経済広報

『経済広報』(2019年4月号)掲載
特集 新任担当者のための企業広報の基礎講座
広報の基本

企業広報の基本と進化する手法
江良 俊郎

江良 俊郎(えら としろう)
(株)エイレックス 代表取締役

企業広報の基本と最近のトレンド

 「広報とは?」の問いに答える時、「パブリック・リレーションズとは組織とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し維持する経営機能である」というカトリップの定義(2006年)が用いられることが多い。
 本稿では広報とパブリック・リレーションズを同義と位置付ける。「パブリック」は広く社会全体を意味するが、企業広報の場合は自社のステークホルダーに置き換えられる。
 近年、レピュテーション(評判・名声)が企業価値に関係することも注目され、それに対するマネジメントを企業広報の中心に置く企業も多いように感じる。従業員のエンゲージメントを高める効果も期待される。
 以上を踏まえれば、今日の企業広報とは「自社を取り巻くステークホルダーと相互にメリットのある良好な関係を構築し、レピュテーションと企業価値を高めて維持するコミュニケーション活動」といえよう。企業はステークホルダー別に、戦略的アプローチを行い、評価を得て価値を高める。その結果、持続可能な競争優位、好業績を実現できるという考え方である。企業は良いサービスや製品を提供する経済的主体として社会に貢献するだけでなく、社会・環境問題においても責任を果たすことを求められる。経済価値(財務情報)だけでなく、ESGなどの社会的・環境的価値(非財務情報)を将来の企業価値と結び付けて開示・説明せよという変化である。
 さて、ステークホルダーに影響を与えるメディア環境も激変している。まず、ニュースを何で読む(見る)か? 紙の新聞、報道機関の有料サイト(「日経電子版」など)、無料サイト(「NHK NEWS WEB」など)に続き、ポータルサイトのニュース(「Yahoo!ニュース」など)、ソーシャルメディア(「LINE NEWS」など)の他、キュレーション会社のサービス(「スマートニュース」など)や経済系に特化した「NewsPicks」もある。
 2018年7月に総務省が発表した調査で、利用率1位はポータルサイトの配信ニュース(62.3%)だった。「Yahoo!ニュース」の存在感が圧倒的だ。2位が紙の新聞で53.8%。3位はソーシャルメディアの配信ニュースだ。1位と2位は2016年に入れ替わった。
 とはいえ、「Yahoo!ニュース」の内容の多くは、新聞社や通信社、雑誌社などマスメディアからの配信記事だ。新聞に対する国民の信頼度は69.6点(「新聞通信調査会」調べ)で、他国よりマスメディアへの信頼度が高い。日本では依然、彼らが世論形成や組織のレピュテーションに与える力は大きいのだ。
 自社のビジネスや担当業務によっても差はあるものの、企業広報担当者にとっての最も重要な仕事相手は、今でもマスメディアといえるだろう。

