経済広報

『経済広報』(2015年6月号)掲載
企業広報研究
戦略思考の広報マネジメント
~業績向上につながる“8つの広報力”の磨き方~
阪井完二
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阪井 完二(さかい かんじ)
(株)電通パブリックリレーションズ 企業広報戦略研究所 副所長

北見幸一
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北見 幸一(きたみ こういち)
(株)電通パブリックリレーションズ 企業広報戦略研究所 上席研究員

 2015年4月6日に、拙著『戦略思考の広報マネジメント~業績向上につながる“8つの広報力”の磨き方~』が出版となりました。本書では、「広報は経営」を基本コンセプトに、コーポレート・コミュニケーション戦略の在り方について記述させていただきました。
 本書を執筆するに当たって、当研究所では、2014年1月から2月にかけて、企業の広報力調査(企業広報力調査)を実施しました。対象としたのは、日本国内の上場企業。東京証券取引所の一部、二部、マザーズ、ジャスダック、さらに札幌証券取引所、福岡証券取引所、名古屋証券取引所に上場する3503社。郵送と訪問留め置きでアンケート項目に回答を依頼し、回答数は479社、回収率は13.7%でした。この調査結果データから得た日本企業の広報力を分析し、そこから見える広報課題について、本書でまとめています。
 本稿では、広報になぜ戦略思考が必要なのか、そして、どのような広報マネジメントを行うと業績向上につながるのかを、出版本の内容を紹介しながら述べさせていただきます。

なぜ戦略思考が必要なのか?

 企業は中長期的な広報戦略を持って広報活動に臨んでいるのでしょうか。残念ながら、現状では多くの企業について「No」と言わざるを得ません。先に述べた我々の調査では、国内の上場企業(N=479)の中で中長期的な広報戦略を策定している企業は、わずか26.7%という結果が出ています。
 つまり、4社のうち3社は、戦略なき広報活動を行っているということです。明確な戦略がない広報活動では、中長期的な視点で見たときに個別の活動内容がバラバラで、リアクティブな広報活動になりがちです。メディアに自社の記事が掲載されるだけで一喜一憂しているようでは、結果的に広報としてのゴールは遠のいてしまうはずです。
 一般的に広報活動は企業の持続的成長のための活動ともいわれ、短期的、瞬発的に効果を求めるだけの活動ではありません。対症療法的な即効薬と違って、体質改善をして環境適応力を高めることで、徐々に効果が表れてくるものです。
 短期的な成果を期待する広報活動として、“○×キャンペーン”のようなものもありますが、本来広報活動は長い時間をかけ、環境整備をすることを目指します。だからこそ、中長期の戦略に基づき、継続的に広報活動に取り組むことが重要なのです。

戦略立案には、ステークホルダーを明確化すべき

 広報戦略の立案で明確にする必要があるものは、まずはステークホルダーです。「誰が大切な利害関係者なのか」「その利害関係者とは何が共有できていて、何が相違点なのか」、これを意識できていないと、ステークホルダーとなる相手に適切なメッセージを伝えることはできません。
 一般に企業のステークホルダーとは、行政、株主、債権者、従業員、取引先、顧客、地域社会(地方自治体や地域住民)といわれています。ただ単に株主といっても、機関投資家から個人株主まで、また既存株主から投資を検討中の投資家まで、その範囲は広く、利害関係も複雑です。これは従業員や取引先についても、そして顧客についても同じことです。様々な階層のステークホルダーに対して、自社の重点メッセージを定め、相手に的確に情報が届くような工夫が必須です。
 漠然と、世の中や世間一般の人に向けて発信された情報は、誰にも気づいてもらえません。だからこそ、メッセージを明確にする必要があるのですが、そこで指針となるのが、「経営戦略」です。しかも、広報活動は長期的に持続することに意味があることを考えると、ガイドラインとすべきは、長期的な経営戦略(一般的には中期経営計画や長期経営ビジョンなど)であるべきです。
 経営戦略上、重要なステークホルダーに対して、自社の経営戦略や経営の実態、そこから導き出される事業戦略や商品、サービスなどの市場戦略を正しく理解してもらい、賛同してもらうことが、広報活動に求められることです。

戦略思考をサポートする広報オクトパスモデル

 戦略思考で広報を行うための枠組みとして、企業広報戦略研究所では、広報力を8つの広報力で分析する「広報オクトパスモデル」という独自のフレームを開発しました。8つの広報力は、企業が社会とより良い関係を築いていく上で、必要不可欠と考えられるものです。この8つは、すべての軸でバランスよく活動することで、高い広報力が発揮できる仕組みになっています。
 広報活動のフェーズという側面から見ると、この8つの広報力は、「(1)情報収集力」「(2)情報分析力」「(3)戦略構築力」「(4)情報創造力」の4段階の準備フェーズと、「(5)情報発信力」「(6)関係構築力」という2段階のアウトリーチ/エンゲージメントフェーズ、そして「(7)危機管理力」「(8)広報組織力」という2段階の組織構築フェーズ、の3つのフェーズから構成されています(図表1)。

