、1人で動かせるという側面もある。大企業が大きな予算をかけなければ動かせなかった時代に比べ、人を動かす可能性が上がったともいえる。
田端 企業が人を「動かす」時代から、消費者が自発的に「動く」時代になってきた。インターネットの進化がメディア環境の前提条件を大きく変え、主導権は消費者サイドへ移っていることを認識する必要がある。企業が動かそうと思って動くものではないが、動く時には勝手にどんどん動いてしまう。この点に難しさがある。
企業の思惑通りに人は動かないということであれば、企業はどう仕掛けていけばいいのか。

本田 企業が意図的に仕掛け、結果として消費者や対象者に動いてもらうことはできる。ただ、舞台装置から小物に至るまで、全てを企業側が用意し、消費者に役者のように動いてもらおうとしても、その魂胆は見透かされ、逆に消費者は動かない。動いてもらうための道筋を考え、きっかけを与えることは必要だが、全てをコントロールしようとする考えは改めるべきだ。

1000人、100万人、10億人が動くメカニズム

お二人の共著『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』には、「広告やメディアだけでは大ヒットは生み出せない」とあるが。
本田 人を動かすことをテーマとした書籍は多数発行されているが、その多くは広告やPR、SNSなどの手段論となっている。私たちは、「人の数」という観点から考察し、対象となる人数の規模によって、人が動く理由が異なることを伝えたかった。
では、その人数規模ごとの人の動かし方について伺いたい。
本田 まず、インターネットを通じて広く呼び掛けても、必ずしも人が動くとは限らない。そもそも人を動かすには、自発的な行動を促す「何か」が必要で、そのために発信者側が汗をかくことが重要だ。
田端 汗をかくというのは、対象に情熱を注ぐということだ。1000人規模であれば、自然発生的に人の動きが生まれるため、マーケティングで仕掛ける必要はない。ピュアな情熱だけで人は動かせる。半面、ネガティブなものが透けて見えた瞬間、人は動かなくなる。だからこそ、やるべきことが分かりやすく、情熱がストレートに伝わるようなシンプルなモデルが適している。これが1万人や10万人に増えてくると、ピュアな思いを発信するだけでは、人はさすがに動かない。代わって「連帯感」や「共犯意識」といった人間的な本音に訴え掛ける必要が出てくる。
本田 この時、情報を拡散し、対象者のモチベーションを増幅する装置として、インターネットの存在感が大きくなる。ただし、大量のDMを送るというような手法ではなく、ソーシャルメディアの活用など、発信者の顔が見える行動によって、潜在的な需要を掘り起こすことが重要だ。情報を拡散するに当たり、実際に人が動いた具体的な数字を発表することも効果的だ。また、このくらいの人数規模から、発信者がコントロールし切れない「お祭り心」のような欲求が混入し、コミュニティーの構造化が始まる。そして100万人とさらに拡大すると、構造化がいっそう進み、連帯できる限界を超える。そうすると、「虚栄心」や「承認欲求」を満たす要素が重要になり、1000万人規模になれば「横並び」の意識も加わってくる。この辺りからようやく「マス」の概念が登場し、広告やPRといった、たくさんの人に知ってもらうための「技」が必要になる。対象者の欲求を満たすための固有の世界観を持った質の高いコンテンツも求められる。
田端 100万人規模では、メディア越しに「流行っているらしい」と知る程度にとどまるが、1000万人規模になると、身近なところで目撃するようになる。
本田 数十万人から100万人規模になると、魅力的なラベリング(特定のグループや行動に名前を付けること)をすることも有効だ。自身が所属するコミュニティーがラベリングされることによって帰属意識が高まり、報道やクチコミに乗りやすくなる。
田端 1億人以上が動くレベルは、その行動がもはや「習慣」になるということだ。10億人ともなると、「信仰」や「コミュニケーション欲求」といった、人間なら誰しも持っている本能に訴え掛けるという条件が外せなくなる。
本田 この規模になると、「生活習慣」や「恒例行事」を前提とした啓発的なコミュニケーションが重要になる。異なる人種を排除しない寛容さや、言語の壁を超える工夫も必要だ。LINEのユーザー数は世界で4億7000万人を突破した。これはスタンプという非言語コンテンツを取り入れて、言語の壁を超えた領域に踏み込んだことによる成功例だ。

人を動かすことを「入れ子」の構造で考える

田端 多人数規模ごとに、人が動く背景とメカニズムを説明したが、重要なことはそれらが入れ子の構造になっていることだ。ロシアのマトリョーシカ人形のように、10億人が動いた行動は、1億人が動いた行動から繋がり、その内側には1000万人、100万人が動く構造がある。対象人数が変われば全て変わるという話ではない。だからこそ、10億人を動かそうと考えている人も、まずは目の前の1000人と、動かせる範囲から動かしていくことが大切だ。大規模な人数を動かすといっても、すごいマジックがあるわけではない。
本田 企業広報、特に広告主導できた日本企業は、どちらかといえば「まず網をかけよ」という発想になる。多くの人にアプローチすることから始め、だんだん小規模になり、結果この程度の人数が買うだろうと。しかし、これまで広告主導でやってきたマーケットも、これからは「隗(かい)より始める」方がうまくいく時代になった。私は企業広報から、レピュテーションを上げたいと相談される場合があるが、まずは従業員向けインナーPRのプログラムを提案することがある。

