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調査報告

英米主要16紙誌の論調分析
(’12/2月17日〜’12/3月15日)

 この期間、東日本大震災から1年になるのを機に、日本はどう変わったのか(変わらなかったのか)、何が起こったのかを考察した記事や評論が主要紙誌に掲載された。好意的な論評の中にも復興のペースが遅いことや、期待した変化が起こっていないことに対して失望が表れている。また、次期中国国家主席就任が予定されている習近平副主席の訪米が、幾つかの社説で取り上げられている。
 
 WP(3/10)で鎌倉市在住のポール・ブルスタイン元WP東京特派員は、「大震災1年後の厳粛な時に当たって、この国の先行きにはほとんど変化が見えてこないとつくづく考えさせられるのは何とも気が滅入ることだ。大震災は日本を沈滞からきっぱりと覚醒させるはずであった。ところが、そうならないで、日本の停滞はしっかりと元に戻っている。もし日本が期待通り対応していたら、日本経済は復興事業の需要によって経済停滞から抜け出すところであっただろう。そして、この国家を襲った大災害に対して、政治家は意見の違いを乗り越えてひとつにまとまって将来を左右する重要課題に対処していただろう。しかし、大震災の1周年にあって日本はもがいている」と述べている。
 「東北の人々を襲った苦悩と、それを耐える彼らの冷静さに、同情と支援が日本人のプライドと共に、全国から溢れるように寄せられ、それが『絆』という言葉に要約され日本中のキャッチフレーズになった。だが、原発をめぐって国民の意見が割れ、その精神は色あせてしまった。日本が原子力に依存するかどうかの議論は、福島第一原発から出る放射性物質の影響のことばかりに捉われたため、茶番に成り下がってしまった。筆者の住む近くの町では、たとえ放射性物質が検出されなくても、地元の農家や漁民が、風評被害を受けるという理由で、瓦礫の受け入れを拒否した。『絆』というのは、その程度のものなのだ」と、この親日家は日本人の対応を嘆いている。
 WP(3/9)でコラムニストのフレッド・ハイアット(元WP東京支局長)は「1年前の大震災後、日本国民の多くはハリケーン・カトリーナ後の米国民に似た感情を繰り返し示した。つまり、そのような危機を予期できなかったことが信じられないという感情、それが起こった時の政府の混乱ぶりや、その後の復興作業の遅れに対する失望である。しかし、両国の反応には違いもあった。カトリーナによって明らかになった、階層や人種間の格差問題に類するものは、カトリーナの10倍の2万人近くが犠牲になった日本では見られなかった。そして、3・11の大震災は、日本の繁栄の基礎についての深い問い掛けを始めるきっかけとなった。それは、カトリーナが引き起こさなかった種類のものである」と指摘。
 「この対応の違いについてのひとつの解釈は、日本の大震災は、ニューオーリンズの堤防の決壊よりもはるかに複雑な技術を巻き込んだものであったということだ。つまり、資源の足りない日本の驚異的な台頭の原動力となった原子力が関わっているからである。もうひとつの解釈は、震災が襲った時、日本はすでに『アイデンティティー・クライシス』ともいうべき何かに陥っていたというものである。わずか25年前、日本人は世界の経済大国として今にも米国を追い越すと信じていたのに、それは起こらなかったし、昨年日本は中国に世界第2の経済大国の座を奪われ、さらなる相対的な衰退が予想されている。政治においても、日本は漂流していたのだ」と論じている。
 そして、「第2次世界大戦や1973年の石油ショック後のように、日本は再び立ち直るのではないかという希望が出ていた」けれども、どのような国として立ち直るのか、「1980年代の日本が、軍事力なしで経済大国になる可能性を証明したように、気候変動と資源の枯渇の時代において、より持続可能な道の先導者となるという」可能性も含めて日本の可能性を指摘した上で、「恐らく何ひとつとして、大震災前に戻ることはないだろう。しかし、すべてのものが変わるというわけでもない。困難な問題は依然として困難なままで、民主主義の政治は依然としてのろのろとしか進まない」と結んでいる。
 エコノミスト(3/10号)は長文の記事の中で、被災地の住民や彼らを助けるボランティア、市民団体の「勇気ある相互扶助努力」やその活躍ぶりを称賛する一方で、中央政府の対応の拙さや遅いことを批判的に指摘して、「地震、津波、原発のメルトダウンという3重の災害は、多くの制度機構に対する日本国民の信頼を粉々に打ち砕いた」と断じている。「原発事故は官僚と電力会社に対する信頼を打ち砕いた。報道機関に対する信頼も急落した。自治体でさえ、今は政府に対する不信感を隠そうとしない」。
 
 習近平中国国家副主席の訪米について、エコノミスト(2/18号)は「習氏は新世代の中国指導者を代表し、欧米や欧米流のやり方を、先輩である年配の指導者たちより、よく理解していると見てよい。58歳の次期国家主席はオバマ大統領よりわずか8歳年長で、ハーバード大学に留学している娘がいる。オバマ大統領が11月に再選されたら、世界の歴史をつくるのに役立つ個人的関係が期待される」と述べているが、「まだトップの指導者にはなっていない彼の米国での振る舞いは、本国で厳しくチェックされている。訪米は、将来の中国指導者の最初の大仕事であり、通過儀礼でもある。党の派閥や軍の指導部は、彼らが選んだ次の指導者が、現在の超大国を相手にしていくのに必要な資質を備えているということを確信する必要があるのだ」と今回の訪米を捉えている。
 だから、「習氏がこのテストをパスしたら、その次はどうなるのか。オバマ氏との個人的な相性がいかに良いものであっても、米中両国の関係は用心深く警戒し合ったまま続く運命にある。バスケットボール観戦の好きな習氏は胡錦濤主席よりも米国のことをよく知っているかもしれないが、中国の指導部交代後に大胆な政治改革が行われることを期待する者たちは、失望することを覚悟しておくべきだ。目下のところは、事態はその逆方向に向かっている」と今後の米中関係は少なくとも短期的には楽観的ではないとしている。
 その証拠に、「オバマ氏は中国の台頭をいかに歓迎しているかを繰り返し述べているが、同時に、彼の『戦略的アジア旋回(回帰)』は、中国の台頭が中国の宣伝とは違って平和的でないことが分かった場合に備えて、中国を取り囲む周辺の国々との同盟関係を強化しているのである」と指摘している。
 FT(2/16)社説は、習副主席に対する国家主席なみの手厚い待遇は「世界で最も重要な2国間関係の将来に対する賢明な先行投資」であるが、米国の対中貿易赤字の拡大や、中国が国連の対シリア非難決議に拒否権を行使したこと、米国外交戦略の「アジア旋回」など米中関係の問題点を指摘して、「オバマ大統領は今週、習副主席と良好な雰囲気をつくり出した。だが今回の訪米は、米中関係が、当面続く可能性が高い、気詰まりな待機状態に入ったことも示している」と述べている。  

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