経済広報

『経済広報』(2016年3月号)掲載
マスコミ事情

まるで“モグラたたき”「想定外」続くテレビの災害報道
~東日本大震災から5年~

久慈省平

久慈 省平(くじ しょうへい)
(株)テレビ朝日 災害報道担当部長

「想定外」を反省した気象庁

 「まさか、こんなことになるとは――」。東日本大震災が起きた2011年、私たちは「想定外」という言葉を何度聞いたことでしょう。国内初のマグニチュード9.0の巨大地震、15メートルを超える大津波、“絶対に安全”な原発の電源喪失、そして、メルトダウン……。未曽有の大災害から私たちは何を学んだのでしょうか。あれから5年を経て、「想定外」はなくなったのでしょうか。
 「想定外」という言葉は、当然ですが、5年前に初めて使われたものではありません。1995年の阪神・淡路大震災は、「神戸で地震は起きない」という“神話”を信じた地元自治体や住民が直下地震の対策をほとんど取っていなかったことが問題になりました。東日本大震災は逆です。宮城県沖を震源とする巨大地震が起きる確率は30年以内に99%ともいわれていて、東北の三陸沿岸は、明治三陸大津波(1896年)、昭和三陸大津波(1933年)、チリ地震津波(1960年)など、近代に入ってからだけでも、何度も津波の被害を受けてきた地域です。しかし、その東北地方ですら津波対策は十分とは言えず、過去の教訓を生かすことはできませんでした。事前に情報があっても、準備をしていても、「想定外」の事態に対応できなかったことが分かります。
 そういった反省を生かしているのが気象庁です。この5年間で、沖合津波観測情報、竜巻目撃情報、噴火速報など次々に新しい制度を取り入れて、次に起きる災害に備えています。そのひとつ、特別警報は従来の警報をはるかに超える被害が想定されるときに発表されるものです。東日本大震災と同じ2011年夏、紀伊半島を直撃した台風12号は和歌山県を中心に甚大な被害を及ぼしました。気象庁は何度も大雨警報を発表しましたが、約100人の死者、行方不明者を出す結果となりました。この反省から生まれた特別警報は、「数十年に一度の災害」「直ちに身の安全を図る」といった耳に残るキャッチフレーズと共に、住民避難に繋げる“最後の切り札”として国民に浸透しています。「想定外」を生かした好例です。

テレビ局の「想定外」と災害報道の強化

 さて、東日本大震災では、テレビ局の災害報道でも多くの「想定外」がありました。テレビ朝日系列では、東北沿岸部の8カ所に設置していた情報カメラ(情カメ)が、地震の揺れには耐えたものの、いずれも停電でダウンした上に津波で流されてしまい、津波襲来の決定的瞬間を記録することができませんでした。地震が起きた瞬間の「揺れている映像」を記録するスキップバック録画は、その揺れの大きさを表すには欠かせない素材です。しかし、巨大地震に見舞われたテレビ局は“その瞬間”を切り取って編集する余裕がなく、放送できなかった局もありました。
 岩手・宮古湾や、宮城・気仙沼港を襲った大津波の迫力ある映像。テレビ朝日系列局のカメラマンが撮影した貴重な映像ですが、実はこの映像は放送するまで数日かかりました。撮影したカメラマンとの通信手段が途絶えてしまい、映像を送るどころか安否不明の状態が続いたからです。
 これらの問題はこの5年間で少しずつ改善されています。情カメは津波に襲われないように高台へ移転。停電でも稼働するように電源を併設するケースも増えています。スキップバック録画の編集は自動化が進み、局によっては緊急地震速報の段階で編集を始めたり、震度の大きな場所を選んで編集したりする機能もあるようです。携帯電話が不通、もしくは輻輳(ふくそう)した経験から、衛星携帯電話やIP電話を増やし、お互いの位置を確認できるGPS機能を付けた無線機の導入も進んでいます。
 災害報道の強化はテレビ朝日だけでなく、テレビ界全体で協力して取り組んでいるものもあります。例えば、津波警報や注意報が発表されたときに、テレビ画面に表示される日本地図。津波が襲来する沿岸部に色を塗り、危険な場所が一目で分かる重要な情報ですが、東日本大震災のときは各局がそれぞれ違う色で表示していたため、視聴者が混乱しました。震災後、各局で統一して、大津波警報は紫、津波警報は赤、津波注意報は黄と全局が同じ色を使っています。
 仙台平野を襲った津波が、家屋や車、人を次々に飲み込んでいく上空からの映像をご記憶の方もいると思います。あの映像はNHKのヘリコプターから撮影したもので、テレビ朝日系列を含む民放局は持っていません。民放各局のヘリコプターは待機していた仙台空港が津波に襲われて壊滅、取材に飛び立つことができなかったためです。今や災害だけでなく、事件・事故でもヘリコプターからの映像はテレビには不可欠です。このときの反省から、全国のヘリコプターを安全な場所に移動する動きが活発化しています。在京キー局のヘリコプターが待機する東京ヘリポートは、東京湾に接していて、津波被害の可能性があります。そこで、複数の社で協力体制を構築し、一定期間ごとに持ち回りで自社のヘリコプターを茨城県の筑波山にあるヘリポートに待機させています。もし、各社のヘリコプターが津波で壊滅した場合は、生き残った1社が撮影した映像を各社で共有できるルールをつくりました。

新たな想定外

 東日本大震災では津波による「想定外」の恐ろしさを経験しました。テレビ朝日を含む多くのテレビ局は、津波警報が発表されたときは地震情報よりも、津波からの避難コメントを優先して伝えて、「直ちに高台へ避難」するよう呼び掛けます。大きく改善したことのひとつですが、私たちの努力をあざ笑うかのように、この5年間は新たな「想定外」に悩まされています。
 おととし9月27日、御嶽山(長野・岐阜)が水蒸気噴火し、戦後最悪となる63人の死者・行方不明者を出す大惨事となりました。秋の行楽シーズン、土曜日のちょうど昼時、高齢者でも簡単に登れる山。火山が噴火することは分かっていたことですが、条件によっては噴火がこれほど恐ろしい結果をもたらすことは「想定外」でした。この日を境に、全国のすべての火山がいつ噴火しても対応できるように、系列局を挙げて準備を進めています。
 そして、去年9月10日の関東・東北豪雨。台風18号の通過後、栃木県、茨城県に大雨特別警報が発表され、土砂災害に備えた万全の取材態勢を取ったはずでしたが、過去最大の300ミリを超える雨量、鬼怒川の堤防決壊という「想定外」の事態に対応は後手に回りました。この日の昼ニュースは栃木県の鬼怒川温泉で、旅館の建物が川に沈み込む様子を現場から生中継するなど、十分な災害報道ができたと思っていました。しかし、本当の主戦場は鬼怒川の下流、茨城・常総市でした。水は高いところから低いところに流れます。土砂災害、水害は下流に集中します。後から考えれば当然のことなのですが、このときは思いもよらない場所で起きた事態に、きちんと対応できなかったことが悔やまれます。
 地震よりも津波への対応を強化すると土砂災害が起き、土砂災害への対応を進めると火山が噴火する。次から次に起きる自然災害への対応は、まるで“モグラたたき”のようです。東日本大震災から間もなく5年。「想定外」の事態はこれからも起きるでしょう。「一人でも多くの命を救う」ことを目指して、テレビ局の災害報道対応に終わりはありません。

pagetop