経済広報

『経済広報』(2016年1月号)掲載
企業広報研究

企業危機管理と初動の重要性
〜幹部社員逮捕や自然災害などを題材に〜

結城大輔

結城 大輔(ゆうき だいすけ)
のぞみ総合法律事務所 弁護士

森 健

森 健(もり たけし)
森総合研究所 代表

企業危機管理の盲点

 2015年も、大型の企業不祥事が目立った一年であった。免震ゴムの性能データ偽装や、会計不祥事、国際的には排ガス規制に関する不正ソフトの利用などを筆頭に、多くの案件が想起される。
 コーポレート・ガバナンスとコンプライアンスの重要性がますます強調され、不祥事が発生した企業や、その役員に対する批判と責任追及も厳しくなる現在、各企業は不祥事の予防や再発防止に全力を注いでいる。そして、仮に不祥事が発生したときの対応についても、危機管理マニュアルを整備するなどして備えを固めているはずである。粉飾決算などの金融商品取引法違反、営業秘密の不正取得、環境規制違反など、様々な取り組みがなされている。また、グローバルにビジネスを展開している企業であれば、海外汚職や国際カルテルの防止など、グローバルな観点でのコンプライアンス徹底のため、様々な努力を続けているはずである。そして、広報部門としても、このような各種企業不祥事が万が一発生した場合にどう対応するか、マニュアルの準備やシミュレーションなどを含め、なんらかの検討や準備をしているのではないかと思われる。
 かかる検討や準備自体、決して単純なものではなく(企業も不祥事の内容も一件一件がすべて異なり、単純な一般化は不可能である)、取り組みには様々な困難があり、工夫も必要であるが、本稿ではこの点には深入りしない。
 ここで取り上げるのは、むしろ企業危機管理の盲点として、対策・準備が忘れられがちとなる2つのテーマ、すなわち、従業員、特に幹部社員(時には役員)が突然逮捕されるケースでの危機対応と、地震、噴火などの自然災害やテロといった外部的要因による危機対応である。本稿は、企業、特に広報部門としての心構えを、前者について主として結城が、後者について主として森が、それぞれ経験を踏まえて概説する。

幹部社員の逮捕 〜その時会社はどうする?

個人的犯罪の典型例は3通り
 以下の3つの事例を想定していただきたい。

(1)幹部社員が、酒に酔って車を運転し、死亡事故を起こして逮捕された。
(2)幹部社員が、覚醒剤所持の疑いで逮捕された。
(3)幹部社員が、通勤電車の中で痴漢をしたとして逮捕された。

