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調査報告

英米主要16紙誌の論調分析
(’12/3月16日〜’12/4月12日)

 この期間、中国共産党の次期最高指導部入りが有力視されていた薄煕来(Bo Xilai)・重慶市共産党委員会書記の失脚は、秋の党指導部交代を前にして党内の熾烈な権力闘争を示すものとして、各紙誌の論評・分析が続いている。薄煕来自身の権力・利権争い、腐敗に関する記事から薄夫人の谷開来に毒殺されたのではないかと報じられた英国人の謎の死など同夫人に絡んだスキャンダルのドラマチックな報道まで、各紙誌の多くは「1989年(天安門事件)以来最大の政変」などと呼んで、改革派(胡錦濤の共青団派)対保守派(江沢民・習近平らの太子党)の権力闘争として見ているが、その本質は中国の統治をめぐる、もっと深い、もっと複雑なもののようだ。
 
 薄煕来・重慶市共産党委員会書記の失脚について、エコノミスト(3/17号)社説は、「中国の密室政治はジュリアス・シーザーのローマに負けないぐらい卑劣だと見て間違いない。3月15日の薄煕来・重慶市共産党委員会書記の解任は、そのような密室の中をのぞき見る珍しい機会となった……この事件が共産党政治の腐敗した、同胞相争うやり方を垣間見る小さな窓を開けたことは歓迎すべきことである」と述べている。そして次のように論じている。
 「共産党の長征世代のリーダーのひとりである薄一波(元副総理)の息子・薄煕来は、中国の最高権力、党政治局常務委員会入りを運命づけられているように見られていた。その彼の失脚は、ここ20年間で公になった中国指導部内の最大の対立である。彼の失脚の仕方は、中国の政治制度の悪いところをまざまざと思い起こさせるものである」。
 「(彼の失脚を)祝福すべき第1の理由は、薄氏の幾つかの考え方と、彼の重慶統治のスタイルが問題含みであったことだ。彼を有名にした政策が2つある。1つ目は市民に人気のあった重慶マフィアの取り締まり(打黒)で、この取り締まりは政敵を攻撃することになり、薄氏はこれを自身の政治目的に使っていた、という主張には信憑性がある……2つ目は、国有企業に有利な扱いをしたり、文化大革命中に流行った『紅歌』(毛沢東時代の革命歌)を復活させたりするなど、毛沢東主義のある面を称えることである。『の運動もマフィア退治の運動も、彼の重慶の前任者であり、常務委員を狙うライバルの汪洋の信用を傷つけるための権力闘争の一環であったのだ。現在広東省の党書記で、(胡錦濤派の)リベラルとして知られている汪氏がこの権力闘争で勝利を収めたように見えることは結構なことだ」。
 WP(3/17)社説は、「薄煕来・重慶市党委書記の突然の失脚は、自由主義的な改革にとって、一見好ましいことのように見える。薄氏は結局のところ、古い共産党の定番の歌を市民に歌わせ、毛沢東の格言を重慶市内の携帯電話にメールで送って、『新毛沢東主義的共産主義の復活』のために市民の支持を煽り立てていた。彼の解任は、今年の指導部交代の時に最高指導部である政治局常務委員会に任命されないことを意味する」と歓迎している。
 しかし、その上で「(失脚前日、温家宝首相は、中国は『文化大革命のような悲劇』を招く危険を冒していると警告し、『政治の構造改革を成功させなければ、中国社会に生じた新しい問題の根本的な解決が不可能になる』ような『危機的な段階に至った』と警告した。)この発言をもってして、温首相と胡錦濤国家主席が習近平以下の新しい世代への権力移譲を進めるに当たって自由経済や民主化の支持者たちが優勢だという証拠と考えたくなるかもしれないが、中国の不透明なトップの権力争いは、必ずしも外から見えている通りにはいかない」と指摘。
 「薄氏の敗北は、今後20年間経済成長を続けるために必要不可欠とされる国営企業の改革推進派にとっては確かに朗報に見える。しかし、重慶のリーダーであった薄氏に繋がる国家統制主義寄りの派閥が消滅したようにはとても思えない。後継者の(保守・江沢民派幹部)張徳江副首相は同じような考えの持ち主だと思われている。重慶で表面化した権力争いは始まったばかりだという可能性が高い」と分析している。
 WSJ(3/16)社説も、「重慶市党委書記で野心的な太子党のひとり、薄煕来が解任されたニュースは、政治改革が進行しているという憶測に火をつけた。残念ながら、実際はそうではない」と述べて、WPと同様の見方をしている。
 さらに、「今秋の次期政治局常務委員会入りを目指していた薄氏は、この競争で暗黙のルールを破ったのだ。彼は舞台裏で働き掛けることをしないで、重慶の市民を動員して革命歌を歌わせるなど、共産主義への熱意をかき立てる運動を起こした。そうしておいて、彼は党の指導者らに重慶市を訪問し、党の人気を盛り上げる彼のモデルを支持するよう働き掛けた。北京の指導者たちの中には、薄氏のポピュリズムには、毛沢東のにおいがちょっときつ過ぎると考える者もいた。だから温家宝首相は、明らかに薄氏を批判して、文化大革命の悲劇が繰り返される可能性があると警告したのだ」と指摘して、薄煕来失脚の原因について、次のように解説し、本質に迫っている。
 「(文革の後)毛沢東の後継者たちは、今後決して指導者が大衆の人気を利用して最高指導者のポストに就くことを認めないと誓った。だから、温家宝首相は2度も、その決定に関する1981年の文書『建国以来の党の若干の歴史問題についての決議』に言及したのである。その結果は、総意による統治であり、党組織によって行われる指導層の不透明な選挙であり、個性がなく当たり障りのない党の顔となる歴代の人物、すなわち江沢民や胡錦濤であり、やがて就任する習近平などである。共産党指導部にとっては、文化大革命と民主主義は、そのどちらも彼らの権力を脅かす、という意味で同義語なのだ」。
 FT(3/19)社説も次のように述べている。
 「派閥抗争はイデオロギーのちょっとした差だけでなく、権力の追求に基づいたものだ。これが肥大化して表面化したのが、先週の薄煕来の解任劇だった。1989年以来最も大きな政変だ」。
 「薄氏はやや危険な扇動的傾向を示し、法に則らない措置に頼ってきた。さらに統治方法のヒントを、中国の最近の歴史の最悪の部分、特に文化大革命に求めていた。このような人物がもたらす危険を警告した温家宝首相は正しかった。薄氏の解任により、中国の不透明な選任プロセスを通じても不適切な候補者が排除されることが確認されたと主張することもできよう。しかし、それはあまりにも好意的過ぎる解釈だ。薄氏の後任が江沢民前国家主席の支配する派閥から来たことは、江氏と手を結ぶ保守派と、胡氏や温氏に連なる自由主義的な共産党員との抗争が今も激しいことを示している」。 

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