経済広報

『経済広報』(2016年6月号)掲載
企業広報研究

スクープ報道に対する上場企業としての適切なコメントとは?
~株価へのインパクトを想定した、迅速な情報開示が求められる時代に~

江良嘉則

江良 嘉則(えら よしのり)
(株)エイレックス 取締役執行役員  

 「本日、一部報道において○○○と報道されましたが、これは当社が発表したものではありません」。
 いわゆるスクープ報道後に、よく見かけるコメントであるが、今では大きく変わってきている。東京証券取引所は2014年5月、適時開示制度の一部を変更した。「不明確な情報等に関する注意喚起~マスコミのスクープ報道に対する適時開示制度」の改正(いわゆるスクープ報道に対して上場企業に「踏み込んだ情報開示」を求める制度の導入)である。改正から2年、上場企業の広報・IR活動を支援する実務家の一人として、どういったコメントが「適切」なのか、この制度の趣旨や最近の情報開示事例をもとに考えてみたい。

「不明確な情報等に関する注意喚起制度」が導入された背景

 かねてより、上場企業の重要事項について、新聞社や通信社が独自に取材し、当該企業の正式発表の直前にスクープ報道されることがあった。重要事項についてスクープされること自体が問題ではあるが、このように公開前の不明確な情報が市場に流れた場合は、報道された記事が、正しいのか否か、実際はどうなのかについて、直ちに記者や投資家はじめ、ステークホルダーに適切に開示しなければならないことは言うまでもない。しかし、実際には、すぐに確認できない内容や、まだ開示したくない内容、交渉相手がいる場合など微妙な問題も多く、広報担当が明確に回答することが難しい場合が多いのも現実である。
 そのような中、2012年、金融審議会のワーキング・グループが、上場会社にかかる重要事実についてスクープ報道がなされた場合、当該上場会社において、当該報道に関する事実について、より踏み込んだ情報開示を行うように、との提言を出した。しかし相変わらず、企業の適時開示は、「本日、一部報道において○○○と報道されましたが、これは当社が発表したものではありません」といったコメントだけを午前9時前に出し、投資家は事実が不明確なまま株取引をせざるを得ないことも多かった。
 2013年4月には、日本経済新聞が「K社とM社 統合交渉」とスクープ報道をした。K社は同日「当社が発表したものではなく、またそのような事実もありません」と全面否定。ところが、2カ月後、過去に経営統合の交渉をしている事実があったとの情報開示を行い、「事実があった」のに「否定」したことが分かった。2014年の適時開示制度の改正は、このK社のコメントが契機となっている。

「当社が発表したものではない」では不十分。より踏み込んだ情報開示が必要に

 株価に与えるインパクトの大きい事象についてスクープ報道された場合、企業はどのようなコメントをすべきだろうか。
 2016年1月27日、日経新聞朝刊は「トヨタ自動車は51.2%出資するダイハツ工業を完全子会社化する方針を固めた」と報道した。ダイハツ工業の27日の株価は、前日の1481円から1724円まで急騰(最高値はストップ高の1781円)、出来高にも大きな影響を与える記事であった。このときダイハツ工業は、10時15分に以下のコメントを開示した。
 「本日、日本経済新聞において、当社の完全子会社化に関する報道がありましたが、本件は当社が公表したものではありません。当社はトヨタグループ企業として、トヨタ自動車との業務提携を以前より進めており、完全子会社化も含め検討しておりますが、現時点で決定した事実はありません(下線筆者)」。
 トヨタ自動車とダイハツ工業は2日後の1月29日に、「(トヨタ自動車が)8月1日付けで完全子会社化する」と正式発表したが、1月27日のコメントで「踏み込んだ説明」と考えられるのは、上記の下線部である。報道されたことで「不明確な情報」となった「トヨタ自動車による完全子会社化が検討されている」を事実として認めている。しかし東証はダイハツ工業株を「経営統合に関する不明確な情報が報道された」として「注意喚起情報」に指定し、株式の売買を午前9時から10時30分まで停止した。ダイハツ工業がこのコメントを出したのは10時15分だったからだ。
 筆者は今回、本制度がどのくらい浸透しているのかを把握するため、3月17日から4月16日までの1カ月間に開示された、ほぼすべての適時開示資料を閲覧したが、以前と比べてかなり踏み込んだ開示を行っていると感じた。東証の上場部の担当者に「本制度導入後、企業の取り組みが改善されたか否か」を尋ねた際も、あくまで個人的な見解だと前置きしながらも「かなり改善されたように感じる。コメント開示の内容は踏み込んだものになってきているし、何よりスピード感が出てきた」との回答を得た。制度改正から2年を経て、制度の趣旨はかなり浸透していると言ってよいだろう。
 一方、東証は、上場企業に業績の観測記事(不明確な情報)が出ても、すでに株価に織り込まれているようなケースがあることを理解しており、その場合は企業に情報開示を求めたり、「注意喚起情報」に指定しないという。

間違って報道された場合の対応とは……

 2月1日、朝日新聞は「鉄鋼国内最大手の新日鐵住金が、同業で国内4位の日新製鋼を買収へ。1千億円規模、完全子会社化で調整、1日にも発表へ」と報道。これに対し日新製鋼は、当日8時35分に下記の適時開示を行った。
 「本日、一部報道機関により、新日鐵住金が当社を買収する方針を固め、完全子会社化する方向で調整しているとの報道がなされておりますが、これは当社が正式に発表したものではございません。新日鐵住金と当社が当社の子会社化等を含む連携策の検討を進めていることは事実ですが、本件に関しては本日の取締役会に付議する予定であり、決定次第公表いたします(下線筆者)」。
 この開示のポイントは下線部である。「子会社になる検討をしており、完全子会社ではない」ことを公表する一方、「本日、発表する可能性が高い」などと、報道を認めていることである。
 その後、日新製鋼は、当日の12時30分に「新日鐵住金による日新製鋼の子会社化(正式には検討を開始する旨の覚書)」を適時開示。「現在8.1%の出資比率を51~66%に引き上げる(正式には予定)」と発表した。
 結果として、朝日新聞の報道は、(1)新日鐵住金が日新製鋼を子会社化する、(2)本日発表、という2点では正しかったが、(3)完全子会社化である、とした点が違っていたのである。
 ちなみに本件に関して、知り合いの投資家は、「(完全子会社ではない、とする適時開示に加え)早いタイミングでの正式発表も好印象だった」と言っていたが、内容に加えて開示のタイミングも高い評価を得た情報開示の事例でもあった。
 この朝日新聞のスクープ報道についていえば、一部不正確な報道はあったが、日新製鋼の広報担当者は、迅速に適切なコメントを出した。スクープ報道記事に適切なコメントを出すためには、事前に正しい自社の経営情報を入手しておく必要がある。記事が出てからマネジメントと連携するのでは迅速な対応ができないことも考えられるため、広報担当者は、日ごろからマネジメントと密にコミュニケーションを取っておく必要がある。

まとめ

 広報担当者は、いわゆるスクープ報道記事に対してはマネジメントと連携し「投資家が適切な判断ができるような適時開示を迅速に行う」必要がある。スクープ報道が自社の株価にどのくらいのインパクトをもたらすのか、平時から関係部署から情報を入手して株価への意識を高めておく必要がある。
 最後に「事実か、否か」を確認させない広報は、抜かれた社の記者が最も嫌う行為であるということも肝に銘じたい。広報はスクープ報道されないよう、重大な情報は情報管理を徹底すべきであるが、万一スクープされた場合に備えて、事前に開示すべきコメントを用意しておきたい。

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