経済広報

『経済広報』(2017年10月号)掲載
視点・観点

フェイクニュースの正体

平 和博

平 和博(たいら かずひろ)
朝日新聞東京本社 IT専門記者

 「フェイク(偽)ニュース」がメディア空間に氾濫している。2016年の米大統領選をきっかけに注目を集め、政治的なプロパガンダとしての印象が強いが、ビジネスにも大きな影を落とす。そして、日本も他人事ではない。拙著『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』で紹介したその現実は、まさに今、目の前にある問題だ。

フェイクニュースが発砲事件を起こす

 米大統領選でトランプ新大統領が誕生してから、間もなく1カ月となる2016年12月4日、日曜日の午後3時前。
 ホワイトハウスから車で20分ほどのピザ店に、異様な風体の男が車で乗り付ける。
 男は軍用の自動小銃とリボルバーで武装。地元客らでにぎわう店内に入るや、壁やドアに数発を発砲した。
 けが人はなく、男は30分後、駆け付けた警察官らに包囲され、投降する。
 男は、あるフェイクニュースを信じて、このピザ店にやってきた。
 「ピザ店を拠点に、子どもたちを性的奴隷とする地下組織があり、クリントン氏が関与している」。
 「ピザゲート」と呼ばれるこのフェイクニュースは、米民主党大統領候補だったクリントン氏を標的とし、大統領選の投開票日前からネット掲示板やトランプ氏支持の右派サイトで広まっていたものだ。
 そんなネット上のデマに端を発し、大惨事になりかねない、テロまがいの発砲事件が引き起こされたのだ。
 事件から5日後、米調査会社「パブリック・ポリシー・ポーリング」が公開した世論調査では、約1割が「クリントン氏はピザゲートに関与していると思う」と回答している。フェイクニュースを信じたのは、自動小銃を持ち出した男だけではなかった。

フェイクニュースとは

 フェイクニュースは、混沌とした世界情勢を象徴する現象だ。
 オーストラリアのマッコーリー辞典という英語辞典は、2016年の言葉として「フェイクニュース」を選んだ。同辞典はこう定義している。
 「政治目的や、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、サイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」。
 米大統領選では、そんなフェイクニュースの氾濫が選挙に影響を与えたのではないか、とも指摘された。
 事実が軽んじられる状況を示すという点で、英国のオックスフォード辞典が2016年の言葉として選んだのは「ポストトゥルース(脱真実)」だ。
 その定義は、「世論の形成において、客観的な事実よりも、感情や個人的信条へのアピールが影響力を持つ状況」というものだ。
 事実よりも虚偽情報やデマがネットにあふれ、人々の感情や信条に訴える。
 さらに、人は自分の信じたいことをより信じてしまうという「確証バイアス」や、アルゴリズムによるフィルターで自分の興味・関心に合った情報しか目に入らなくなる「フィルターバブル」が、その傾向を加速していく。
 いったんフェイクニュースを信じてしまうと、事実をもとにそれを否定されても、意固地になってより確信を深めてしまうという「バックファイアー効果」の存在を示す研究もある。

発信者たちと、その動機

 フェイクニュースを拡散する人々の動機は、主に2つある。1つは政治的動機だ。
 米国政府の国家情報長官室は2017年1月に公表した米大統領選に関する報告書で、ロシア政府がサイバー攻撃とフェイクニュースなどのプロパガンダによって介入を行い、トランプ氏の当選を後押しした、と認定している。政治的動機の代表例であり、今に至るトランプ政権の「ロシア疑惑」の源流だ。
 もう1つは経済的動機。東欧・マケドニアなどで、ネット上の広告収入目当ての若者たちが、特にトランプ氏支援のフェイクニュースを次々に発信し、注目を集めた。
 これらの動機が絡み合うケースもある。
 米大統領選をめぐって、共有数100万回以上と、最も拡散したフェイクニュースが「ローマ法王、トランプ氏支持を表明」だった。当初はパロディーサイトが配信していたものだが、選挙戦終盤、トランプ氏支持の政治サイトが丸ごとコピーし、転載したことで、大規模に拡散していった。このケースでは、経済的動機のフェイクニュースが、政治的動機に利用されたことになる。

ネットの上の請負ビジネス

 2017年6月5日、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などの諸国が、ペルシャ湾の小国カタールに対して国交断絶を宣言した。その発火点となったのも、フェイクニュースだった。
 約2週間前の5月24日午前零時14分。カタール国営通信のサーバーに、サイバー攻撃が行われ、フェイクニュースが埋め込まれる。同国のタミム首長が前日に軍事学校の卒業式でこんな演説を行った、と――トランプ政権は長続きしない、イランとの友好推進を。
 米軍基地を擁するカタールは、サウジアラビアなどと共に米国と歩調を合わせる湾岸協力会議(GCC)のメンバー。一方で、サウジなどと敵対するイランとも友好関係にある。フェイクニュースは、このGCCに亀裂を入れるような内容だった。
 サウジやUAEの衛星放送は、フェイクニュースが掲載されてから20分たらずで、これを速報。国交断絶の騒動へと発展した。
 カタール政府の要請でサイバー攻撃の調査協力を行った米連邦捜査局(FBI)は、その手口から、“傭兵”として活動するロシア人ハッカーによるもの、との見方を示しているという。
 このようなフェイクニュースの請負サービスも、各国で広がっている。
 ネットセキュリティー会社「トレンドマイクロ」は2017年6月、フェイクニュースの発信をネット上で請け負うサービスの実態をまとめた報告書『フェイクニュース・マシン』を公開した。
 報告書は、ロシアや中国のフェイクニュースビジネスの価格表などを紹介。選挙への介入にかかる費用を試算し、ウェブサイトの開設や運営など、1年間の工作プランとして、合わせて最低で40万ドル(約4400万円)と見積もっている。

