経済広報

『経済広報』(2013年9月号)掲載
企業広報研究
日本企業は経営戦略としてのブランディングを
田中 英富 田中 英富(たなか ひでとみ)
(株)インターブランドジャパン
エグゼクティブストラテジーディレクター
 インターブランドは、1974年、ロンドンで設立されたブランドコンサルティング会社である。同社は「Brand Valuation」(ブランド価値評価)という評価手法を基に、グローバルブランドのブランド価値ランキングである「Best Global Brands」を毎年発表している。近年の日本企業のブランド戦略について聞いた。

変化がない日本企業のブランド意識

ブランドとは何か。ブランドをどのように定義しているか。
田中 インターブランドではブランドを“living business asset”=「常に変化するビジネスアセット(資産)」と定義している。「ブランディング」はあらゆるビジネス活動をマネジメントし、ビジネスのアセット(資産)であるブランドの価値の最大化を目指す活動である。ブランディングを行う企業は、単なるロゴやイメージ戦略でなく、全てのビジネス活動を総動員し、資産としてのブランド価値の最大化に取り組む必要がある。
近年、ブランドの重要性や価値に対する企業の意識に変化は見られるか。
田中 ほとんどの日本企業には大きな変化は見られない。これは、日本企業の経営陣に「良いモノを作ればブランドは後からついてくる」という技術至上主義が根付いていることも原因だろう。事実、1990年代前半まで、日本企業は高度な技術力と勤勉な労働力により、グローバル市場において「差別化」できていた。しかし、この20年間、日本企業は「差別化」の新たな要素を見いだせていない。
 一方、海外のグローバル企業はブランド意識が高まっている。例えば、韓国の企業は「21世紀の企業間の競争において、ブランド力こそが競争優位の源泉だ」という認識で、ブランド価値をKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)に位置付けている。
 中でもサムスンは、当社が毎年公表している「Best Global Brands」において、2001年から2012年の間に、ブランド価値を約5.2倍に引き上げた。近年、日本企業とグローバル企業の間にはブランド価値において大きな差がついている。

グローバル企業と日本企業の違い

グローバル企業と日本企業にブランド意識の差はあるか。
田中 日本企業のトップには、「モノづくり」の現場で育ったエンジニア出身も多く、技術信仰が根強い。そのため、ブランドは自分の関与する問題ではないと認識する傾向にある。海外のグローバル企業では対照的に、ブランディングは企業のトップがリードしている。また、グローバルにリーディングブランドを擁する企業では、重要なマーケティング戦略の決定を下すのはCEO、もしくはCMO(最高マーケティング責任者)である。日本には、CEO直属のマーケティング部門も少ないし、CMOを置く企業も数少なく、ブランディングにおいてはトップマネジメントが機能しにくい。
 一方で、海外経験の豊富な日本企業のトップは、ブランド意識が高い。これは、グローバル市場における日本企業のブランド力の低さを痛感しているためだろう。
持ち株会社制の企業では、本社がコーポレートブランドを、各事業部がプロダクトブランドを、それぞれ管理しているところも多いように思うが。
田中 確かに日本では、プロダクトブランドとコーポレートブランドのマネジメントを分ける傾向がある。また、日本では「ブランド」という名称の付いた担当部署が設置され、その部署がブランド管理をすべきとの認識が多い。海外ではむしろ「ブランド」という名称の付いた組織は存在せず、経営企画部門やマーケティング部門が一貫してブランド管理をしているのが通例だ。
 プロダクトブランドを含めてブランドポートフォリオを考え、全社的な視点を持ってブランドマネジメントを行うことが理想である。コーポレートブランドだけのマネジメントは単なる企業イメージ戦略となる恐れがある。
なぜグローバル企業はブランド意識が高いのか。
田中 グローバル市場における競争の熾烈さが要因のひとつだ。欧米ならびにアジアの経済圏の境界はなくなり、近年は新興国も伸びている。
 特に現在、新興国でどれだけ自社のブランドを構築できるかが、競争力確保の重要な要因となっている。例えば、日産自動車は新興国におけるブランディングを非常に重視している。全体の売り上げの中で海外の比率は9割弱もあり、そのうちの半分近くを新興国が占める。新興国に力を入れる理由は、先進国には既に強力なブランドが多数存在しているが、新興国ではイチからブランド構築をスタートできるためだ。
 日産はブランド価値を過去5年間で1.5倍以上に伸ばしている。新興国でのブランド構築のほか、CMOを置いていること、トップのブランド意識が非常に高いこともブランド価値増加の要因だろう。