 (1)は酒、(2)は薬、(3)は異性に関する事案である。(1)の酒については、飲酒運転以外にも、酔った上での店や路上、電車や駅などでの傷害事件もしばしば発生する。筆者の感覚として、企業それも大企業の幹部社員(時には役員)が、これらの事案で逮捕される事件が以前より目立つようになっている(ちなみに、米国では、薬物犯罪が一部の反社会的勢力のみならず、一般の企業人において発生することが多くなっているようで、採用時あるいは採用後も、定期的に薬物反応テストを行うという企業も少なくないと聞く。日本ではそこまでの状況ではないが、それでも以前よりは一般企業人の薬物事犯が増加しているように感じる)。
 これらの事案は、いずれも会社や業務とは関連がない刑事事件での逮捕である。読者各位は、それがために、これらの事案が発生しても会社には特に大きな影響は生じないと考えはしないだろうか。しかし、これは完全な誤解である。
企業への影響
 実際にこれらの事案が発生したときに企業に生じる影響として、大きくは次の2つを想定しておく必要がある。
(A)報道などによるレピュテーション・ダメージ
 まず、報道機関が、上記(1)ないし(3)のような個人的犯罪での逮捕の情報をつかんだとき、これを新聞などでニュースとして報じるか否かを決定する際に、事案の内容(被害の重大性や社会的影響)と並んで重要な考慮要素となるのが、当該企業が大企業か否か、逮捕された当該人物が幹部社員や役員クラスであるか否か、である。すなわち、大企業の幹部社員の逮捕であれば、たとえそれが会社や業務とはなんの関連もなくとも、企業名を含めた形で報道される可能性が高い、ということを意味する。その際、企業、特に広報部門としては、どのようなコメントを出すべきか、あるいは出すべきでないのか、という点を整理しておく必要がある。
(B)刑事手続きそれ自体によるダメージ
 また、たとえ当該事案が企業やその業務になんらの関連性のない個人的刑事事件であったとしても、幹部社員(時には役員)が一定期間逮捕、勾留されること自体の影響も忘れてはならない。逮捕後、警察・検察での手続きを経て、裁判所で勾留が決定されるまでの期間が法律上は合計72時間。そして、勾留が決定される“身柄事件”となれば、通常その期間は10日間で、延長が決定されれば、さらに10日間で合計20日間強となる(例えば薬物事案で、所持以外に使用でも捜査がなされると、再逮捕によりさらに勾留が続くこともある)。幹部社員がなんの指示も引き継ぎもなく、突然これだけの期間出社できなくなることの業務上の影響は大きい。
 のみならず、例えば、関連証拠物(所持薬物)が職場にある可能性があったり、動機の解明の関係で会社のパソコンやメールアドレスを捜査する必要があると判断されたりすれば、会社に捜索が入り、関連資料などがすべて差し押さえられる可能性もある。
刑事手続きに関するもう一歩進んだ理解
 ~初動対応の重要性
 刑事手続きに関連するもうひとつの重要なポイントは、企業としての初動が極めて重要ということである。前述の通り、逮捕直後に報道機関から求められた際に適切なコメントを出す必要があるが、そのためにはまず何より、本人に事情を確認する必要がある。逮捕直後は、警察・検察のいずれにおいても法律上認められた手続きの時間が極めて制限されているため、企業としては、自社が依頼ないし紹介予定の弁護士に、例えば、弁護士以外では接見(逮捕された被疑者との面会)ができない夜の時間帯に接見をしてもらい、事情を確認することが有益である。このような事実確認に基づき、企業、特に広報部門としては、どのような基本方針で取材に対応するかを決定していくことになる。
 このようにして基本的事実関係が確認できると、企業としては、逮捕された当該幹部社員を「守るべきか、切るべきか」の基本的見極めがつくことになる。例えば事案が軽微、偶発的である場合や、強く非難できない事情がある場合、あるいはそもそも無罪を主張していて、それが合理的と判断されるような事案の場合、企業としては、当該幹部社員をかかる案件に熟達した弁護士が弁護して、刑事事件が一刻も早く終息し、企業当該社員に対する懲戒などの必要性ができる限り発生しないような決着を望むことになる。特に、飲酒によるけんかや痴漢の事案などの場合、一刻も早い被害者との示談が事件を早期に小規模で決着させる可能性があるために、可能な限り早いタイミングで弁護士が適格な弁護活動を開始する必要がある(可能であれば勾留がなされる前の約1日で勝負すべきである)。
 従って、企業の広報部門としては、取材などの第一報に接し、幹部社員の逮捕を知ったときは、ただちに法務部門と情報を共有し、必要に応じてかかる弁護体制を一刻も早く整えることができるよう意識しておく必要がある。
広報対応の肝
 企業の広報部門にとってもう一点重要なのは、幹部社員逮捕に対し、気の利いたコメントを出したからといって、メディアも世間も決して当該企業にプラス評価を付与してくれることはない、という点である。むしろ、例えば企業が、当該逮捕が不当なものであると考えているかのようなコメントを出せば、警察・検察当局の捜査や処分の方針をより厳格にする方向での影響が発生してしまう可能性すら否定できない。時に社内や、場合によっては社外の専門家などから、事案の内容に踏み込んだ、より積極的な「攻め」のコメント案が提案されることもあるかもしれないが、慎重に検討すべきである。このような場面での大原則は「守り」であり、面白みのないコメントで大きく報道で取り上げられない方が望ましい、という点を確認しておきたい。

