企業と生活者懇談会
2004年4月16日 神奈川
出席企業:日産自動車
見学施設:追浜工場

「生活に身近な企業を考える」

近年、日産自動車は、カルロスゴーン氏の社長就任、日産リバイバル・プラン、V字回復など、国内外で話題となっている企業です。業績も順調に推移しており、それを支える主力工場のひとつである追浜工場で「企業と生活者懇談会」を開催 しました。追浜工場は、マーチ、キューブなどの普通乗用車の製造工場で、敷地内には工場緑化を推進する「ふるさとの森」があり、環境への配慮が感じられま す。また、専用埠頭も併設されており、物流拠点の中心的役割も担っています。今回は、神奈川県内や近隣の都県から社会広聴会員24名が参加しました。
日産自動車からの説明
■日産自動車の歩み■
 日産自動車は昭和8年(1933年)、横浜市に自動車製造として誕生しました。翌年、社名を日産自動車と改め、「ダットサン」をアジア、中南米などに向けて輸出を開始しました。その後、昭和41 年(1966 年)にプリンス自動車工業と合併し、現在の日産自動車の基礎となっています。
 平成11 年(1999年)、日産自動車はルノーとグローバルな提携契約を結び、また平成12 年(2000 年)には、社長にカルロスゴーンを迎えました。さらに、スズキから軽自動車のOEM供給を受けることにより、消費者の幅広いニーズに対応できるラインナップを揃えています。

■日産自動車追浜工場■
 追浜工場は東京湾に面した神奈川県横須賀市に位置し、わが国初の本格的乗用車工場として1961 年に操業を開始しました。最新技術の導入に意欲的に取り組み、1970 年には業界初の溶接ロボットを導入。さらに、多種同時生産が可能な混流ラインをいち早く採用し、世界でも屈指の自動化の進んだ乗用車組立工場として発展してきました。また、月間約8万台を出荷できる専用埠頭のほか、さまざまな分野の基礎研究を行う総合研究所やテストコースも隣接しています。業務提携しているルノーの日本への輸入乗用車は、すべてこの専用埠頭で陸揚げされています。追浜工場の周りには明治憲法起草記念碑、夏島貝塚などの史跡が点在しています。明治憲法起草記念碑は、明治20 年5月、伊藤博文が大日本帝国憲法草案を起草した別荘が夏島にあったことを記念して、草案づくりに携わった伊東巳代治らが中心になって大正15 年に建てたもので、工場の敷地内にありました。後の昭和50年に北側 200m寄りの位置(工場敷地外)に移設され、記念碑跡には明治憲法起草記念樹が植樹されました。

■企業活動と環境保全、地域との共生■
 追浜工場は、1994 年に商品の品質管理および品質保証に関する国際規格「ISO 9002」の認証を得ているほか、1997 年に環境マネジメントに関する国際規格「ISO14001」の認証も得ています。環境問題については、日産の環境理念である「人とクルマと自然の共生」に基づき、『青い海と緑豊かな追浜の自然環境を守り育てよう』をスローガンとして推進しています。また、地域との共生についても積極的に行っており、工場内厚生施設の地域への提供、工場まつりの開催、地域住民のスポーツ・文化振興への協力などに取り組んでいます。そのような取り組みが評価され、1998 年に「神奈川県地域共生型工場」表彰を受賞しています。
日産自動車への質問と回答
社会広聴会員:
ルノーとの提携を知らされた時、どのように感じましたか?
日産自動車:
最初に思ったことは、言葉の問題をどう乗り越えるかということでした。日本人同士でコミュニケーションを図ることも難しいことですが、外国人の経営者とどのように意思疎通を図るのかがポイントでした。社長に就任した頃のゴーンは、「コスト・カッター」と呼ばれており、本人もそれを非常に気にしていましたが、彼が社員とのコミュニケーショを大事にし、意見を聞く姿勢であったので、社員にも理解されていったと思います。会議や取材などの際は、重要な内容が多いので社長専属の通訳がついています。場合によっては、英語で行うこともありますが、コミュニケーションはうまく図れていると思います。
 
