経済広報

『経済広報』(2015年12月号)掲載
企業広報研究
危機管理の死角
小川和久

小川 和久(おがわ かずひさ)静岡県立大学 特任教授

 軍事アナリストとしてテレビでも活躍する小川和久氏が、8月に『危機管理の死角 狙われる企業、安全な企業』(東洋経済新報社)を出版した。「日本政府や企業の危機管理体制は形だけだ」と主張する小川氏に、その詳細について話を聞いた。

形だけの危機管理

このほど、『危機管理の死角 狙われる企業、安全な企業』を出版されたが、この本を書いた狙いは。

小川 危機管理に関する本は幾つも出ているが、国際テロなど海外の緊急事態にどう対応するかという観点からのものはあまり見掛けないので、どの企業にも共通する問題について執筆した。

日本企業の危機管理には、どのような問題があるのか。
小川 日本企業の危機管理の最大の問題は、形だけは立派に見えるが、チェックすると穴だらけで、形式に流れている点だ。コンサルティング会社やコンサルタントは、まず、クライアント企業の潜在的なリスクを洗い出し、その対策とリスクの優先順位を決める。そして、対応の基本的な要件が満たされているかどうかをチェックするため、抜き打ちで非常呼集などを行う。
 重大事故、海外安全問題などで社員が参集しにくい午前2、3時ごろに呼び出しをかける。緊急呼び出しの連絡網が固定電話や携帯電話、ツイッター、ライン、フェイスブックなど多重に構成されているか。当直体制が機能しているか。同時にコンサルタント側は非常召集を受けた関係者が参集するまでの所用時間、交通手段について把握し、改善の具体案を提示する。
 企業幹部に、訓練で会長、社長を深夜にたたき起こしたことがあるかと聞いたところ、決まって「そんなことできるわけない」との返事だった。また、コンピュータ・センターの抜き打ちでの侵入テストなどを数回にわたり繰り返し、その企業の危機管理が何点ぐらいかを評価し、分析作業を行う。こうすることで、従来の組織や人事では緊急事態に対応できないことが、いやが上にも浮き彫りになり、組織改編や新設、それにふさわしい人事を行うことになる。
 さらに、3~5年ごとに別のコンサルタントを使って、異なる考え方、手法、視点からクロスチェックを受け、危機管理体制の向上を図るべきである。
どのくらいの費用を掛けて、どこまでやるか、ということにもなるが。
小川 形だけの危機管理では意味がない。例えば、「有名な危機管理会社の会員になっているのだから、いざという時には海外に駐在している社員や家族を安全に避難させてくれるだろう」と錯覚している企業がある。たしかに年間何千万円も外国の有名な危機管理会社に支払っていると、そうした期待が生まれてもおかしくはない。しかし、有名な危機管理会社は、一国で何十社ものクライアントと契約しているので、内戦状態にでもなれば、「対応できません」とにべもない返事がくると考えておくべきだ。
 内戦になったときに社員や家族を脱出させたいならば、それなりのコストを覚悟し、事前に、そうした契約を結んでおく必要がある。米英の有名な危機管理会社に見積もりを出してもらったところ、この追加費用はランニングコストだけで年間1億円を超えるということだった。

広報は平時・有事の第一線部門

小川さんは、著書の中で、日本人は、平時型組織しか知らないが、緊急時は「奇襲」であり、有事型組織の発想が重要だと指摘しているが。
小川 有事型の組織である自衛隊は、緊急時になると、まず自分で情報を取りにいく。陸上自衛隊ならば偵察隊、航空自衛隊には偵空航空隊がある。そして、それぞれの組織のトップ、つまり指揮官が決断すると、その部隊はその通りに動く。これに対し、平時の組織、典型的な役所の場合、例えば、東日本大震災の際に、県庁はどうだったか。市町村の役所が壊滅的な状態になっているため、県職員は、電話をしても繋がらないのを理由に「情報がありません」と答えることになる。
 日本の行政組織の危機管理部門は、平時型組織に「危機管理」「災害対策」という修飾語をつけただけだ。緊急事態に司令塔組織がどのような活動をするか。見たことも経験したこともないので、組織内で押し問答をしている間に、貴重な時間が過ぎてしまう。
同書には「企業も政府も危機管理はCEOにしかできない」と記されているが。
小川 企業でも政府も同じだが、危機管理はCIO(最高情報責任者)やCSO(最高セキュリティ責任者)の仕事ではない。全権を握るCEOの仕事である。ただ、独りで全てをできるわけがないので、CEOには伴走者が不可欠だ。CEOの伴走者には、4~5人の最精鋭社員による「頭脳チーム」が必要だ。これは、トップ直轄のミニ・シンクタンクのようなもので、予算的にも総務部などから独立している。さらに、このチームと連動してセットで危機管理のテーマを洗い出し、問題解決を提案する10~20人で構成されるチームも不可欠である。
同書にはまた、「広報は、平時・有事の第一線部門」とも書いてあるが。
小川 広報は、自社の情報発信に力を注ぐのは言うまでもないが、情報収集の中心的な機能も担当するので、企業トップは広報を平時・有事を問わない第一線と位置づけるべきである。陸上自衛隊の陸上幕僚監部では、広報をエリートで固めてきた。将来の企業トップになるほどの有能な人材で固め、役員会に出席させ、臨機応変に動ける権限と予算を与えておく必要がある。そうすれば、90%以上の発生案件は広報段階で対応できる。不祥事の処理で、広報部門が上にお伺いを立てに走るようでは、危機管理は失敗と言わざるを得ない。
企業が危機管理能力を高めるためには、海外の新聞や資料を精査することが必要と主張されているが。
小川 例えば、海賊対策などで、日本政府や企業が基本的な情報を得ていないのは、語学ができる専門家を軽視しているからだ。海外の新聞や有名危機管理会社の資料をネイティブクラスの2~3人が斜め読みでチェックし、それを7~10人のチームが翻訳・編集する。さらに日本語に訳された情報を価値判断し、優先順位を決めるデスクが1~2人。最後に編集長役がトップに提出する情報を3~5本選び、読みやすい見出しをつける。
 米国では、スパイ、通信傍受、偵察衛星など、あらゆる情報源からの最高機密をCIA(中央情報局)が「プレジデンツ・デイリー・ブリーフ」(大統領日誌)という形でまとめられ毎朝、大統領に提出している。また、この中から、微妙な情報を除いて「レッド・トップ」という名前で主要閣僚やスタッフに届けられる。
 有名危機管理会社に会費だけで年間数千万円も払うならば、危機管理会社のニューズレターの情報を死蔵させていたり、日本語に訳しても用紙にベタ打ちされ、トップが、読む気にならず放置されていたりしては意味がない。
(おがわ・かずひさ) 国際変動研究所理事長。1945年生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理の分野で政府の政策立案に関わる。国際安全保障に関する官邸機能強化会議議員、総務省消防庁消防審議会委員などを歴任。小渕内閣ではドクターヘリを実現させた。著書に『日本人が知らない集団的自衛権』『日本の戦争力』など多数。
(聞き手:佐桑 徹 経財広報センター 常務理事・国内広報部長)
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