経済広報

『経済広報』(2017年6月号)掲載
企業広報研究

パブリック・リレーションズは、
企業の社会的自我を形成する

河炅珍

河 炅 珍(ハ キョンジン)
東京大学大学院 情報学環助教

パブリック・リレーションズとは何か?

 今日、企業はもちろん、政府や自治体、大学、市民団体もパブリック・リレーションズ(以下、PR)に取り組んでいる。組織にとって欠かせないコミュニケーション戦略として注目され、「自己PR」も含めて日常語化しているが、そもそも「PRとはなんなのか」、この問いに即座に明快に答えられる人は意外と少ない。
 一方では、飽和状態の消費市場を切り開く次世代マーケティング戦略とされ、他方では政治や外交における「ホワイト・プロパガンダ」とも考えられ、PRといっても、実際に指しているのは広告、ジャーナリズム、パブリック・ディプロマシーなど、隣接概念である場合も多い。こういう状況に加えて近年、アウトリーチ、CSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス、アカウンタビリティなどの諸概念が現代社会と組織の関わり方を競って提示している中、果たしてPRはこれらとどう違い、究極的には何を目指すべきだろうか。
 自著『パブリック・リレーションズの歴史社会学――アメリカと日本における〈企業自我〉の構築』(2017、岩波書店)はこの問いに対し、ひとつの思考のパラダイムを提案する。PRとは、いったい誰と誰の間で行われる、どのようなコミュニケーションなのかという根本の問題に立ち戻り、PRの歴史的誕生の瞬間と20世紀を貫く変容の過程を理論的解説と共にひもといていく。
 本稿では、いくつかのキーワードを中心に自著における論点を簡略に述べてみたい。PRは、公衆を意味する「パブリック」(public)と、関係を意味する「リレーションズ」(relations、複数形)の2つの単語から構成されている。すなわち、PRを理解する最初の一歩は、これらの言葉が意味していることを知ることから始まる。

「パブリック」という意味ある他者

 まず、「パブリック」はPR活動の場面では公衆や利害関係者とも訳され、消費者や利用者、従業員、株主、地域住民、政府、市民団体、メディアなどに細分化されるのが普通である。社会全体の傾向として「世論」を指す場合もあるが、誰もがパブリックとされるわけではない。PRを行う組織から見て意味を持つ他者のみが、「パブリック」として認識される。
 この、意味を持つ他者という概念は、PRだけでなく、経営学全般においても重要な議論の対象となってきた。経営学説史や経営思想史が語るように、米国を中心に発達してきたマネジメント論は、基本的には他者志向の学問である。その理由は、組織、特に企業体の仕組みを考えてみれば自明だ。企業は、多くの他者(従業員)から構成され、他者(株主)から資金を調達し、他者(地域住民)と環境を共有し、他者(消費者、利用者)の生活とのやり取りを通じて事業を営んでいる。すなわち、他者を除いて企業という組織を考えることはできないのである。
 このことにいち早く気付いたのが、19世紀末、米国で最も早く組織的PRに取り組んだといわれる鉄道会社の経営者たちである。事業の拡大にしか目がなく、利益の創出に寄与しない他者を排除してきた従来の態勢を見直し、政府や世論を味方に付け、従業員、地域住民、顧客、記者を「パブリック」として捉え、彼らと友好的な関係を築く活動が展開された。それを通じて自社が社会に役立つことを証明し、社会的承認を導こうとしたのである。
 企業や経営者の対概念として浮上した「パブリック」を究明する技術は、20世紀を通じてほぼ完成された。ジャーナリストから転向したPRの専門家は、世紀の半ばには世論調査や市場調査のプロとなった。社会心理学やマス・コミュニケーション研究の影響は、他者をより科学的に捉えることを可能にし、「パブリック」はPR活動における重要な他者であると同時に、操作可能な対象と見なされるようになった。

「リレーションズ」に臨む巨大企業

 次に、パブリックと「リレーションズ」を形成しようとする主体の立ち現れを検討してみよう。19世紀半ば以降、米国の産業社会が大企業を中心に再編された結果、それまでになかった問題が経営者たちを悩ませた。
 第1に、あまりにも膨大な、しかも異なる階層の従業員を一気に抱えることにより、巨大な組織をひとつにまとめることが至急の問題となった。何度も合併を繰り返したGEは、ブルーカラー労働者、ホワイトカラー労働者、科学者、ディーラーなどの集団に特化した社内報やPR誌を発行し、内なる他者との関係形成に力を注いだ。
 第2に、企業の米国社会全体に及ぼす影響力が膨らみ上がり、富の集中、法律規制、産業国有化をめぐって批判的世論が集中された。とりわけ、人々の生活と直結する鉄道、電信電話、電力のようなインフラ産業は、利用者のクレームや新聞記者の告発に対応すると同時に、企業について漠然とした印象しか持たない人々に向かって自社について説明する必要があった。そこでAT&Tは、スモールタウンや株主民主主義をテーマとしたPRキャンペーンを立ち上げ、大々的に展開した。
 以上のように、PRする主体は、急変する産業社会に浮上した他者を捉え、その他者との関係に基づいて姿を現した。注目すべきは、一部の他者(資本家)を重視する企業の「私的」性格に加え、経営に直接関与しないが、企業の存続に重大な影響を与える社会構成員を「パブリック」として見いだし、公的要求に応えようとするようになった点である。「私」と「公」のバランスに関わる問題は、今日の企業にとっても重要課題であり、PR活動が求められる原因のひとつである。
 第一次世界大戦を経てPRする主体は、インフラ産業から自動車や食品などの製造業に広がり、さらに1930年代には経済危機を突破しようとした政府もPRの重要性に目覚め、全米社会はPR社会化していった。そして、第二次世界大戦後、米国で誕生したPRは世界各国の経済的、政治的組織を新たな主体として覚醒させながら膨張してきた。

