経済広報

『経済広報』(2017年10月号)掲載
企業広報研究

海外に向けての経営者のプレゼンテーション

加藤葉子

加藤 葉子(かとう ようこ)
エデルマン・ジャパン(株) ディレクター

プレゼンテーションの上達と1万時間の法則

 何事もプロと言えるように上手になるには1万時間かかるという、「1万時間の法則」という説があります。『ザ・ニューヨーカー』のマルコム・グラッドウェルは、著名なスポーツ選手や芸術家を検証し、内容の濃い練習を1万時間積めば、どんな分野でもプロ並みになれると主張しています。
 よくアップルのスティーブ・ジョブズがプレゼンテーション(以下、プレゼン)の天才だといわれますが、若くして起業し、その後も波瀾万丈な職業人生を過ごした彼は、若くして1万時間のプレゼンの経験を積み上げていたのでしょう。心に残る彼のプレゼンも、生まれ持っての才能やセンスだけでなく、努力と経験の結果だともいえるのです。私は、これまで約20年にわたりメディアトレーニングやプレゼンテーショントレーニングに携わってきましたが、個人のプレゼンの巧拙は才能3割、繰り返しの練習が7割で、経営者の海外向けプレゼンの成功は、広報担当者をリーダーとする周囲の支援が成功の9割を占めるという印象です。

海外でプレゼンの強者と同じステージに立つ日本人経営者

 日本の企業のグローバル化に伴い、日本人経営者が日本人以外の聴衆に対してプレゼンをする機会が増えています。社外でのプレゼンに限らず、買収先の現地従業員に向けた初めてのタウンホールミーティングなど、事業戦略の成否に関わる機会も増えています。外国人投資家が急増すれば、決算発表での情報開示への期待や要求も変わります。
 新たな海外のステークホルダーからの期待に応えるために、日本人経営者は母国語以外で、あるいは通訳を介してというハンデを抱えながら奮闘しています。その上、同じ壇上に上がる他のプレゼンターは幼いころから意見をまとめて発表する訓練を重ね、そしてそれを駆使して成功した強者ばかりです。声高に主張することを学校で教わらず、社会に出ても空気を読んで和を重んじ、あうんの呼吸で理解し合いながら過ごしてきた日本人は、圧倒的に訓練不足、練習不足であり、対策を講じなければなりません。

All for Oneの支援体制を

 「社長は原稿を読まないので作りません」「社長は時間がないのでリハーサルは厳しいです」と聞くことは珍しくありません。海外向けのプレゼンでは、それでは危険です。ここで広報担当者が忖度(そんたく)し過ぎてはいけません。「社長の品質への日ごろの思いをここで語ってください」「このスライドではこの製品の強みを語ってください」では不十分です。国内でのプレゼンよりも綿密な準備をAll for Oneのチーム体制で進めましょう。
 All for Oneチームには、プレゼンの設定に関する情報収集者、プレゼンの内容に精通したスライドの作成者、またスライドの見栄えを美しく、見やすくするデザイナー、経営者のアシスタントなどが加わります。そして広報担当者は全体を把握し、力強いメッセージが織り込まれた読み原稿と社外の目線を取り入れたQ&Aを作り、リハーサルを担当する重要な役割を担います。
 まずは工程表を作りましょう。国内向けの日本語でのプレゼンの準備よりも英語のネイティブ・チェック、読み原稿音声の作成、デザイナーによるスライドの調整などが含まれるので、工程表は長く複雑になるはずです。
 加えるべきものとして、海外で見る「変な日本語」のような違和感を聴衆に与えないために、スライドの英語のネイティブ・チェックは欠かせません。また、英語のネイティブ・スピーカーによる読み音声データもお勧めです。携帯電話に音声データを保存すれば、飛行機での移動時間などを利用して繰り返し聞くことができます。イントネーションや息継ぎのタイミングが身に付き、自然な発表ができるようになります。そして原稿に慣れることで、目線を配るような心の余裕もできることでしょう。
 人は吸収する情報の8割を視覚に頼っているといわれています。美しいグラフや魅力的な写真、直感的にメッセージを伝えるアイコンなどを使い、色彩やデザインに統一感のあるスライドを作るためにデザイナーの手を借りましょう。画像の粗い写真や安っぽいクリップアートは、プレゼンの内容への信頼を損ねます。
 追加工程があるため、スライド作りに割ける時間は短くならざるを得ないので、経営者の意見を聞き取るタイミングを前倒しにすることも、ギリギリまで修正が続くことを避けるために重要です。そしてスライドをシンプルにすることも効果的です。

「プレゼンテーション」は「プレゼント」

 日本人は贈り物が好きです。お中元やお歳暮のコマーシャルでは「きっと喜んでくれるだろう」と相手を思い、受け取る側は「よく私の好みが分かりましたね」と嬉しそう。プレゼンも同じです。相手が知りたい情報を見極め、要望をくんだ有益な情報を提供することはプレゼントを贈ることと本質的には同じであり、日本人の得意とすることです。
 残念なプレゼントと残念なプレゼンの共通点は、送り手が受け手の期待を外したという点です。目の前の聴衆の求めるものは何か。情報か、学びか、説得か、親近感か。見極めが重要です。経営ビジョンを聞きたい聴衆に過去3カ月の売り上げを細かく説明しても満足はしないでしょう。社会課題を議論する場で新サービスばかり語るのも同様です。ミスマッチを防ぐのは情報収集担当者の任務です。
 もちろん受け手の関心事が必ずしもこちらに都合が良いとは限りませんが、厳しい話題に真摯に向き合うのは信頼につながります。不振事業に高い関心が寄せられているのであれば、不振の理由に2割、改善策に3割、そして対策後の成長戦略に5割の情報を割り振れば聞き手を納得させつつポジティブな情報を提供できます。
 「何を伝えたいか」よりも、相手が「何を聞きたがっているか」を見極め、それに応えるよう目を光らせるのも広報担当者の役目です。

