経済広報

『経済広報』(2018年3月号)掲載
第33回企業広報功労・奨励賞を受賞して

旭化成の広報を振り返って

山崎真人

山崎 真人(やまざき まこと)
旭化成(株) 理事 購買・物流統括部長

広報を離れて

 今回は広報に携わる者として、伝統と名誉ある賞をいただき、大変ありがたく感じている。当社では、私の前々任である山中塁氏が、2003年に同じ「企業広報功労・奨励賞」を受賞しているが、改めて評価いただき非常にうれしく思う。
 私は2017年4月に、15年間の広報生活、10年間の広報室長生活から離れ、今の部署に異動した。広報を離れての一番の変化は、新聞を1紙しか読まなくなったことである。広報室長時代は自宅で9紙の新聞を取っていたが、1紙では新聞の比較ができないため、何が独自記事か分からなくなった。一般的には1紙しか読んでいない人も多い中で、ある新聞社の報道、記事、トーンが読み手にとってのメインの情報ソースとなる。広報時代はマスコミを怖いと思ったことはなかったが、報道の仕方やトーンは新聞によって違い、改めてマスコミの怖さを感じる。

旭化成グループの紹介

企業概要
 旭化成は、1922年に宮崎県延岡市で創業した。延岡市は旭化成の企業城下町であり、今では当たり前となっている出前授業や地域の子どもの次世代育成活動を20年近くやっている。当社の技術系OBがボランティアで中学校や小学校へ行き、授業や実験のサポートをする活動も、始めてから10年近くたつ。創業の地というのは、地域貢献を含めていろいろな活動をしやすい面もあり、当社は延岡市と地域ぐるみで発展してきた企業といえる。
 現在、旭化成グループの従業員数は3万3000人、昨年度の売上高は1兆8830億円。生活製品(「サランラップ」「ジップロック」)や住宅部門(「へーベルハウス」)などを中心とするBtoCビジネスが全体の3割、残り7割がケミカル、繊維、エレクトロニクス、ヘルスケアなど幅広い分野でのBtoBビジネスである。
企業理念とその浸透

● グループ理念:私たち旭化成グループは、世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献します。
● グループビジョン:「健康で快適な生活」と「環境との共生」の実現を通して、社会に新たな価値を提供していきます。
● グループバリュー:
「誠実」: 誰に対しても誠実であること。
「挑戦」: 果敢に挑戦し、自らも変化し続けること。
「創造」: 結束と融合を通じて、新たな価値を創造すること。
● グループスローガン:Creating for Tomorrow 昨日まで世界になかったものを。
(2011年4月に改定)

 グループバリューでは、従業員が持つべき3つの価値観を定めている。特にインターナルコミュニケーションにおいては、日頃からこの3つの浸透に努めている。昨今の様々な企業不祥事についても、「コンプライアンス意識を徹底させる」と言うのは簡単であるが、その前提となる企業の文化や風土に関わる企業理念をきちんと全体に浸透させることは非常に重要であり、難しいことでもある。国内各地に点在する工場、営業所や支店、さらに海外まで含めて考えると、経営トップが本社で考えていることを隅々までいかに浸透させるか、理解させるかということの難しさを、今の仕事に就いて改めて感じる。広報時代は比較的経営に近い仕事の中で、企業理念や経営方針なども身近に感じ、当たり前に意識していたが、実は社内全体ではまだ充分に理解されていない。これは、先ほどのマスコミの怖さの次に、広報を離れて実感したことである。

旭化成の広報組織について

広報活動の目的
 広報の組織は、1949年に総務部広報課として設立された。その背景は、戦後に当社が社債発行により資金調達をすることになった際に、当時の旭化成に知名度がなく、引き受け手が集まらないと指摘されたことからであった。広く社名の宣伝・PRをするために、広報の専門機能を立ち上げたということから始まったと聞いている。
 その流れをくんで、旭化成の広報活動は、企業価値の増大・ブランド力の向上を目的としている。現在の活動目標は、①グループ全体のコミュニケーション機能として社内外への戦略的広報・ブランディング活動の推進、②グループ求心力の確立と健全な組織風土の醸成、③ブランド管理・リスク管理体制の強化、の3つである。広報室の中には報道・宣伝・CSRの3つのグループがある。主には、報道と宣伝という2つの機能を両輪に、限られた資源の中でステークホルダーとのコンタクトポイントを最大限に有効活用し、コミュニケーション活性化のための活動を行ってきた。両方とも目的は全く同じで、企業価値・ブランド力の向上であるが、コミュニケーションの手段・方法が違い、これらを車の両輪のごとく、過去から活動をしている。宣伝についていうと、広報室では基本的に企業広告、まさしく企業イメージや企業認知度を向上させるための広告・宣伝を行い、商品広告・製品広告は各事業のマーケティング部門が担うという役割分担をしている。
広報室の体制
 広報室の組織人員は、広報室長の下に報道グループ5名、企画・宣伝グループ3名、CSRグループ3名、その他翻訳とウェブ(管理)の専門スタッフ3名がおり、計15名体制である。さらに組織上は、旭化成ヨーロッパ、旭化成中国に各々所属する2名が、広報の機能を担うという意味で東京の広報室と連携を取っている。
 報道グループは国内外マスコミ対応・リスク対応を、企画・宣伝グループは広告/宣伝活動・コーポレートブランド管理・コミュニケーションツールを、そしてCSRグループは社会貢献活動・グループ社内報(日・英・中)・統合報告書(旭化成レポート)の作成を担当している。それぞれが社内の各専門部署と連携している。
グローバル広報体制
 海外では、米国(ニューヨーク)、欧州(デュッセルドルフ)、中国(上海)の3カ所に統括機能を持った拠点が設置されており、2017年から順次広報要員を派遣している。まず2017年1月に欧州に広報課長を派遣。欧州で需要が多い展示会などを通して、現地でのPR活動を積極的に行うとともに、リオ五輪のメダリストによる柔道教室などのCSR活動も行い、現地のメディア関係者と様々なコネクションをつくりながら、欧州での知名度を上げるために活動している。中国については2017年4月に中国人スタッフを採用し、7月から中国国内の広報活動、展示会関係、CSR活動、中国語の社内報・グループ報の制作などを担当してもらっている。米国では2012年と2015年に2社、各々2000億円規模のM&Aを行い、従業員数が非常に増えた。買収した現地の会社と連携し、グループ全体や米国での旭化成の様々な活動情報を発信することと、個々の会社の広報活動を共有するというミッションで、広報担当者を派遣予定である。