広報は人の心を動かす仕事

対象の人数に関係なく、人を動かすキーワードのようなものはあるか。
田端 個人としての属人性は非常に重要だ。社長が広報部門の書いた原稿をそのまま読んでいるようでは、広報として機能しないのではないか。広報が裏方の仕事をする時は、その人ならではの属人性、代替不可能なものをどれだけ引き出せるかが重要だ。記者会見などで、広報が想定問答集を完璧に作り、登壇者が暗記した完璧な回答をしたとしたら、無意識のうちに皆に見抜かれ、かえってマイナスイメージになるのではないか。
本田 社長ブランディングやイメージコンサルティングの時代といわれているが、コンサルタントが入ること自体が公になっている時代だ。教えられた通りの「いかにも」な立ち居振る舞いだけでなく、自分自身の言葉で伝えることを意識すべきだ。よく、リスクマネジメントとして「これを言ってはいけない」というメディアトレーニングがあるが、社長自身の言葉がないと、どんどん色のない会社になってしまう。そちらの方がリスクである。
本田さんの前著『戦略PR』に従えば、広報の仕事は、企業イメージやレピュテーションといった空気づくりが重要になるということか。
本田 人を動かすのはマーケティングの役割で、広報は企業の評判を守る、関係性を維持することが仕事だと考えている人も多い。しかし、企業イメージやレピュテーションの向上は人の心が動いた結果であり、広報はステークホルダー、生活者、社会といった幅広い対象者の心を動かす仕事だというマインドを持たなければならない。

広報人は「不易」を大切に

SNSの普及により、企業の関与していないところで話が広がる現象があるが、企業はどの程度関わっていくべきか。
田端 放っておけば、いずれ欠席裁判になってしまう。なかったことにはできない。そういう意味では、何かしら関わった方がいいだろう。望み通りの結果が得られるとは限らないが。
主導権は会社側にはない、ということか。
本田 主導権は会社だけが持っているものではない、ということだ。編集権と編成権は生活者に移っている。これは大きな変化であり、日本の広報人が大事にしてきたメディアや記者との関係、「ここから物事を動かそう」という思惑が通じなくなっている。ここ数年、広報人は企業でもメディアでもないところから発信される情報に戸惑っているように感じる。日本の場合、メディアリレーション=広報で、企業が発信者となり、自分たちが伝えたいことを伝えてきた。この部分はもちろんコントロール可能だ。一方で、「自分たちでない誰か」が発信する情報は、企業の言いたいことを代弁してくれることもあるが、そうでない場合も多い。しかもこの情報は、企業自身が発信する情報よりも「信憑性が高い」と判断される。今後、このアンコントロールな領域はますます増えてくると思う。
企業はLINEとはどう付き合っていけばよいか。
田端 LINEはほかのSNSよりもコントロールしやすいと考えている。企業の公式アカウントだけでも既に200近くあり、通常の情報発信ツールとしての活用方法は多くあるのではないか。プレスリリースを送る記者専用のアカウントを作ったり、現在はファクスやメーリングリストを使っているものを、LINEに代えてもいい。ユーストリームのような動画共有もできるので、新商品の発表会をLINEの公式アカウントからライブで配信してもいい。今はあくまでもツールの域にとどまっており、どう使うかはもう一工夫必要だが、まだまだ研究、開発の余地があると思う。
時代が変化したから、とにかくSNSを利用しなければと考える広報担当者もいる。
本田 以前、企業の広報担当者から、記者とのやり取りでフェイスブックを積極的に使うべきかと質問を受けたことがある。本来コミュニケーションツールは、使っていいか悪いかというよりも、関係性を築くためのものだ。記者との距離が縮まるのであれば使えばいい。
田端 LINEの公式アカウントも、フェイスブックもそうだが、法人がメガホンとして使うツールという側面と、個人と個人がどう繋がるかという側面がある。お互いが企業とメディアという看板を背負って付き合うのであればそこまでの繋がりだろうし、そういった看板を外して、個人と個人で付き合うことも可能だ。ただ、お互いの距離感がずれているとお互いが不幸になる。
本田 新しい広報ツールが登場したので使った方がいい、といった流行に乗っただけの利用はいかがなものか。広報はむしろ、「流行りの中でも変わらないもの」、松尾芭蕉が提起した「不易流行」でいう不易の部分が重要だ。その点を忘れてはならない。
(聞き手:経済広報センター 国内広報部長 佐桑 徹)
(文責:国内広報部主任研究員 大野祥子)
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