経済広報

『経済広報』(2018年1月号)掲載
第33回「企業広報賞」受賞者インタビュー

善の巡環
〜他人の利益を図らずして自らの繁栄はない

吉田忠裕

吉田 忠裕*(よしだ ただひろ)
YKK(株) 代表取締役会長CEO
       *「吉」の土は下が長い

YKK精神と経営理念、より実践につなげるコアバリュー

「企業広報経営者賞」の受賞、誠におめでとうございます。今回の受賞は、非上場企業でありながら、情報開示に積極的な姿勢を見せ、経営トップとして、自ら社会との対話を重視した経営を展開し、海外で現地に根差した事業を行い、その国・地域の活性化に努めていることが評価されました。「企業広報経営者賞」を受賞されてのご感想をお聞かせください。

吉田 受賞後に様々な反響があり、改めて大変に名誉ある賞を頂いたと感じました。YKKは創業以来、“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”というYKK精神「善の巡環」を、全事業を貫く精神的支柱として活動してまいりました。また、正確な情報をお伝えするために、良いことも悪いこともありのままに伝えていく姿勢で取り組んでいます。何か特別なことをしているというわけではないのですが、こうした普段から行っていることが評価につながり、大変嬉しく思います。

YKK精神「善の巡環」とは、どのような考え方でしょうか。

吉田 「善の巡環」は、創業者・吉田忠雄の考えを集約したものです。吉田忠雄が残した教えは数多くあります。しかし、企業精神と呼ぶには、あまりにも多いのです。そこで「善の巡環」という一言で明確に示し、説明文を加えるという形式の方が分かりやすいと思い整理しました。吉田忠雄が創案した「善の巡環」という言葉に、“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”というフレーズを加えたのです。
 しかし、私が社長就任のあいさつで、「これから、『善の巡環』の精神を継承し、経営していく」と述べると、「あなたは吉田忠雄とは違う個人である。先代の考えをそのまま踏襲し、経営していくのは理解できないことではないが、あなた自身が何をしていきたいか、どのような思想と方針を打ち出すのかが伝わらない。あなた自身の言葉で説明してほしい」と、海外のある市長の方からご指摘いただきました。そこで、私は1年かけて「更なるCORPORATE VALUEを求めて」という経営理念を考えました。「善の巡環」を未来永劫変わらないYKK精神とし、この経営理念は、社長がそれぞれの時代に合わせて考える言葉として、状況によって変えていく必要があるものとしました。つまり、経営理念はYKK精神を時代の変化に合わせて補完するという位置付けになります。
 また、この経営理念を示した後、2007年に3つのコアバリュー(「失敗しても成功せよ/信じて任せる」「品質にこだわり続ける」「一点の曇りなき信用」)を定めました。このコアバリューは、社員から経営に提言され、経営が承認したものです。外国籍の社員も含め、1万5500人の社員に、YKKが創業以来大切にしてきた創業者の15の考えの中で、特に大切にしたい考えを投票してもらい、最終的にこの3つを選び出しました。トップダウンで決めるよりも、そういうプロセスを踏むことで、社員の意識も変わっていきます。担当した社員は苦労したと思いますが、このプロセス自体が、YKKについて考えてもらう良い機会になったと思います。

YKK精神を根付かせる「車座集会」

YKKらしさを浸透させるために、どのような取り組みをされていますか。
吉田 役員と社員が理念について語り合う「車座集会」や「語らいの場」などを通して、社員への経営理念の浸透に努めています。海外に出張したときは、現地の社員とも語り合っています。
 海外社員との「車座集会」でも、様々な質問が飛び交います。海外の集会では、周囲を日本人の上司が囲みます。その中で、私に質問をする社員は、おそらく以前にも、同じ疑問をその周囲の上司たちに質問したことでしょう。つまり社員は、上司の回答と、私の回答を比較することになります。上司たちは戦々恐々としながら、その場面を見守っています。
 しかし、表現の違いはあるものの、結局は私の回答も上司たちの回答も、「善の巡環」に即したものに行きついており、こうした集会の回数と時間を重ねれば重ねるほど、YKK精神や経営理念、コアバリューは浸透していくと実感しています。
 国や地域、職場が違えば、その分、様々な問題が起こり、悩みも生じます。その悩みを「車座集会」などのオープンな場で打ち明けてもらいます。例えば、ある工場で働く女性が、同期入社の男性と同じような仕事をしているにもかかわらず、男性だけが昇格しているという相談をしてきました。私は、理由があるならば、その理由を上司から聞くように促し、理由がなければそれはおかしいと答え、その場で上司の耳にも入るようなアクションを取りました。そうしたのは、上司にあえて聞こえるようにすることで、YKKにはフェアなマインドがあり、フェアなアクションが行われるということを社員に伝えたかったからです。
 社員が悩みを抱えたまま、不安に思っているより、積極的に発言した方が、個人にとっても周囲にとっても良いことです。そうすることで、YKKの考えを理解してもらうだけでなく、職場でのオペレーションに納得してもらえます。また、それがその社員の意欲につながっていけば、私としても嬉しい限りです。そういう機会を数多く設けることが大切だと思っています。
御社は非上場であり、社員が株主です。社内コミュニケーションを行う際、そうした状況を意識している面はありますか。
吉田 吉田忠雄は、「誰かに使われている、誰かに雇われているではなく、皆が経営者であり、労働者であるという意識を持ってほしい」と、全ての社員に対して、ずっと言い続けてきました。わが社では、フラットな人間関係を維持し、全員に対してフェアな扱いをするよう心掛けています。外国人社員も数多くいますが、経営理念に掲げているキーワードの一つ「公正(フェアネス)」という言葉がワンワードではない国もあれば、フェアネスに当たる言葉が存在していても、ニュアンスが異なることもあります。ですから、丁寧に伝えていく必要があります。
 技術・製造担当であっても、営業担当であっても、事務担当であっても、今抱えている問題について問うと、納期やクレームといった、日々の様々な話が出てきます。私は、それに対してどんな対応をしたかを聞くようにしています。回答によっては「こういう方法もあるかもしれないよ」と諭すようにしています。例えば、クレームは、お客さまの要求にミートしていないから出てくるもので、我々の大事な財産です。なぜ、ミートしていないのか、ミートする内容が分かっていないのか、どうしたら解決できるのかといった現場の一つひとつの事例から掘り下げていきます。「理念とは……」と社員に説明するよりも、その方が伝わります。

