経済広報

『経済広報』(2013年7月号)掲載
企業広報研究
時代と共に変わる企業・商品の「顔」
 時代と共に、企業や商品の顔は、その時々の人々に受け入れられ支持されるよう、その表情を変えている。そうした「顔」を眺めていると、それぞれの時代の雰囲気が伝わってくる気がする。今月号では、その代表例ともいえる“企業・商品の顔”を紹介したい。それぞれのマークの顔が、こんなにも変化していることをご存知でしたか。

花王の月のマーク

 花王は、1887(明治20)年に初代の長瀬富郎氏が創業した「長瀬商店」が始まりだが、長瀬商店が扱っていた輸入品の鉛筆に月と星のマークがあったことがヒントとなり、1890(明治23)年に最初の月のマークが出来上がった。
 7年後の1897(明治30)年には、三日月の顔の部分が少し広くなり、顔の表情が分かりやすくなった。
 三日月だけの顔に変わったのは、1912(大正元)年。当時の日本は、日清・日露戦争に勝利したころで、日本国内も活気付いており、月の顔も若返ったように見える。
 1925(大正14)年に、花王石鹸株式会社長瀬商会という株式会社になり、マークの三日月の顔は少し年をとり、太くなった。
 1943(昭和18)年には、右向きだった顔が左向きに変わった。右向きの三日月は下弦の月、左向きの三日月は上弦の月で、これから満月に向かう上弦の月の方が縁起が良いとの考えからだという。
 1948(昭和23)年には、男性の顔から女性の顔に変わった。三日月ではあるが、月の上と下が繋がり、月を描く線も太い部分と細い部分が見られる。
 1953(昭和28)年になると、「これから成長する」という意味を込めて、子どもの顔に若返った。
 1985(昭和60)年に「花王石鹸株式会社」から「花王株式会社」に社名変更したのに伴い、月のマークに「花王」の文字が入った。さらに、2009(平成21)年には、家庭品(欧米を除く)・ケミカル事業のグローバルな展開を表すロゴとして、「kao」と月のマークが共に使われるようになった。
図1

江崎グリコのゴールインマーク

 江崎グリコのゴールインマークも何度か変わっている。何人かの実在の選手のゴールインの姿がモデルになっているという。同社では、創業者が神社でかけっこをしていた子どもが、両手を大きく上げてゴールインする姿を見たのがヒントになったという。
 最初に大きく変わったのは、1928(昭和3)年。女学生が「顔がこわい」というのを聞き、顔を書き直した。若々しく温かみのある表情に変わったのは、1992(平成4)年。「おいしさと健康を、よりいきいきとダイナミックにお届けしよう、という決意を表した」という。
図2

森下仁丹の「大礼服マーク」

 森下仁丹の「大礼服マーク」も、その時代に合わせ変遷している。1905(明治38)年の仁丹の創売当時から使われている。デザインの由来は、諸説あるが、外交官がモデルで、仁丹に「健康や保健を世界に運ぶ『薬の外交官』としての役割を果たしてほしい」との思いが込められたという説が有力だという。
 時代によりマイナーチェンジを繰り返し、1974(昭和49)年以降は、40年近く同じデザインが使われていたが、今年2月、創業120周年を機に、古いながらも新しい技術、製品を次々と生み出す、若いパワーにあふれた会社に生まれ変わるべく、商標を若返らせたという。

図3

ポッカコーヒーのデザインの顔

 最後に紹介するのは、ポッカサッポロフード&ビバレッジの缶コーヒーの顔。缶コーヒーに顔が描かれるようになったのは、1973(昭和48)年。初代の缶は、当時流行していたゴーゴークラブをイメージしたデザインで発売された。ところが当時コーヒーといえば、男性に支持されていることが分かり、2代目からは、「こういう男性に飲んでもらいたい」というイメージで、男性の顔が採用されたという。
 その後、顔のデザインは、微妙に変化し続けた。大きく変わったのは、1987(昭和62)年。劇画調から爽やかな路線に変更した。もみあげがカットされ、散髪し、ソース顔からしょう油顔に変身した。
 2004(平成16)年からは今風のイケメンとなった。2006年からは丸いモチーフの中に顔が描かれている。時代と共にキャラクターが若返っている。

 いずれの“顔”も、その時代に受け入れられるように変身し続けている。多くの“顔”に共通しているのは、若返っていることである。

 図4
(文:国内広報部長 佐桑 徹)
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