経済広報

『経済広報』(2018年8月号)掲載
視点・観点

地震、豪雨、津波など自然災害に対するリスクマネジメント
~企業BCPを広報、法務、経営などの観点から再点検する~

森 健

森 健(もり たけし)
リーガル・リスクマネジメント研究機構 代表理事 

結城 大輔

結城 大輔(ゆうき だいすけ)
リーガル・リスクマネジメント研究機構
理事・弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士 

BCPを巡る企業の状況

 2018年に入り最近でも、日本国内では、大阪府北部地震などの地震災害、西日本を中心とする平成30年7月豪雨などの風水害などが断続的に発生し、人的被害や施設設備に関する被害も続発している。その結果、各企業の事業継続にも少なからぬ影響が生じている。
 各企業、特に上場企業においては、このような事態を予め想定した上で、BCP(事業継続計画)を策定し、これに備えることがほぼ普及した。過去の多くの地震(中越地震、中越沖地震、東日本大震災、熊本地震など)や新型インフルエンザのパンデミック(2009年)などの危機が発生するたびに、このBCPは注目され、その都度その有効性が議論され、同時に内容も進化してきたということができる。
 しかしその一方で、今なお次のようなリスクを内在するBCPが多く存在することも否定できない。いわゆる「機能しないBCP」「実効性に疑問があるBCP」の問題である。

<機能しないBCP、実効性に疑問があるBCPの共通点>
◎ BCP自体が「大作」で分量が多く、そもそも読む気にならない。

◎ よく読んでみると、同じ内容の繰り返しや政府・自治体のガイドラインのコピー部分が多い。
その結果、
① 従業員にとって理解しにくい内容で、社内への浸透が困難
② 自社独自の内容が少なく、現実の自社の課題解決につながっていない
③ 上記のような状況により、訓練にそのBCPを活用することができず、検証・改善ができない

企業BCP再点検のポイント ~リスクマネジメント、広報、法務、経営の視点から~

 今回、BCPに関する前述のような状況を踏まえ、また自然災害が継続発生している現状に鑑み、リスクマネジメント、広報、法務、経営の4つの視点から、BCPの再点検のポイントを探っていきたい。
(1)リスクマネジメントの視点から

【点検ポイント①】正しい被害想定に基づいてBCPを策定しているか?

図 地震リスク対策の整理手法例

  例えば地震リスクを想定したBCPの場合、よくある失敗例は行政(地方自治体)の被害想定を基に自社としての被害想定を(何となく)設定し、これを基に事業継続戦略を構築しようとするケースである。そもそも行政の被害想定は、その地域全体の人的・物的被害を想定したものであって、企業がBCP上本当に必要な被害想定とは基本的に異なる。
 「自社の各拠点がどのような被害を受けるのか」、具体的には「工場など複数拠点のどこに被害が発生するか、構内の複数の建屋のうちどの建屋が最も危険か」というように、自社においてどのような被害が発生するかを予め具体的にシミュレーションするのが「企業BCPにとって必要な被害想定」であって、かつこれについては科学的な根拠に基づきシミュレーションをしておくことが極めて重要である。
【点検ポイント②】そのBCPは機能するか? 自社にあったBCPになっているか?
 次の点検ポイントとしては、策定した自社のBCPが「実際に機能するのか? 使えるのか?」という点である。よく見られるBCPは、公表されている様々な「ガイドライン」の通りに策定し様式を整え、しかもアウトソーシングにより策定した結果、文書量が資料も含め膨大になってしまい、よく読むとガイドラインと同じ内容のコピー部分が多い一方で、自社固有の内容が薄く、全社に浸透させることが困難な内容になっているという「機能しないBCP」である。このようなBCPのチェックポイントの例を挙げてみよう。

