経済広報

『経済広報』(2018年7月号)掲載
特集 危機管理広報

非常時記者会見のポイント

中島 茂

中島 茂(なかじま しげる)
中島経営法律事務所 弁護士 

非常時でも広報の目的は「信頼と好感」

 不祥事の発覚やシステムトラブル・工場事故の発生など、非常事態が起きた時の「非常時広報」は極めて難しい。新製品や新事業計画の発表などの「平時広報」とは天と地の違いがある。平時広報はこちらから積極的に発表したい気持ちであるのに、非常時広報では、できれば緊迫した場面から逃げたいし、マイナス情報は開示したくないという心理状態になっているからだ。
 しかし、平時でも非常時でも広報の「目的」は同じだ。目的は企業に対する消費者・社会の信頼を獲得し、好感を抱いてもらうことである。「信頼と好感」は、平時・非常時を問わず、広報活動を行う上でのキーワードだといえる。「非常事態で、信頼と好感?」と思われるかもしれない。が、例えば「データ改ざん」が発覚した時に、徹底した原因究明を行い、解明された原因にピタリと対応する再発防止の努力を尽くし、そのプロセスを世間に示すことで「信頼と好感」を維持することは十分に可能である。むしろ信頼を高めることすらできる。何者かによって解熱頭痛薬にシアン化合物を混入された「タイレノール事件」では、米国の製薬会社は行政・司法当局の反対を押し切ってリコールを断行した。その姿勢が消費者・社会の信頼につながり、失われたシェアは2カ月後には回復を見せ、10年を経た後ですら、同社に対する社会の信頼度はトップに輝いた(2001年2月7日「THE WALL STREET JOURNAL」・2000年9月27日~10月17日ハリス・インタラクティブとレピュテーション・インスティチュートによる第2回企業イメージ調査)。国民生活センターによるアンケートでも、リコールを実行する会社に対する一般の人の印象については、「信頼は変わらない」が34.3%、むしろ「信頼度は高まる」が47.3%という結果が報告されている(2003年8月8日日本経済新聞・2003年2月国民生活センター調査)。
 非常時にあっては「記者会見など行いたくない」と思うのが人の常であり、それが本能的な反応かもしれない。しかし、そうした本能に反してでも、覚悟を決めて記者会見を行うべきだ。そうした「伝える決意」を持って広報活動を実行することが、結局のところ、企業の損失を最小限に食い止めることになり、「信頼と好感」につながっていく。

「即時第一報」の原則

即時第一報の必要性
 非常時広報は即時に行わなければならない。世間は、非常事態の状況がどうなっているのか一刻も早く知りたいし、企業がどのように対応していくのか、すぐにでも知りたい。健康に影響のある商品が出回っている、個人情報がリスクにさらされている、設備の危険性が明らかになったなど、消費者や地域社会に現実の利害が出てくると、その「一刻も早く知りたい」という欲求は切実になる。非常事態においては、企業は即時に広報活動を行い、消費者・社会に第一報を示すことが必要である。「即時第一報」の原則と言ってよい。その「第一報」も、ホームページ(HP)に掲載すれば事足れりとするのではなく、可能な限り経営トップが自ら記者会見を行うなど積極的に行うべきである。消費者・社会は即時に顔を見せたトップの姿を見て、また肉声を聞いて、ひとまずは落ち着く。


事例「ごみ処理施設爆発事故」
 ところが、「即時第一報」はなかなか難しい。「逃げたい」「開示したくない」という本能に負けてしまうからかもしれない。スーパーで起きた「ごみ処理施設爆発事故」(2003年11月5日発生)では、5日後の11月10日になってトップの記者会見が行われている。消防署員など負傷者も出ている事故であり、マスコミは「付近住民に不安を与えており、トップが迅速に謝罪し、状況説明をすべきだ」と考えていたと思われる。10日の会見については「同社の記者会見は5日の事故後初めて」と報じられている(2003年11月11日日本経済新聞)。「事故後初めて」の表現は、「遅い」という非難の意味である。こうした言葉が出てくるようだと、以後の報道は「信頼と好感」からは離れたものになっていく。


