企業と生活者懇談会
2004年1月27日 静岡
出席企業:資生堂
見学施設:掛川工場、企業資料館

「生活に身近な企業を考える」

 資生堂は、化粧品の製造会社として著名なだけでなく、社会貢献活動、文化・芸術支援活動でも、名声が高い企業です。1月 27 日、「生活に身近な企業を考える」をテーマに、静岡県掛川市にある資生堂掛川工場で、企業と生活者懇談会を開催しました。化粧品や医薬品を製造する掛川工 場の隣には、企業資料館とアートハウスが併設されており、メセナ活動の一大発信基地の観があります。この懇談会には、社会広聴会員17名が参加しました。
資生堂からの説明
■資生堂の誕生■
 今から130年以上も前の1872年(明治5年)、資生堂は、漢方薬が主流の時代にあって、日本初の洋風調剤薬局として東京・銀座に誕生しました。創始者の福原有信は、海軍病院の薬局長でした。資生堂という名前は、中国の古典『易経(えききょう)』の中の一節『至哉坤元(いたれるかなこんげん)万物資生(ばんぶつとりてしょうず)』に由来しています。この意味は『大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる』という内容です。資生堂という西洋薬学に基づく新事業を興すにあたり、東洋哲学から命名するという『和魂洋才』の考えが表れています。
 資生堂は 1888年(明治21年)、日本初の練歯磨きを手がけました。1897年(明治30年)、現在まで発売されている超ロングセラー化粧水を発売するなど、化粧品事業も徐々に展開し始めました。そして事業の拡大に伴い、1915年(大正4年)、事業の主体を薬品から化粧品へと移しました。

■資生堂の歩み■
 1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災は、銀座をたった10時間で焼野原に変えてしまいました。銀座の資生堂も店舗、製造施設、倉庫のすべてを失いました。しかし、商品については、大阪の卸部に製造施設を作り、小規模ながらも生産体制を整え、11月10日には銀座での営業を再開しています。1932年(昭和7年)には、現在でも販売が続く最高級化粧品を発売するなど、事業を順調に展開してきましたが、戦中、戦後の物資統制、原料不足の厳しい状況も経験しました。
 1946年(昭和21年)1月、広告活動を再開しましたが、初めはまだ個々の商品は扱わず、花椿マークと『資生堂化粧品』の文字だけでした。しかし当時は多色刷りのポスターは珍しく、全国のチェインストアの街頭に貼られた女優・原節子の微笑む姿は、戦争に疲弊した当時の人々に新鮮な印象を与えました。その後、戦後の復興とともに、資生堂の業績も戻ってきました。戦後も1950年(昭和25年)になると、女性の社会進出が本格化するのに比例し、若い女性が新商品を積極的に求めるようになりました。また物価統制が緩和された、翌年(昭和26年)には定番の最高級化粧品も復活しました。その後は、化粧品、歯磨き、シャンプー、香水など多分野にわたる業績拡大を図ってきました。男性用化粧品についても、1959年(昭和34年)にそれまで個別に展開してきた製品を統合し、新製品としてラインアップしました。これが日本における男性用化粧品のシリーズ化のはじまりで、新しい分野への需要開拓に大きな役割を果たしました。

■社会貢献活動■
 1972年(昭和47年)4月、創業100年の記念事業のひとつとして、「資生堂社会福祉事業財団」が設立されました。これは、企業も地域社会の一員として豊かで暮らしやすい地域社会づくりに積極的に関わっていくことを目的としています。特に、次代の担い手である児童をはぐくむ福祉分野に事業活動を絞り、研修・顕彰・出版を3つの柱として活動しております。これらの活動が、1994年(平成6年)「国連国際家族年事務局」から、表彰を受けました。現在、財団ではアジアの国々との交流を深め、「福祉関係者の人的ネットワークづくり」に力を注いでいます。
 また、1990年(平成2年)2月に、資生堂は他社に先駆け「企業文化部」を設立しました。この背景には、企業内に蓄積してきた企業活動の知的・感性的成果を社員が共有するだけでなくさらに強化発展させ、社外へも発信していくこと、特に芸術文化については、広く社会に還元していくことが必要だとの考えが基本にあります。ここでは銀座の「ハウス オブ シセイドウ」、「資生堂ギャラリー」や今回訪問した掛川の「資生堂企業資料館」、「資生堂アートハウス」などの施設運営や、『花椿』誌や書籍の刊行など様々な情報発信活動も行なっています。

■資生堂掛川工場■
 掛川工場は、新幹線掛川駅近郊、東名高速道路・掛川インターチェンジから約3km の地点に位置しています。この工場が本稼動を開始したのは1975年(昭和50年)です。化粧品用原料のバイオヒアルロン酸の生産をはじめ、医薬品を生産しています。このほか、化粧品、中でも粉末ファンデーションなどを大規模に生産しています。またエナメル類の生産では、調色仕込み工程までを一貫自動システムで生産する効率的な製造ラインを有しています。
 この工場は、富士山を遠望し、近郊を茶畑に囲まれた秀逸な環境に恵まれ、敷地面積に対し50%の緑地率を誇っています。敷地内には、1995年(平成7年)、工場設立20周年を記念して社員の手でログハウスが建てられ、緑の中の会議室として使用されています。
 また、歩くと足の裏の・つぼ・を刺激する「健康遊歩道」が設けられるなど、働きやすい環境づくりが考えられています。
 掛川工場は、商品の開発製造に関し「ISO9001」の認証を得ているほか、環境マネジメントシステムの「ISO14001」の認証も得ており、 2002年(平成14年)には廃棄物ゼロ(ゼロエミッション)も達成しています。さらに、これまで行政でも対処が難しいとされた「使用済み化粧品ガラスびんリサイクル」を進めるため、2001年(平成13年)に工場内に処理工場(「カレット化センター」)を設け、自社製品の容器リサイクルを始めました。