<「機能しないBCP」の点検ポイント例>
◎ 初動対応から事業継続対応(BCPの発動)まで、災害発生後の対応事項が時系列で整理されているか?
◎ 対策本部などの危機管理組織が「具体的に指示が出しやすい」内容のマニュアルになっているか?
◎ 対応すべき事項の相互に「優先順位」が付されているか?
◎ 内容が具体的か? 物理的にも法的にも、実現可能な内容か? など
 上記のうち、最も重要な時系列の整理については、以下にさらにコメントしてみたい。
【点検ポイント③】時系列の整理で戦略性を高めることが重要!
 BCPの肝となるのは、正しい被害想定(被害シナリオ)を設定し、そのシナリオを時系列に幾つかの段階に分けた上で、段階ごとに自社(自社グループ)の対応戦略を定めておくことにある。初動の通信途絶の状況にあっても、あたかも各部署・各拠点が情報共有・相談して対応を進めているがごとく対応できるよう、事前に時系列に沿って戦略をそろえておくことが重要である。例えば地震リスク対策でいえば、「地震発生」「津波襲来」「最初の3日間(人命最優先の対策)」「事業継続対応(事業継続のための諸対応)」という4段階に整理することが基本であるし、新型インフルエンザ対策でいえば、自社拠点から見て「自国外発生」「自国内発生」「自社発生」といった段階ごとに戦略を事前に整理し、戦略的な対応について予め共有しておくことが必要になる。この戦略性を高めることで、一連のBCPやマニュアルが機能性・実効性を帯びたものに姿を変える。
(2)広報の視点から
【点検ポイント④】災害発生時の広報部門の役割が具体的に定められているか?
 BCPにおいては、初動対応・現地復旧または代替戦略といった人命優先の対策や事業戦略がクローズアップされがちだが、災害時のような自社内が混乱するタイミングこそ、広報部門の役割が重要になる。
 企業が災害に関する危機管理体制に入り、BCPが発動されると、例えば顧客対応は営業部門が担い、従業員対応は労務管理を担う人事部門が担当することとなる。しかし災害時は例えば「戦力は2分の1、対応は不慣れ」という状況なので、現実的にはBCPやマニュアル通りの対応をすることは大きな困難を伴う。
 このような時に、広報部門が、単に情報発信だけでなく、社内・組織内のコミュニケーション機能も担うという意味での「コーポレート・コミュニケーション」の視点に立脚し、対外的な情報発信や内部(特に従業員)に対する情報共有に積極的に貢献していくことは、企業の危機対応、BCP対応にとても有用である。
 具体的には、対外的な情報発信を早期に積極的にホームページを活用して展開することで、顧客への安心感の提供と、同時に顧客から営業部門に対する問い合わせ負荷の軽減につながることが期待できる。また、内部特に従業員と自社の災害対応・BCP対応を社内イントラネットなどを通じて継続的に共有することで、自社内の対応の方向性を知らしめると同時に、災害時に特に重要な部門横断的な連携強化を、自発的な形で促すことが可能になる。
(3)法務の視点から
【点検ポイント⑤】平時より法務部門はBCPに関与せよ!
 企業におけるBCP関連業務は、防災・危機管理的な要素が多いことから、総務部門・安全管理部門を中心とした組織が担当することが多く、他の管理部門は「災害が発生した時のみ関与」するという実態になっていることが多い。中でも法務部門の関与はまだまだ弱いといえるが、実は法務部門には次の2点から積極的な関与を期待したい。
 1点目は、従業員に対する安全配慮義務に関する取り組みである。先の東日本大震災における津波訴訟においてクローズアップされたこの概念は、防災・BCP上はまだまだ浸透していないといえる。耐震性に問題のある建屋に恒常的に人員配置をすることのリスクや、災害時の要員配置(交代要員)の問題、防災・BCPの訓練の有効性の問題、発災後の実際の避難誘導の問題、さらには帰宅抑制に応じない従業員への対応の問題などについて、法的視点や訴訟リスク低減の視点からも、法務部門が積極的に関与し、方向性を出すことが求められている。
 2点目としては、材料などの調達に関する取引基本契約に関する取り組みである。現在、多くの同契約は、抽象的・一般的な不可抗力条項を契約に盛り込んでいるにすぎず、具体的に「そのような災害が発生しどのような被災状況に陥った時に、その危険(責任)をどちらの企業が負担するか」について踏み込んだ取り決めをしているケースはまだまだ少ない。サプライチェーンの問題がBCPの重要要素の一つである以上、平時より有事(災害時)を想定した契約条項のさらなる具体化についても、法務部門の貢献が期待されている。また、サプライヤーに対し、BCPの策定や提出を求める条項を契約に含めることで、サプライチェーン全体の事業継続を検討することも法務の役割である。
(4)経営の視点から
【点検ポイント⑥】取締役の善管注意義務とBCP
 最後に、経営の視点からBCPを見てみたい。そもそも経営層(取締役)にはその経営責任として、自然災害発生時に事業を継続し、損失を最小化すべき責務を負っている。従って、企業のBCPに関しては、経営層が積極的に関与することが期待されているのである。
 また、法的には、取締役の善管注意義務との関係が重要である。BCPを定めていないことをもって直ちに善管注意義務違反、ということは難しいかもしれないが、「機能しないBCP」しか定められていない状況で災害が発生すれば、企業、そして経営層として、適切な対応を取ることは現実には非常に難しくなる。そのような状況では、損害・被害を被った第三者が、取締役に対し、責任追及を行うことが十分想定されるし、株主から代表訴訟を提起されるリスクもあるだろう。
 しかしながら、その一方で、経営層としては、株主その他のステークホルダーに対して利潤追求の責任も負っていることから、「BCP対策はコストなので、ほどほどでよい」という考え方に陥り、建屋の強化などのコストのかかるハード対策を後回しにしてしまうというリスクを負ってしまってはいないだろうか。
 重大な局面を迎える前の平時のうちに、上記の視点をもう一度点検し、経営層は、先行投資により防げる損失が多くある点を直視して、損失の危険の回避に真剣に取り組むべきである。現在、防災・危機管理・BCPに関する先進企業の多くは、経営層が率先して取り組む姿勢を示して大きな成果を挙げている点に注目すべきであろう。