事例「危険タックル事件」
 2018年5月6日、大学のアメリカンフットボールチームの試合で、無防備な選手に対する「危険タックル」行為が行われた。行為者側選手が属している大学は4日後の5月10日になって、HPに「本学選手による反則行為により大きな混乱を招き……多大なご迷惑とご心配をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」という謝罪文を掲載している。しかし、3度のラフプレーで退場となった事案であり、同日、新聞社のツイッターに「危なすぎます」の書き込みがあり、7日には「不可解で危険なプレー」の記事がネットに掲載され、9日には関東学生アメリカンフットボール連盟の理事会で、当該選手の対外試合出場禁止処分が決定されている(2018年5月11日日刊スポーツ)。そうした状況を考え合わせると、同大学の対応はいかにも遅い。また、選択された媒体も「HP」という、見たい人しか見にこない媒体であった点に、同大学の非常時広報に対する消極姿勢がうかがわれる。同大学はリスクの大きさに関する予測を誤っていたのではないかと思われる。同大学アメリカンフットボールの監督は5月19日になって負傷した選手に謝罪した後、取材に応じたが、「試合から2週間」の見出しの下、「監督が19日になって、ようやく負傷させた選手に直接謝罪した」と報じられている(2018年5月20日産経新聞)。即時第一報がいかに重要であるかが、改めて浮かび上がる結果となった。


「調べてから」の落とし穴
 「即時第一報」というと、「伝えるべき中身がないのに記者会見などしたら、かえって無責任ではありませんか」と反論する人が多い。だが、即時の会見では、「今、今回の出来事の詳細を全力で調べています。そのための調査チームを招集しています」と言うだけでよいのだ。それだけで、企業の誠実性は十分に伝わる。「よく調査してから」と考え、誠実に調査しているとしても、その間、何の情報発信もしないでいると、「何か隠しているのでは?」「社会を軽く見ているのでは?」と、世間の評判はどんどん落ちていく。「調べてからの落とし穴」といえる。先の「ごみ処理施設爆発事故」ではトップは会見が遅れたことについて、「原因の究明を待つつもりだったが、間違った判断で住民にも何らかの説明をすべきだった」と釈明している(前掲日本経済新聞)。

「トップ広報」の原則

 非常時会見には経営トップが出席するのが原則である。「トップ広報」の原則である。記者会見に誰が出席するのかは、その事案に対する会社の認識を示す。製品問題などで工場長が出席すれば世間は「ああ、会社は工場マターだと思っているな」と受け止める。トップが出席すれば「おお、会社は一工場の問題ではなく、全社的な問題として受け止めて取り組むのだな」と理解する。また、トップが出席しないと、非常事態への対応を聞かれた時にきちんとした回答ができない。「原因究明はどうする?」といった質問が出ても、トップでない出席者は調査の計画については、明確に回答できない。トップなら「チームを作って直ちに調査を開始するつもりです」と回答できる。
 しかし、実際はトップが非常時会見に出ない例が多い。理由はよく分からない。「トップを煩わせてはいけない」という社内の論理が働いているのではないかと勘繰ってしまう。会社の運命がかかっている時こそトップの出番ではないか。「鉄鋼メーカーアルミデータ改ざん事件」(2017年10月8日発表)では当初、副社長が記者会見に出席していた。4日後の10月12日になって会長兼社長は経産省に謝罪した後、報道陣の取材に応じた。そのことについては「社長が不正問題の発覚後、公の場で発言するのは初めて」と報じられている(2017年10月12日日本経済新聞夕刊)。上に述べたように、「初めて」という言葉の中には非難の意味が込められている。「当初からトップが会見に出るべきであった」ということだ。このようにマスコミに受け止められると、広報は「信頼と好感」の獲得という方向からは離れていく。