図表1 広報活動に必要な8つの広報力
 情報発信など外部に働き掛ける前に、情報を収集して分析し、自社がどう見られているのかを知り、外部が何を知りたいのかを把握し、それに合わせてメッセージを考えなければ、伝えたい相手に伝えたいメッセージを伝えることはできません。それが準備フェーズとアウトリーチフェーズの位置付けです。組織構築フェーズは、それを下支えする構造です。
 当研究所が行った企業広報力調査データを8つの広報力の視点で見たときに、日本企業が特に弱いのは、「戦略構築」「情報創造」「関係構築」「危機管理」の4つでした。拙著では、この4つの領域での企業事例を交えて解説しましたが、ここでは、特に広報力調査(N=479)から見えてきた現状と課題を簡単に整理します。
(1)対症療法的に対応し、後回しになりがちな「戦略構築」
 戦略構築力では、ベースとなるはずの経営戦略と広報戦略がリンクしていると答えた企業は、49.5%と半数に達しませんでした。同時に、自社の強みや弱みを意識して広報戦略を策定している企業は、37.0%。多くの企業は、対症療法的に活動を行い、戦略構築が後回しになっている可能性があります。
(2)戦略に沿ったメッセージづくりができていない「情報創造」
 情報創造力で顕著なのが、広報戦略に沿ったメッセージ・ストーリーを策定している企業が27.1%と少ないことです。戦略構築力の調査結果で、中長期的な広報戦略や広報計画を持っていない企業が多いことを考えると当然の結果かもしれませんが、広報戦略に沿ったメッセージを発信できなければ、的確な相手にメッセージが伝わりにくく、たとえ伝わったとしても、本来の目的を果たすことにはつながりません。 
(3)メディアやステークホルダーを味方にできない「関係構築」
 特に課題だと思われるのは、メディアとの関係構築で、トップとメディアが懇談する機会を定期的に設けているのが、25.3%、広報部門が記者クラブとの定期的な懇談会などの場を設けているのが、18.6%と低いことです。
 また、意外だったのが、お客様相談室の情報を広報部門が共有して、適切な関係構築を行っている企業が、24.4%にとどまったこと。企業の中にあって、社会の窓としての役割を果たすことが求められている広報にとっては、お客様相談室は重要な情報源であるはずです。こうした社内の資産にも、もっと目を向けるべきです。
(4)意識と対策のレベルが低い「危機管理」
 危機管理力についての傾向を見ると、様々な備えが意外にできていないことに驚かされます。危機管理マニュアルに広報の対応が具体的に記載されている企業が31.1%、緊急時のメディア対応トレーニングをしていると回答した割合は低い数字になりました。自社の経営リスクの予測レポートを作成して、定期的に役員に報告しているのは、わずか4.8%にすぎません。万が一のことがあれば、矢面に立つのは広報です。昨今もメディアを騒がせた数々の謝罪会見を例に出すまでもなく、トップの発言ひとつが消費者の不安を増大させたり、報道をさらに長引かせたりもします。

利益増加率と広報力スコアが正の相関関係

 私たちが広報活動を8つの軸で分析しようとしたのは、広報オクトパスモデルを通して、企業の広報力を可視化したかったからです。この8つの広報力によって、業界ごとの広報力の比較など、数値をベースに議論することができるようになりました。そこで「広報力スコア」と、情報公開されている「財務パフォーマンスデータ」を使って統計的な分析を行い、相関関係を探ってみました。
 具体的には、広報力調査の上位Sランク企業73社を対象に、「前年同期比と5年平均の利益の増加率」「自己資本利益率」と「広報力スコア」との相関分析を行ったのです。その結果をまとめたものが図表2です。広報力は中長期の業績と相関関係があります。8つの広報力と利払後事業利益増加率、経常利益増加率との相関関係を見てみると、前年同期比の増加率では広報力との相関関係ははっきりしませんでした。ところが5年間平均の増加率との間には、相関関係が示されました。
 この分析の結果は、短期ではなく中長期的に見たときに、広報活動と企業業績の間には関係があることを示唆しています。8つの広報力の中で企業業績と相関関係が見られるのは「情報分析力」「戦略構築力」と「広報組織力」です。特に「情報分析力」と「経常利益増加率(5年間平均)」の間には0.4を超えるある程度の相関関係が見てとれます。広報力を高めれば企業の業績にも良い影響があるはずですし、業績の良い企業はさらに広報活動に力を入れる傾向があることが示唆されています。
 詳しい内容については、拙著『戦略思考の広報マネジメント~業績向上につながる“8つの広報力”の磨き方~』をご覧いただければ幸いです。
図表2 財務データと広報力の相関関係
注:「広報力調査2014」のSランク企業(73社)を対象に「日経NEED Finacial quest2.0 」に収載されている2013年度の財務データより、「利払後事業利益増加率(前年同期比、5年間平均)」「経常利益増加率(前年同期比、5年間平均)」を収集した。なお、5年間平均とは2013年度から過去5年間の平均増加率。データが未収載の企業は、欠損値とした。
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