まとめ

 東日本大震災の発生後、その復興が終わっていない現在までの間にも、2016年4月の熊本地震や2018年6月の大阪府北部地震、同年7月の平成30年7月豪雨などの大災害が継続して発生している。そして、次なる巨大災害は既に目前に迫っているかもしれない。各企業は、その社会的責任の観点からも、企業BCPの再点検を急ぎ「実践で使えるBCP」を目指してその改造を急ぐべき時である。
 最後のまとめとしての点検ポイントは、「訓練のあり方を再点検せよ!」であろう。
 各企業における防災・BCPに関する訓練は様々な形が見られるが、基本的には避難訓練、消火訓練といった実際に動いてみる「実動訓練」と、一定のシナリオを付与しながら訓練参加者が情報を分析したり判断をしたりする「図上訓練(シミュレーション訓練)」に大別することができる。これらの訓練に関する企業の現状を概観すると、幾つか共通する課題・リスクが見えてくるので、この点について最後にコメントしてまとめとしたい。
 まず1点目は、上記の実動訓練(実際の動きを覚える訓練)と図上訓練(状況判断・意思決定の練習をする訓練)は、基本的に別々の訓練であるが、訓練時間がないなどの理由により、避難訓練と図上訓練を強引に同日開催とし、一連の流れで実施するケースが増えているように感じる。ここは意見が分かれるところかと思うが、実際に幾多の危機管理の現場を見てきた経験から申し上げると、これらの訓練は分けて実施した方が望ましいと考えている。
 訓練は、その準備・企画段階から、訓練の事務局・担当者が訓練における検証ポイントを明確にし、これをチェックするために自社の関係者に参加要請して訓練を実施し、その結果を検証して実務上の改善を施すために行われなければならない。従って、訓練の目的は単一としてなるべくクリアにしておいた方が、訓練目的も検証ポイントも明確になって実施効果は大きくなるものと考えている。
 次に2点目として、「訓練の企画・検証について、これにふさわしい人材を起用しているか」という問題である。つまり、訓練の企画から検証までに一連の流れを意図的に立案・コントロールし、訓練の効果を最大化できるような実践経験豊富な人材を起用すべきであるということである。
 具体的に申し上げると、訓練を企画し検証する者は、自社で企画実施する場合も、外部の専門家(コンサルタントなど)に依頼する場合も、できる限り防災・BCPに関する「実践経験」を有する者を起用するべきである。訓練の企画、特に訓練シナリオの作成においては、実際の災害発生場面を想起させる内容を目指し、発災時にどのような点が現実的な課題となるかを予測してシナリオに織り込み、訓練参加者の対応能力を試す必要があるからである。
 また最も重要である訓練の検証の場面では、単に「お疲れさまでした」程度のコメントしかできない者に検証を任せてはいけない。自社の計画やマニュアル類の改善ポイントをイメージしつつ、参加者のモチベーションアップや当事者意識の醸成につながるような的確なコメントをすることができる者を起用すべきである。
 その意味では、訓練の企画・検証には、自社内の人材であればエース級(実践経験豊富なベテラン社員)を配するべきであるし、外部コンサルタントを起用するのであれば、その者の実務経験の有無や個々の能力をしっかり確認の上依頼すべきである。自社のエース級社員または実務経験豊富なコンサルタントは、多くの場合、訓練企画の段階から検証コメントを用意しつつ訓練を企画するものであり、このような企画自体が訓練の成功の一部となっていると言えるかもしれない。
 「訓練でできないことは実践ではできない」という点を十分考慮の上、常に検証につながる有効な訓練を企画し、BCPや各種マニュアル類の改善を継続的に実施していくことによって、いつか必ず来る巨大災害に備える体制を構築していくべきだ。そして「百年兵を養うはこれ一日のためなり」という先人の言葉の通り、今こそ、各企業は、継続的な訓練実施を通じて、防災・事業継続に関する練度を上げていくべき時であろう。
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