「について」ではなく「そのスライドで言いたいこと」を書く

 海外で不評な「日本流パワポ」には2つの特徴があります。それは「について」と「情報爆弾」です。
 企業のホームページでプレスリリースのリストを見ると、タイトルが全て「……について」となっている場合があります。人事異動について、〇〇の発売について、〇〇社との統合について。「について」は中立的で使い勝手が良いのですが、英語に訳すと呑気でぼんやりしたものになってしまいます。「理由や意義は本文のデータを見て判断してください」と言っているようなもので、海外のステークホルダーには良くて不親切、悪ければ逃げとしか受け取られません。
 経済産業省のホームページのプレスリリースのリストを見ると、題名を見るだけで大まかな内容が伝わるようになっています。海外ステークホルダーに向けた情報発信が重要な組織だからこその優れた取り組みだといえます。
 「について」は、スライドのタイトルにもよく登場します。整然とした印象を与えますが、結論が容易に伝わりません。結局言いたいことは何なのか、それを言葉にしてタイトルに書くのです。「今期の業績拡大の要因(について)」ではなく、「中国での売り上げ拡大が増益を牽引」という書き方は、海外で理解されやすくお勧めです。
 タイトルを短くまとめられないスライドは、「情報爆弾」になっている可能性が大なので、論点の整理が必要です。スライド作成の基本中の基本として「ワン・スライド・ワン・メッセージ」というものがありますが、「情報爆弾」はこれを守っていないスライドです。細かい数値、グラフ、小さい文字がびっしり書かれたスライドです。「ジャパニーズ・スライドは見るとめまいがする」という感想は、かなり頻繁にひそひそ声でささやかれています。植木を剪定(せんてい)するように無用な情報を切り捨てましょう。
 短歌、茶の湯、枯山水を愛でる日本人のスライドが、なぜ「情報爆弾」になるのでしょうか。背景には「解釈を押し付けず数字に真実を語らせるべき」という奥ゆかしさがあるのかもしれません。しかし、少なくとも英語圏においては、数字の意義や解釈を提示するのは情報発信者の義務であり、礼儀だと捉えられています。データや箇条書きの最も重要な点は何なのか、スッキリはっきり一息で言うと何ですか。その答えがスライドのタイトルです。
 「について」と「情報爆弾」を避け、スッキリと各スライドに1つの主張がまとまったプレゼンで海外の聴衆をうならせましょう。この国内外のプレゼン・スタイルの違いをチームに浸透させ、聴衆の好むスライドの完成に導くのも広報担当者の重要な役割になります

フェイクではなく、自分らしくあればいい

 では、日本の経営者に対して、海外の聴衆やステークホルダーはどのようなプレゼンターであることを望んでいるのでしょうか。エデルマンが毎年実施している信頼度調査、トラストバロメーターの2016年の調査において、信頼するためにCEOに望む資質を尋ねていますが、その結果は日本人の経営者には朗報です。北米、欧州共に正直であることが最も求められているのです。いずれも日本人経営者の多くが持ち合わせている美徳であるとすれば、日本人経営者は正直で「自分らしくある」ことで高く評価されるのです。
 他にも「2017 エデルマン・トラストバロメーター」の調査で、英語を母国語としない日本人経営者にとって好都合な結果が出ています。あまりにも流暢に台詞を丸暗記した印象を与えるよりも、多少たどたどしくてもその人の心が伝わるプレゼンの方が信頼されているというものです。
 これは、欧米のスタイルに合わせることに固執する必要はないと解釈できるでしょう。無理にステージを左右に歩いたり、ジェスチャーを使うことにこだわらない方が無難です。演台やプロンプターを適宜使い、いつもよりもゆっくり話し、視線を左右に配り、要所で十分に間を取りながら笑顔を見せ、気持ちを一番遠くの聴衆まで投げ掛けるつもりで話せば、きっと気持ちは伝わります。

パッションは共通語

 最後に英語の苦手意識が強い経営者の方々に思い出話を贈ります。20年以上前に香港の高級家具の問屋街を散歩していたとき、日本人のバイヤーの値段交渉の場に遭遇しました。前のめりで大きな声で言った、今でも忘れないその言葉は、「シンサン(先生)、シウシウ(少々)ディスカウントやで!」広東語と英語と関西弁が交ざったこの短い文章で、そのバイヤーさんは値引き交渉に成功したようでした。後に簡単な単語と表現で臆せず英語でコミュニケーションする「Globish」という考え方を知ったときに、我が意を得た気がしましたが、あのバイヤーさんはGlobishの先駆けだったのです。流暢な発音やしゃれたイディオムは、ビジネスのプレゼンで必須ではありません。無理にジョークでアピールしなくても、自分らしい、真摯な姿勢で論点を絞り、パッションを込めて語れば思いは伝わります。
 企業経営という難しい舵取りをする日本人経営者の思いを「一つヒントを持って帰れたら上々」と思っている聴衆が待っています。ぜひ、All for Oneのチーム体制で準備をして舞台に立ってください。世界が日本の経営者のパッションを聞きたがっています。
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