けっこう難しい「謝罪」の言葉

 非常時の広報で行うべきは、①率直な謝罪、②原因究明を行う決意表明とその調査計画の開示、③将来、原因究明が行われた時は、それに即応した再発防止対策をとることの決意表明である。「謝罪・原因究明・再発防止」は、非常時広報の3点セットといえる。
 事態発生により消費者・社会・取引先・株主・投資家など、周囲の人々に対して、被害を与えたこと、迷惑をかけたことを経営トップが率直に謝罪すべきだ。「ご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げます」というシンプルな言葉を、トップが心を込めて述べるべきだ。ところが、これもまた難しい。「トップ広報の原則」でせっかくトップに出席してもらっても、トップの言葉が「迷惑を被った人が、謝罪してほしいと言うなら、謝罪しなければと思う」「この点に関しては、謝罪したい」など、よく分からない、率直な謝罪とはかけ離れたものになってしまうことが多い。トップは人に謝罪する機会が少ないからだと思われる。危機管理の担当者はトップに対して、単純、率直に謝罪してほしいと、くれぐれも念を押すべきだ。必要に応じて事案概要を説明する言葉と、謝罪の言葉をメモにして渡すぐらいの配慮が必要である。
 謝罪の言葉で、最近気になるのは「ご迷惑、ご心配をおかけしました」という言い回しだ。何か、決まり文句のように頻繁に使われている。だが、受け取る方からすれば、「ご心配」は余計だ。その企業・組織が非常事態にどう対応するか、世間はクールに見ている。「存続してくれ」と心配などしていない。そうであるのに「ご心配をおかけし」と表現すると、「消費者・社会は当社が存続できるかどうか、さぞご心配のことと思いますが」という気持ちだと受け止められる。それでは、好感には結びつかない。
 「原因究明」「再発防止」については、即時第一報の場面では当然ながら具体的にコメントできない。再発防止、原因究明に向けた情熱を語ればよいのである。事案もよく分からず、調査をこれから行うという段階で、「再発防止」について具体的に述べることができるはずがない。仮に何らかのコメントをするとしたら、予測に基づく単なる仮説であり、むしろ世間からは「無責任発言」と見られる。上記で、「決意表明」と表現した理由はそこにある。

「コンプライアンス・CSR広報」の原則

 平時広報と同じく、非常時広報でも「伝える中身」は、企業のコンプライアンスとCSRに対する姿勢である。コンプライアンスとは「相手の期待に応えること」であり、具体的には「消費者コンプライアンス」「社会コンプライアンス」「取引先コンプライアンス」「従業員コンプライアンス」など、向き合う相手ごとにコンプライアンスがある。「CSR」とは、社会的「責任」というよりは「企業に対する社会の期待に応える」という積極的な意味で理解する方がしっくりくる概念である。
 そう整理すると「法令は順守していました」という言葉は要注意であることをご理解いただけると思う。世間は「法令に違反していないとしても、それより厳しいコンプライアンスやCSRに違反しているのではないか?」と問題にしているのだ。「法令順守」では答えにならない。「鉄鋼メーカーアルミデータ改ざん事件」では、副社長は、民間企業同士の契約を逸脱したものだが、「法令に抵触しているわけではない」と述べている(2017年10月9日朝日新聞)。「契約を守ること」は取引先コンプライアンスの問題であり、商道徳の根幹に関わる問題である。この言葉をそのまま受け取ると、「法令さえ守っていればよい」と聞こえてしまう。

誠実な企業姿勢を象徴する服装を

 多くの企業人はあまり意識しておられないが、非常時会見の服装や会場設営など、企業と会見者の誠実さを醸し出す努力は、実は極めて重要である。ある広報の先達によれば、ベテラン記者たちは「会見者が入口からマイクに向かって歩く、その姿を見ただけで、その人がどんな人物か分かる」と異口同音に指摘しているとのことである。信頼と好感を得る目的で、会社の運命を担ってマイクの前に立つ決意が本当にあれば、記者はきちんと見抜く。そうした真摯な姿と、目的意識を持たず、「マスコミが会見を開けとうるさいから、仕方なく会見する」という姿とでは、記者側が受ける印象はまったく違う。服装も重要だ。会社の運命がかかっている。厳粛な装いとすべきは当然だ。知人の告別式に赴くくらいの服装がよい。ある企業の不正会計事件では会見者は終始ノーネクタイであったが、記者側からは「さすがにこれだけの事件で、あれはないよね」と不評だったという。危険タックル事件では監督が「黒いスーツにピンク色のネクタイ姿で現れた」と報じられている(2018年5月20日産経新聞)。さらに、会見会場の設定、机、いすの配置など、細かな配慮が求められる。
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