現状の課題

① グローバル対応
・ 今後の各事業活動を展望すると海外ブランディングや、海外従業員へのブランド浸透、リスク管理などの重要性が増大
・ 2017年より欧・米・中へ広報要員を順次派遣
② デジタルメディア上の展開
・ ソーシャルを含めたデジタルメディア上のグローバルなインターナルコミュニケーションや広告・宣伝の取り組みもブランド力の強化・向上のために必要
・ マスからパーソナルへ情報接触が変化する中での、BtoBコミュニケーションの在り方
③ 効果測定
・ 広報活動の効果測定……現在は、半期ごとの企業好意度をKPI指標の一つとしている
・ 広告費用、協賛費用の考え方……CSR活動も踏まえ、その費用は投資かコストなのかはいつも問題となる
④ 人材育成
・ 広報人材の育成と組織力強化……昨年、広報メンバーのほぼ半数に異動があり、若返りを図った一方で、経験値が低下しているのも事実
・ ワークライフバランス/働き方改革の推進
・ いつの時代も広報担当のリスク対応力の強化は必要

危機対応広報について学んだこと

 最後に、危機管理・危機対応広報について自らの経験を踏まえて思うことであるが、危機対応広報はマニュアル通りにはいかない、またマニュアルには書いていないことの方が多い。広報室長として、自分なりの信念(判断軸)を持ち、それを広報のメンバーを含め周囲に示していくことが必要である。当社の場合、この信念のベース、よりどころは当社のグループバリューである。その上で、広報室長が最前線に立たなければ周りはついてこない。これは広報に限らず、上に立つものの責務で、現職でも変わらないと思っている。
1.リスク予測は入念に(問題の広がりと収束の予測・最悪のシナリオの想定)
 リスクの予想はできても予測は難しい。問題が収まるまでにどれくらいの時間がかかるか、広がりがどの程度になるか、将来のことは誰にも分からない。従って結局は起こったこと、目の前のことに対して、一つひとつ丁寧に誠実に対応するしかない。誠意を持ってきちんと対応し続ければ相手に通じるものである。
2.メディアトレーニングは必要(平時、緊急時共に)
 会社である以上、スポークスマンは人事異動で代わるので、継続的に実施すべきである。
3.メディアとの付き合いは公平・公正に
 危機対応広報ではメディアの保有する(記者がつかむ)情報の格差が広報とメディアのさらなる軋轢を招くことに十分に注意すべき。
4.記者の立場を理解する
 記者もサラリーマン、広報も記者もそれぞれの会社の窓口であり、利益代表者である。企業で広報という職を担う以上、相手の立場を理解し、できる限り寄り添うべき。
5.社会と会社の交通整理(特に広報は「会社の論理」と板挟み)
 広報は、問題が起きたときに、会社と社会・メディアとの間に立って、交通整理をしなければならない。一般的に会社は会社の論理で物事を進めようとすることがある。社会との温度差を図り、交通整理をすることはなかなか難しく、信念と覚悟がないとできない。
6.社会の理解はマスコミの理解
 社会の常識、社会がどれだけ受け入れてくれるかを知る感性を持つ。社会の理解=マスコミの理解ということをどこまで理解しているか。やはり広報は絶えず「それでは通用しません」ということを言える、思える感度を持つことが必要である。
7.事実を伝える難しさ(マスコミがストーリーを描く、難しいことを分かりやすく)
 マスコミはストーリーを持って聞いてくる。このストーリーは読者や視聴者を意識したものが多く、このストーリーに当てはめる取材を行うことも散見される。「事実は何か」を絶えず把握することが、広報も記者も必要である。広報は、誰に対しても事実を分かりやすく、忍耐強く伝えるということを心掛ける必要がある。
8.最初が重要
 人と人が相対する以上、第一印象は重要であり、最初に会社の情報公開の姿勢を見せることが必要である。言っていることは信頼できるのかということが全ての始まりであり、その後の展開も左右する。
9.平時の良好な関係づくりが重要(メディア・行政・業界など)
 常日頃から、メディアとの良好な関係づくりが必要である。編集・報道といった記者側と、広告・事業・営業といった営業側の人がメディアにいるが、両方とも同じメディアの一員であることを重々肝に銘じるべき。広報と宣伝がある当社広報室は、一つのメディアとのパイプをより多く持っているという意味では幸いした。


 ブランドは企業の重要な資産である。絶えずブランド構築を意識し、企業イメージの向上に努めることで、問題が起きた後の早期のブランド回復も可能となる。メディアが多様化する中で、日常からの地道なメディアとのバランスの取れた関係づくり、ブランド構築に向けたコミュニケーションが、今後もますます重要になってくると感じる。

(文責:国内広報部主任研究員 井上 由美)
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