社会広聴会員:
ゴーン社長になってから、社内はどのように変わりましたか?
日産自動車:
仕事の「量」と「質」が大きく変わりました。量については、書類の作成などでは、常に英語と日本語の書類が必要になりますので、物理的な仕事の量が増えました。また、質についてですが、設定した目標を必ず達成するんだというようになりました。達成できなかった時はどうするのかといったことまで、きちんと考えるのです。これが「コミットメント」です。また、日産のシンボルマークに対する意識の変化も大きいと思います。
以前は、車体の前後に「あのマークさえついていなければ…」と思っていた社員が多かったように感じますが、今ではシンボルマークを「もっと大きくつけよう!」といった声が上がっています。社員が日産自動車というブランドに誇りを持つようになった表れのひとつだと思います。
 
社会広聴会員:
「コスト・カッター」と言われていたゴーン社長が、社員や部品メーカーの方々に受け入れられた理由は何ですか?
日産自動車:
社長のゴーンは、「目指すべき方向性を明確にして、周囲の人々のやる気を起こさせることが重要だ」と言っています。そうすることで、いい商品を作ることができ、結果的に売れることで、良好な関係になってきたのではないでしょうか。また、社員や協力会社の方々とのコミュニケーションを重視していることも影響していると思います。ゴーンの言った言葉が衛星中継やビデオを通じて、そのまま社員などに伝わるように配慮しています。
 
社会広聴会員:
そうしたゴーン社長の考えは、ディーラー(自動車販売会社)にどのように伝えられたのですか?
日産自動車:
最近、ゴーンはよく全国のディーラーに出向いて、ディスカッションを行っています。「現場主義」と言いますか、現場のことを非常に気にしていますし、現場を大切にすることでお客さまを理解することに努めています。また、これまでは工場の従業員が社長を見る、社長に会うことはあまりありませんでした。ゴーンはディーラーだけではなく、製造工場にも頻繁に出向いています。
 
社会広聴会員:
高齢者・弱者向け仕様の車について教えてください。
日産自動車:
自動車メーカーならではの社会貢献活動として、福祉車両の開発・販売を行っています。車いすのまま乗ることができるものや、肢体(手や足)に障害をお持ちの方がご自分で運転するための運転補助装置などを備えた車もあります。
 
社会広聴会員:
環境に対する取り組みについて特徴的なことはありますか?
日産自動車:
リサイクルの問題にかなり力を入れています。我々は、車を作る段階からリサイクルについて考えています。追浜工場で生産しているマーチは、すでに全体の95 %がリサイクルできるようになっています。日産としては、クルマを作る段階から使い終わったところまで、環境に配慮しています。
 
出席者の感想から
●工場といっても、昔のイメージがなく、スマートでゆとりのある雰囲気を感じました。また、地域と共存して密接な関係を築いていこうとする姿勢が見られました。

●企業と生活者懇談会に初めて参加しました。映像などでは見ていましたが、ロボットによる自動車製造の現場とタイムリーな部品供給の実際を目の当たりにすると、1分1台の生産能力・生産効率を実感することができました。

●やはり、実際の姿に接することができるということは、素晴らしいと改めて感心しました。生産ロボットが活躍していることは頭では知っていても、今回のように3500台余のロボットが働く現場を目の当たりにすると、その迫力に圧倒されました。そして、工場で働く人たちへの作業環境に対するさまざまな配慮があってこそ、そこで働く人たちが生き生きとし、より生産性が高くなるということを肌で感じることができました。

●工場のにおいが気になりました。溶接をするためかと思いますが、工場へ入った時、少々感じました。中で一日働いている方々には、どう影響するのか疑問が残りました。また、リサイクルに関してもっと広くPRしたら、車の買い替えにも大きく貢献できると思います。

●ゴーン社長が強引な「コスト・カッター」と言われながら信用回復してきた話は印象的で、いい子になりたがる古い体質の日本企業では「そこまでやるの」という感を持っただろうなと想像します。新生日産自動車の場合、経営の基本通りで、トップの目標設定力とリーダーシップ、情報公開の勇気、働く人々の挑戦力に対する上位者の信頼、などが好結果をもたらしているなと思いました。
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