「ブランド価値」の高い企業とは

近年、「Best Global Brands」で上位の企業はどのような点が評価されたのか。
田中 ブランド価値を大きく伸ばした企業には、次のような特徴がある。(1)グローバルにビジネスを考えてきた企業、(2)他社との差別性が確立できている企業、(3)インターネットビジネスで成功した企業、(4)新興国でブランド構築に成功した企業、などだ。特に、(3)と(4)が重要な要因となった。
「ブランド価値」の評価方法は。
田中 当社は3つのステップでブランド価値を算定している。
まず、公開されている財務情報を基に、対象となる事業が将来どのくらいもうかるかを予測する。これを財務分析と呼んでいる。この際の「もうけ」のモノサシは、税引き後営業利益から事業に投下した資本にかかるコストを引いた「経済的利益」と呼ばれる特別な利益を用いている。
 次に、ブランドの役割分析を行う。これは、購買要因を分析することにより、「ブランドの利益貢献度」を数値化するものである。この「ブランド利益貢献度」を財務分析で算定した利益に掛けて、ブランド利益(ブランドによってもたらされる利益)を算定する。
 最後に、算定されたブランド利益の確実性を評価する。これをブランド力分析と呼ぶ。ブランド力が強ければ、将来にわたりブランド利益の確実性は高く、逆に、ブランド力が弱ければ割り引いて話を聞かねばならない。

4つの社内指標と6つの社外指標

ブランド力分析では、どのように評価を数値化しているのか。
田中 ブランド力分析は、ブランドマネジメントの体制を評価する社内指標4つと、ブランドが顧客にどう捉えられているかを評価する社外指標6つの計10の指標で構成されている。それぞれの項目は、競合平均を5とする10点満点評価となっていて、10項目の合計得点が100点満点となる。
 まず社内指標は、「明瞭度」「関与度」「保護力」「適応力」の4つで構成されている。「明瞭度」は、ブランドのあるべき姿が明確になっているか、また、それが社員に理解されているか、という点を評価している。「関与度」は経営層および社員のブランドに対するコミットメントの高さを、「保護力」はブランドを構成する視覚面や言語面などのあらゆる要素が、法的および社内の仕組みによってどれだけ守られているかを評価している。「適応力」は市場の変化や課題にブランドが適応できているかを評価する。
 次に社外指標としては、「信用力」「適合性」「差別性」「一貫性」「存在感」「理解度」の6つの指標で評価している。一般的には、「差別性」、つまり消費者や顧客の知覚として、競合と異なるポジショニングを有していることが一番重要だと考えられているが、その前提条件として、2つの重要な要素がある。
 1つは、幅広く顧客のニーズ、意思決定基準に適合しているか、という「適合性」である。「差別性」があっても、ニーズに合わないものにはお金は払われない。さらに重要な2つ目の要素は「信用力」である。ブランドがあるべき姿を実現できる能力や、その根拠を有しているかが重要な要素となる。
 グローバルブランドとしては、どの地域に行っても同じ認識となる「一貫性」を重視すべきである。また、強いブランドをつくるには、消費者の企業に対する「理解度」と、企業が目指す方向性の「明瞭度」が一致しているかも重要な視点だ。
 評価方法は時代に合わせて見直しをしている。例えば、近年、購買要因において、インターネットを通じたクチコミのウエイトが増えたことを受け、「適応力」の指標にデジタルメディアへの対応力という項目を追加している。

ブランド価値の最大化とブランドプロポジション

ブランド価値を最大化させるためにすべきことは何か。
田中 ブランド価値を最大化させるためのフレームワークとして、インターブランドは「ブランディングフレームワーク 7つの原則」を定めている。ブランドをつくることは、自分たちが置かれている環境の具体的な事実を踏まえ、歩んでいく方向を中核概念に凝縮し、誰の目にも見えるように具体化させていく作業である。(図参照)
 原則1~7の中で、最もキーとなるのは原則4のブランドプロポジションだ。ブランドプロポジションとはそのブランドの中核概念であり、全ての企業活動の原点に位置付けられるべきものだ。ブランドとして「何をするか」を定めるだけでなく、「何をしないか・してはならないか」を決めることも重要である。ジョンソン・エンド・ジョンソン社の「我が信条」はこれに当たるものだ。
 優れたブランドプロポジションの条件は、(1)シンプルで分かりやすいこと、(2)言いたいことが絞られていること、(3)顧客に対して提案性があること、(4)競合ブランドとの差別化がなされていること、(5)社員の活動の求心力になるものであること、(6)将来の方向性を示していること、である。

ブランド価値の向上へ

ブランディングで得られるものは。
田中 高い価値を持つブランドは、企業活動に多くのメリットをもたらし、結果として、CPL(Choice、Premium、Loyalty)を高める。
 品質や信頼性など、「保証」としての価値がブランドに蓄積されると、顧客の「選好性」が生まれる。「選好」されることによって企業のロイヤルティーが醸成される。その結果、単純な価格競争に巻き込まれることなく収益を向上させることが可能になる。
 コーポレートブランドにおいては、優秀な人材確保や株価の上昇、企業価値の増大をもたらし、ビジネスの継続性を高めることに大きく寄与する。これがブランディングの効果である。
 これからの日本企業も、「ブランド」担当部門のみでの取り組みや、コーポレートブランドのみの企業イメージ戦略ではなく、経営戦略として自社のビジネス活動を総動員したブランディングに取り組んでいただきたい。
(聞き手:経済広報センター 国内広報部長 佐桑 徹)
(文責:国内広報部専門研究員 鈴木恵理) 
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