広告引き揚げの連鎖

 フェイクニュースは、人種差別やテロなど、ヘイトスピーチの内容を含むものも多い。そのようなコンテンツがあふれることで、メディア空間への信頼が低下すると同時に、ビジネスへの信頼が毀損されるケースも出てくる。
 2017年3月17日、英タイムズは「納税者は過激主義に資金を出している」と題した記事を掲載。動画共有サイトのユーチューブで、白人至上主義、同性愛蔑視といった差別的な動画に、英内務省などの政府機関やBBC、ガーディアンといったメディアの広告が掲載されている、と指摘した。
 そのインパクトは大きく、英国政府の他、ガーディアン、ロレアルなどによる広告引き揚げの連鎖が広がっていった。
 さらに騒動は大西洋を渡り、米国の大手広告主のAT&T、ジョンソン・エンド・ジョンソン、コカ·コーラ、ペプシコ、ウォルマートなどへ、広告引き揚げの動きは波及した。
 ウォルマートは、ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に、こんなコメントを寄せていた。
 「我々の広告と共に表示されているコンテンツは、驚愕するようなもので、我々の企業価値とは全く相いれない」
 ヘイトコンテンツに対する広告引き揚げでは、フェイクニュースの拡散でも知られる右派サイト「ブライトバート・ニュース」の先例がある。
 白人至上主義、女性蔑視などが入り交じるトランプ支持のグループ「オルトライト(オルタナ右翼)」の拠点を自認する「ブライトバート」に対して、ボイコット運動と広告離れの動きが、米大統領選後に拡大。このボイコットを主導するグループ「スリーピング・ジャイアンツ」のまとめでは、ケロッグ、BMW、VISAなど、広告を停止した広告主は2000社を超えている。
 一連のフェイクニュース問題を受けて、広告主も自社のブランドを毀損の危険性から守る「ブランドセーフ」のため、コンテンツの信頼性には極めて敏感になっている。

巨額の罰金を科す

 フェイクニュース拡散の舞台として、批判の的になったのは、フェイスブック、グーグルなどのサービス事業者だ。
 米大統領選後、両社は相次いで対策を打ち出す。一つはフェイクニュースサイトへの広告配信の停止。これにより、収入源を断つ狙いだ。
 さらに、メディアと連携した真偽の検証「ファクトチェック」だ。コンテンツの真偽に疑いが出た場合、報道機関やファクトチェックサイトが検証を行い、フェイクと認定されれば、ページ上に「警告」を表示する。
 またフェイスブックは、大学などと協力し、ユーザーがニュースの真偽を区別する「リテラシー(判断能力)」の向上と普及に向けた取り組みも進めている。
 対策に動いているのは事業者だけではない。
 欧州議会は2016年11月23日、ロシアおよびイスラム過激派による欧州連合(EU)を標的としたフェイクニュースなどのプロパガンダを非難し、警戒を呼び掛ける決議を賛成多数で可決した。
 さらにドイツでは2017年6月30日、フェイスブックなどのソーシャルメディアに対し、ヘイトスピーチやフェイクニュースの排除を義務化。「違法な」ヘイトスピーチを覚知し、24時間以内に削除などの対策を取らなければ、最大で5000万ユーロ(約65億円)の罰金を科す法律が成立した。
 この法規制に関しては、ネット上の「表現の自由」への懸念を指摘する声も出ている。

日本で起きたキュレーション問題

 米国で大統領選をめぐるフェイクニュースの氾濫が社会問題化したのと同じ時期、日本でも注目を集めた事例がある。キュレーションサイト問題だ。
 IT大手の「ディー・エヌ・エー(DeNA)」の医療・健康情報サイト「WELQ(ウェルク)」が、他サイトの記事の無断利用や、肩こりについて「霊が原因のことも」などと、事実に基づかないコンテンツを配信していたことが発覚。その後、DeNAの他のサイトや、他社の同種のサイトにも問題は波及し、日本においてもフェイクニュースの議論が広がるきっかけとなった。
 コンテンツの正確性や信頼性よりも収益を優先させ、ネットに大量の疑わしいコンテンツを氾濫させたという点で、米国での経済的動機によるフェイクニュースの氾濫とも共通する。
 フェイクニュースの氾濫が続けば、特定のネットサービスの品質の問題にとどまらず、ビジネスと顧客をつなぐメディア空間そのもの、さらにはそこで展開されるブランドに対する信頼にダメージを与える危険性がある。
 民主主義社会と経済の信頼を揺るがす問題なのだ。 

(たいら・かずひろ)
朝日新聞東京本社IT専門記者(デジタルウオッチャー)。早稲田大学卒。朝日新聞社入社後、社会部、シリコンバレー駐在、科学グループデスク、編集委員などを経て現職。個人ブログ「新聞紙学的」。新著『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』を6月に刊行。他に著書『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書に『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』など。

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