■資生堂アートハウス■
 掛川工場敷地内に、1978年(昭和53年)、アートハウスが開設されました。建物の設計は高宮真介、谷口吉生両氏で、1980年(昭和55年)の日本建築学会賞を受賞しており、建物自体がアートとしての価値を有しています。2002年(平成14年)にリニューアルされ、美術館としての機能がさらに高まりました。近現代の優れた美術品を収集・展示するほか、「企画展・常設展示」にも力を入れ、一般公開(無料)されています。このコレクションの中核は、東京・銀座の資生堂ギャラリーで開かれる「椿会美術展」や「現代工芸展」などに出品された第一級の作家による絵画、彫刻、工芸品から成っています。

■企業資料館の誕生■
 1992年(平成4年)、創業120周年を記念し、同じく掛川工場敷地内に、資生堂アートハウスと隣接する形で、資生堂企業資料館が開設されました。館内には、資生堂の商品の歩み、宣伝制作物などの資料が収集・保存・展示されています。見学しやすいように、商品パッケージ、ポスター、新聞・雑誌広告、テレビCMなどが時系列的に展示されており、単に一企業の商品歴史資料館という枠を越え、日本の近現代を彩った社会資料の博物館としての意義もあります。
資生堂への質問と回答
社会広聴会員:
この施設の従業員数はどのくらいですか。また、男女比はどうなっていますか?女性管理職はそのうちどのくらいの割合でしょうか。さらに、従業員の平均勤続年数を教えてください。
資生堂:
社員200名と関連会社の社員554名からなり、合計754名です。そのうち約7割が女性です。これは、職種柄、女性が優れた能力を発揮できる分野などがあることも一因でしょう。会社としても、大きい割合を占める女性が働きやすい職場づくりを心がけています。また、女性の管理職は約1割です。平均勤続年数は、男性が約14年、女性が約19年です。
 
社会広聴会員:
アトピーやアレルギーへの対応はどうしていますか?
資生堂:
これらは原因が多様で、対策も簡単ではないのですが、成分表示を明確にしています。また、販売店にリクエストしていただければ、サンプルをお渡しし、ご自身でパッチテストなどができるようになっています。
 
社会広聴会員:
容器回収の「カレット化センター」を大変興味深く見学しましたが、容器の回収は、資生堂製品のみなのでしょうか。
資生堂:
通常、行政上では使用済みの化粧品容器は一般ゴミ(不燃ゴミ)として処分されます。しかし、環境を考え、まず自社製品の回収を実施しています。この趣旨にご賛同いただいたお取引先での活動であり、現在協力店は全国で約1万店強となっています。
 
社会広聴会員:
高齢化に向け、そういった分野での研究開発も進めてほしいと思います。
資生堂:
若い人向けばかりでなく、「サクセスフル エイジング」という考えで、シニア向けの市場開拓もしています。講座や実習も設けています。この分野はさらに充実していきたいと考えています。
 
出席者の感想から
●何でも手に入る時代に生きる今の若い人と、50代以上の女性の資生堂に寄せる思いは多分少し違うと思います。物が豊富でなかった時代、資生堂化粧品はいつも女性をわくわくさせてくれるあこがれの商品でしたが、少し手を伸ばせば届くところにありました。わくわくしながら買い、自慢げに使っていた者にとって「資生堂」は、若かりしころの光り輝く思い出とダブる名前となっていると思います。

●企業資料館では展示物に時代を感じさせないモダンさがありました。今使ってもよいものばかり。展示する場を得て「よかったね」と語りかけたい気分になりました。

●工場では、衛生的な環境の中でたくさんの社員の皆さんが黙々と仕事をしている姿を拝見して、女性の美を作り出す資生堂は、こんなにも真剣に愛情を注いで製品を作り出しているのだということがよく分かりました。そして何よりも、社員の皆様がご自分の仕事に誇りを持って取り組んでいる姿に感動いたしました。

●工場見学については、意外に人の手を使う部分が多いと感じました。マイスター制度があり、私たちの手元に届くまで、手間ひまがかかっていると分かり、消費者として化粧品を最後まで使い切るようにしたいと思います。

●立って作業している人が多かったのですが、休憩や交代はどうなっているのか・・・、気になりました。

●自信を持って製造工程・工場を外部に見せることは、企業を消費者に知ってもらうための有効な手段だと改めて再認識しました。品質のPRこそ、本来の広報活動だと思いました。
お問合せ先
(財)経済広報センター 国内広報部
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-3-2 経団連会館19階
TEL 03-6741-0021 FAX 03-6741-0022
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