自然災害、その他の外因的危機への備え

「備えあれば患いなし」
 企業の危機管理において、内部的な危機の一例が上述の従業員犯罪による不祥事だとすれば、外因的な危機の典型が「自然災害」であろう。
 直近の動向を振り返ってみると、2011年の東日本大震災直後は、様々な論者が口々に「防災、危機管理、BCP(事業継続計画)……」を連呼したこともあり、多くの企業で様々な対策が一時的に進んだような感もある。
 しかし、今や各企業においては、2012年ないし2013年当時の担当者は、既に別の部署に人事異動し、新任担当者は、例えば100ページ以上もある分厚いマニュアル類を前にして、途方に暮れているようなケースもあるのではと心配になる。
 そもそも、自然災害に対する危機管理、特にその初動対応においては、(1)社会の被災状況について十分に情報収集を継続しつつ、(2)従業員の安否確認作業を最優先に進め、同時に、(3)事業の復旧に向けての「事業継続対策」にも「最初は最小限度の戦力」を割き、徐々に体制を整えた上で(2)から(3)に対策の軸を移していく、というのが基本である。
 この初動対応においては、読者諸氏もお気づきの通り、分厚いマニュアルは用をなさない。「マニュアルは30ページ以内に!」というのが、筆者が諸先輩から叩き込まれた危機管理実務の基本である。
 従って、もし前述の「新任担当者」のような状況があるのであれば、教育・訓練を通じてマニュアルをブラッシュ・アップし、そのエッセンスを抽出して至急シンプルなマニュアルを作成すべきであろう。
 2011年以降、明らかに日本列島の自然災害、特に地震発生や火山活動の状況は大きく変化している。これは専門家の解説を待つことなく、現実に起きている様々な被災事例を想起すれば一目瞭然である。この現実を直視して、危機管理担当者および当該企業経営陣が、「備えあれば患いなし」の俚諺(りげん)の通り、既存の自然災害への危機管理を再度見直し、初動対応能力が確実に備わっているか否かを再検証すべきときが、この2016年になるであろう。
多様化する外因的危機
 日本企業にとって、自然災害は大いなる危機要因であるが、残念ながらこれだけに備えておけばよいという時代はとうに過ぎている。グローバル化の進展やITの進歩により様々な危機が予想もしない形で襲来する時代である。
 2009年の新型インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)は読者の記憶に新しいところであろう。新型インフルエンザの過去の発生状況間隔を振り返ると、最短で10年、最長で40年となっている。これは根拠のない推定であるが、最短で2019年辺りに次のパンデミックが襲ってきても不思議はない。しかも、先ほどの例ではないが、その時には2009年を体験した担当者が危機管理の部署におらず、また対応のノウハウも継承されていないということになると、企業は大きな打撃を被ることになる。
 こう申し上げると「前回(2009年)は大した被害はなかったではないか」という読者の声が聞こえるようであるが、それは結果論であって、2009年当時は「たまたま」いわゆる弱毒性のヒト―ヒト型のインフルエンザに変異しただけのことである。次回も同様のパターン(弱毒性への変異)で収まるという保証はどこにもない。
 また、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、テロの発生とも向き合っていく必要が出てくるであろう。一昔前は、テロといえば、海外進出企業にとっての「海外安全対策(主に駐在員の安全を確保するための対策)」だったが、2016年の今は、もはや「他人事」ではない。いつ日本国内で起きてもおかしくない状況に変移しつつあるといえるであろう。また、冷静に歴史を振り返ってみると、これまでは国内において「テロ」という表現は使われなかったかもしれないが、これと同視し得る事案は戦後何度となく惹起されている。
 従って、従来型のものに加え、海外で起きているようなテロにも備えていく必要がある。具体的には、施設管理における保安面の強化(特に不特定多数の人が入退出する施設・スペースの管理強化)や、従業員に対する監視の強化(メールの定期監査システムの導入、マネジメントの職場管理能力強化など)を具体的に進め、異常を検知した場合の初動対応についても、マニュアル化していく必要があると考える。
危機管理に「法的備え」をプラス
 さらに、危機管理的には別の視点も必要になってきている。
 様々な危機が発生した場合、当然のことながら日本は法治国家であるから、最終的には訴訟や賠償問題などの法的争訟になることが多い。
 従って、全ての危機管理対応において、「最終的にどのような法的手段を取るか?(取られるか?)」という視点から事前対策を実施することが重要である。例えば、企業のBCPの実効性のチェックに、当該企業の法務部門に積極的に関与させる(BCPについてリーガル・チェックさせてみる)などの方法が考えられるだろう。
 また昨年より、2011年の東日本大震災に関連して「企業の安全配慮義務」違反の有無が争点となる裁判例が少しずつ出始めている。企業施設の立地の問題、防災訓練の実施状況、危機管理マニュアルの内容の適否、発災後の具体的な個々の危機対処(実際の従業員の避難誘導方法や、本社からの被災拠点への指揮の問題など)といった内容について、「企業の安全配慮義務の履行」として十分かどうかという再点検が、今後各企業に求められていくことになるであろう。