パブリック×リレーションズ=「企業自我」

 最後に、これまでの歴史的背景を踏まえ、パブリックとPRする主体の間でいったい「何」が生まれ、共有されているかを理論的に整理してみたい。その上で切り口となるのが、20世紀初頭の米国社会で活躍した哲学者であり、社会心理学者であるG.H.ミードの社会的自我論である。
 ミードは、自我は固定的なものではなく、社会的に形成されると考えた。主体的個人は、他者の期待と役割を習得し、つまり他者を想像した上で自我を形成するが、それにより個人を取り囲む状況が再構成できる可能性が切り開かれる。自我の形成はシンボルにより媒介されるため、自我はコミュニケーションの産物であるともいえる。
 ミードの社会的自我概念は、現代社会に生きる個人だけでなく、そのような個人と密接に関わる企業のような組織に対しても説明できる。これが自著の主張である。言い換えれば、社会的自我論は、PRという独特なコミュニケーション様式を「企業自我」の構築に関わるシンボリックなコミュニケーションとして捉え直すことを可能にし、なぜ企業がこれだけ必死にPRに取り組んできたかを説明してくれる理論的枠組みとなる。「パブリック」という他者を見いだし、公的性格を取り入れ、経営が直面した状況を打開しようとしてきた20世紀企業の努力は、すべて「企業自我」の構築という一点に集中してきたともいえるのではないか。
 もちろん、これまでも企業自我に関する議論がなかったわけではない。企業のビジュアル・イメージを統合する運動としてコーポレート・アイデンティティ(CI)という概念が導入され、1970年代から日本でも注目されたのは周知のことである。だが、ここで議論している「企業自我」は、CIの視覚的側面を超えた、もっと根本的な観点から企業という組織の社会的意義を追求する概念である。
 では、米国企業や、それをモデルにして発展してきた戦後日本の企業は、実際にはどのような「企業自我」を形成してきただろうか。AT&Tは、交換手や保線作業員をキャンペーンに登場させ、組織に従業員の顔を与え、都市の巨大化とともに滅びていく地方を電話を通じて守り、あらゆる株主を経営者として待遇する「自我」を築いた。GEは家電を売るだけでなく、電気という召し使いが主婦の労働を軽減させ、その結果、生活の質が向上し、女性の権利が拡大される家庭の「助力者」を申し出た。F.D.ルーズベルトが率いるニューディールは貧しい人々を「忘れられた人々」と称し、この助けるべき他者の「友」となる政府・大統領のアイデンティティを構築した。日本でも東京電力のような企業は、戦後間もなくPR体制を整え、需要家の主婦や子どもの「支援者」として、豊かな生活という夢の実現を助ける「企業自我」を築き上げた。
 「企業自我」が構築される手法・メディアは、社内報やPR誌、PR映画、企業広告、パブリシティなど、多様であるが、企業が他者の助力者として提示される点が共通している。すなわち、企業の主張を一方的に押し付けたりはせず、あくまでも他者を「主人公」にして、企業はその「脇役」として社会的、公共的、他者中心的な自我を建設してきたのだ。このような「企業自我」の構築を通じて、企業と「パブリック」は相互に深く依存する関係を築き、それに基づいてお互いを認識・再認識し、企業社会を一緒に形成してきたのである。

経営学と社会学を架橋するPR

 かつて企業コミュニケーションの花形は広告であり、そこで焦点となったのは商品と消費者を結び付けるメディア表現であった。だが、消費社会が成熟し、成長より安定と維持に重点が置かれるようになった今、商品ではなく企業そのものが前面に出て、公衆・利害関係者と向き合っていかなければならない。企業は政府よりも、時には家族や友だちよりもはるかに私たちの生活に影響を及ぼしており、それに付随する責任もますます大きくなっている。こういう現状だからこそ、企業や、企業の経営方針に学ぼうとする社会組織は他者をどう捉え、他者を鏡としながらいかなる自我を構築すべきかを考え直す必要があろう。PRは、そのために重要なのだ。
 「企業自我」を形成するコミュニケーション様式として発達したPRの歴史は、一方では経営学/マネジメント論における問題系が、他方ではマス・コミュニケーション、メディア研究を含む社会学の問題系が交差する地点である。そこに、現代資本主義と企業社会を読み解くカギが潜んでいる。自著『パブリック・リレーションズの歴史社会学』は、この2つの分野の研究者にとってはもちろん、企業広報・PRの現場で活躍する実務家にも役立つはずの考察や事例を多く含んでいる。ぜひお手に取り、プロパガンダとも広告とも違う独特のコミュニケーション様式がどのような要因と背景を持ち、資本主義社会における産業団体や各種企業、政府や自治体の在り方や公/私の関係に何をもたらしてきたかを一緒に考えていただければ幸いである。

河炅珍(ハ・キョンジン)
1982年、韓国生まれ。韓国梨花女子大学卒業。青山学院大学大学院経営学研究科修士課程を経て、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。現在、東京大学大学院情報学環助教。専門は、社会学、メディア史、コミュニケーション研究。単著および主要論文に、『パブリック・リレーションズの歴史社会学――アメリカと日本における〈企業自我〉の構築』(2017、岩波書店)、「パブリック・リレーションズの条件――20世紀初頭のアメリカ社会を通じて」『思想』1070号(2013年)、「『公報』、あるPR(パブリック・リレーションズ)の類型――1960年代、韓国における政府コミュニケーションをめぐって」『マス・コミュニケーション研究』79号(2011年)など。
pagetop