現地に根差した事業活動

YKKグループでは世界6極経営体制を取られていますが、どのように経営やコミュニケーションを行っていますか。

吉田 海外拠点から日本の技術陣に正確に技術的な問題を伝えるためには、今はまだ、現地に日本人が必要です。また、日本の技術陣が考えていることを現地に伝えるためにも、現地に日本人が赴任している必要があります。そうした状況がなくなるまでは、日本人社員が一定数、現地に必要です。今、海外拠点では、日本人社員の割合は5%ほどです。
 技術開発や商品開発の分野に、いち早く顧客の声をつなげることが大切です。各地に製造工場はあるものの、技術開発拠点や商品開発拠点が全ての進出国や地域にあるわけではありません。今後、6カ所ほどのR&Dセンターの数を9カ所にしたいと思っています。R&Dセンターの中核を担っているのは、富山県の黒部です。私は黒部を「技術の総本山」と呼んでいます。この黒部に、材料から機械、商品まで開発・製造する、あらゆるプロセスが全て備わっています。今、この拠点に各国・地域の声を集約し、そこで勉強して自分の拠点に持ち帰り、加えて、この役割を日本人だけでなく、外国人技術者も担えるように取り組んでいます。
 71カ国・地域に拠点があるので、必要な言語は37、38カ国語ほどあり、国内1万7000人と、海外2万7000人の社員から成ります。彼らをまとめていくというよりも、様々な問題に対しすぐに対応できるような体制にしたいと思っています。私は、本社はどこにあってもいいと考えていますが、海外拠点に関しては、現地で解決できるものは解決し、解決できないものは日本へ持ってくる必要があると考えています。
 YKKの考え方は、「グローバル」ではなく、むしろ「インターナショナル」であり、「ワン・ツー・ワン」です。決して同じものを作って世界中に売るという発想はなく、むしろ、顧客の一つひとつのニーズにどうミートするかという発想で取り組んでいます。

本来の事業活動に加え、地方創生のための活動も評価されました。

吉田 私は別に地方創生のために活動しているわけではなく、創業以来の“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”という「善の巡環」に基づく取り組みが、地方創生を話題にするような時代と、偶然マッチしたものと考えています。企業は、文化や考え方などの多様性を尊重しながら、企業活動を通して社会の発展に貢献する責務が一段と高まっています。我々は、今後も「善の巡環」を根本に、社会と共存し、共に存続していきたいと思っています。

ありのままを伝える広報

リスクマネジメントや危機管理広報についてはどのようにお考えでしょうか。

吉田 リスクは、なるべく小さいうちに、我々の元に届かなければなりません。そしてそれを公表することが大切です。従って、リスクを感じたときに、誰もがすぐに相談できるような体制が望ましいと考えています。いろいろな手段を講じ、体制をつくれば、社員は相談をしてくれると実感しています。
 広報活動では、良いことも悪いことも包み隠さず、発信していくように心掛けています。情報を少し上げ底したり、内容を変えて発表してはいけません。後に発表したことと前回の報告の整合性が取れないようなことにならないためにも、当初から良いことも悪いことも発信することが大事です。最近、リスクマネジメントで問題となっている企業が数多くありますが、こうした事例を他山の石と見るのではなく、大いに参考にし、内部で検証していかなければいけません。

広報に対しての考えをお聞かせください。
吉田 宣伝・広告は、お金を払うことにより、自社の良さを伝えるものであるのに対して、広報は、良いことも悪いことも、素直に社会に伝えるものであり、その違いを履き違えてはいけないと社内で訴えてきました。最近、その考えが浸透してきたと実感しています。
 私は、広報担当者に細やかさと正確性を望んでいます。広報は、一見取るに足らないような情報であっても、自社に応用できるよう結び付けられる細やかさが必要だと思います。感受性が高ければ、ちょっとした情報から、そういうことをいち早く、見つけ出すことができます。
聞き手:佐桑 徹 経済広報センター 常務理事・国内広報部長
(文責:国内広報部主任研究員 遠藤 瞭太)
pagetop