企業へのメッセージ

 筆者は、危機管理には特効薬はないと考えている。日々の経営や業務遂行を通じて、リスク・危機と向き合い、「リスクは潰せ、危機は迎え撃て!」の心構えで、地道に対策を継続していくほかはないと思う。
 そのような危機管理ではあるが、2016年の念頭に当たり、下記のメッセージを発信したいと思う。
委員会組織は形骸化していないか?
 日々の仕事は、ある意味「形骸化との戦い」である。危機管理強化のために設置した組織横断的な委員会組織も例外ではなく、ともすると議論の場から単なる報告・共有の場になり、委員会事務局の発言が大半を占めるようなことになってはいないだろうか。
 危機管理は経営そのものである。危機管理において最も重要な経営のリーダーシップを平常時から発揮し、危機が顕在化する前に徹底して潰すのだという強い意志を、委員会活動を通じて全社に伝播させるのが「経営」の責任である。
管理部門間の連携は機能しているか?
 危機管理で「経営」が十分にリーダーシップを果たすためには、相互に連携する「強い管理部門」の存在が不可欠となる。「陸海相争いて余力をもって戦う」という縦割り組織にならないように、組織建てにも工夫が必要であろう。
 人事部・総務部・広報部・法務部……といった従来型の管理部門の組織編成も、2016年の今、そろそろ構造改革を行ってもよいのではないかと個人的には感じている。そのひとつの基軸が「危機管理」(あるいはリスク管理)である。
 現実の組織では、通常、組織改編自体もひとつのリスクであるから、漸進的に取り組みたい場合(既存の組織編成を最大限尊重したい場合)は、例えば法務部門に危機管理委員会などの全社的・横断的委員会組織の事務局を担当させるなど、「法務部門」を軸に危機管理体制を立て直すというのも一手法ではないかと考えている。
危機管理強化に向けた広報部門への期待
 最高の危機管理は、「危機発生を未然に防ぐ」ことである。そのために、これまでは発生後の危機対処を中心に取り組んでこられた広報部門の皆さまへ、一言期待を申し述べたい。
 広報部門はこれまで、その時その時の時代の要請に応え、PR広報から最近は危機管理広報まで、広範な守備範囲を構築してきた。広報は換言すれば「コミュニケーション」であるが、このコミュニケーションが危機の予防にはとても大切なのである。
 企業はそれぞれ経営体質強化を進めてきた代償として、プレイング・マネジャーが増えたこともあり、マネジメントの在り方が変化して各職場のコミュニケーションの機会が減少している。従業員の不祥事などのコンプライアンス違反に端を発して企業が危機に陥る「コンプライアンス・クライシス」(※筆者の造語である)となる一因も、このコミュニケーション不足にあるのではと考えている。
 新しい時代の広報部門は、その対外的能力を社内にも振り分け、「社内コミュニケーションの活性化」により自浄能力の高い職場づくりに貢献するとともに、各種委員会が形骸化しないように、また管理部門の連携を強化する方向で、委員会や部門間におけるコミュニケーションの在り方にもメスを入れ、形骸化リスクのある組織に新たなエネルギーを与えることができるのではないかと考えている。それが、チームワークとコミュニケーションのある組織の復活に繋がり、同時に初動対応を含む危機管理能力の強化に向けて大きな推進力になるのではないだろうか。
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