信頼される広報とは 新任広報のためのメディア対応の基本

 広報担当者の業務で避けて通れないのが、「メディアリレーションズ」だ。経済広報センターの調査(2018年)によると、「本社広報部で対応している広報活動は?(複数回答可)」の問いに対し、99.5%の企業が「報道対応」を挙げた。「報道対応」は1980年の調査開始以来、常に最多回答を得ている。社会は自社に何を求めているか、社会問題をどう解決するのか、生活者視点で自社情報をいかに加工して発信するのか――。こうした工夫はもちろん、受け手である報道機関や記者個人の特性をよく理解して、長期的な信頼関係を築くことが広報担当者に求められる。
 筆者は1985年から広報会社で勤務し、多くの記者と接してきた。個人差はあるものの、記者は総じて好奇心旺盛で正義感が強く、博識で感受性や自己顕示欲も高いと思う。自らの経験に基づき、広報担当者が留意すべき記者対応のイロハを紹介する。
①ウソは禁物。報道の世界は事実が厳格に重視される。自社の情報窓口となる広報担当者と記者が信頼し合う関係は、誠実なコミュニケーションによってしか築くことができない。嘘をつくなら、答えないほうがまだましだ。
②迅速な対応を心掛ける。記者は日々、締め切りに追われている。デジタル時代では、ネットニュースは24時間更新可能であり、スピードアップに対する要求は以前よりも強い。働き方改革の影響もある。広報担当者には常に時間を意識した素早い対応が求められる。
③対応は公平公正に。企業広報としては、影響力や知名度の高いメディアや、トップが目を通す日経の記者を優遇したくなるものだ。だが、毎回差をつけては優遇されなかった記者の疑念や反発を生み、自社にネガティブな印象を抱かれる可能性さえある。逆に日頃から熱心な記者や他社に先駆けて情報を入手している記者に対しては、その取材努力を正しく評価し、配慮すべきだ。
④深い自社理解。広報担当者は自社情報を対外的に発信する立場にある。事業、戦略に関する理解や経営情報を持つのは当然だが、社内に幅広く人脈を持ち、情報が集まる仕組みをつくっておきたい。部長クラスであればトップの代弁者でありたい。競合他社をはじめ、業界全体や関連市場について深い知識と客観的な分析力を持つ、記者から一目置かれるベテラン広報も少なくない。
⑤ニュースの提案力と記者目線。例えば本社を移転する場合、ただ「引っ越しする」と発表するだけでは、ニュース価値はほとんどない。「働き方改革を実践するオフィス構想」「託児施設を設ける」「在宅勤務を容認する」など、社内の事実を世の動向や記者の関心と結び付ける話題づくりの力も求められる。
⑥メディアの仕事、記者の価値観を理解する。取材・報道するかどうか、記事のトーンや扱いの大小も含め、編集決定権はメディア側にある。広報担当者が「なぜ書いてくれない」「発表情報と記事のニュアンスが違う」と編集権を侵す指摘や批判は慎重であるべきだ。掲載・放送前の原稿チェックも、基本的には応じてくれない。メディア事情を知らない幹部を説得する際にも、メディアに対する理解は不可欠だ。
 記者は「良い社会にしたい」「読者の役に立つニュースを届けたい」との思いが強い。記者の思いに応える素材を提供して協力を惜しまない姿勢が、信頼関係構築の第一歩だ。

常日頃から危機対応できる準備を 危機管理広報は失敗できない業務

 これまで企業が積極的に広報するケースを中心に述べたが、近年、重要性が一層高まっているのが危機対応(クライシス・マネジメント)の局面だ。企業における危機とは、企業経営や組織のレピュテーションに重大な不利益をもたらす深刻な事態を指す。製造業なら工場事故や火災、環境汚染、製品への異物混入、欠陥商品の販売などが想定され、その他の業種でも不正会計、データ改ざん、顧客情報の流出、従業員の過労死、セクハラ、パワハラ、内部関係者の不正・不法行為など枚挙にいとまがない。
 企業を取り巻くリスク要因は年々多様化している。背景には、コンプライアンス意識の高まりや些細なことで「炎上」しやすい消費者意識の変化、誰でも情報発信者になれるSNSの発達などの要因が挙げられる。内部告発による発覚も増えている。「バイトテロ」とも呼ばれるアルバイト従業員による不適切動画のSNS投稿は、ここ数年の新事例だ。労務コンプライアンスに関わる相談は、弊社でも急増している。企業にははるか彼方にある黒い雲の動きを予見した適切な対応が欠かせない。
 2017年秋以降、不祥事の発覚後に隠ぺい工作や不誠実な対応をする組織が相次ぐ。不正行為そのものに大きな注目が集まるが、それ以上に社会が注視するのが、不祥事発覚後の組織の対応である。初動対応は適切だったか、危機発生後に即座に社会に説明したか――。説明責任を果たすべき対象者は、顧客、関係取引先、株主、従業員、地域社会など事案に応じて様々だ。
 SNSなどで企業が直接情報発信することも可能だが、緊急時では、事件・事故などを取材する大手メディアの社会部記者への説明が欠かせない。影響力のあるNHKニュースや全国紙がどれだけ大きくこの問題を報じたか、批判したかによって、企業の経済的損失や評判へのダメージは大きく変化する。
 日大の「悪質タックル問題」や日本体操協会の幹部による「パワハラ疑惑」などでも明らかだが、たとえ法的には「無実」であっても、一度ネガティブに報道されれば、レピュテーションの回復は容易ではない。広報担当者としては、記者の問い合わせへの対応と、緊急記者会見で適切に対応できるように日頃から準備しておきたい。
 現代は、不適切行為に対しても一昔前に比べて厳しい社会的制裁が与えられる時代だ。危機対応を誤れば、その失敗自体が新たな火種(危機)に変わり、さらに世間の怒りを買って、ブランドの棄損や経済的損失は巨大化・長期化する。比較的軽微な不祥事であっても、対応の失敗で「改ざん」「偽装」「隠ぺい」などの過激な批判報道にさらされてしまう。日大のケースでは、司会者が記者会見で不遜な対応を取ったり、記者と口論したりした行為が、さらなる批判を生んだ。危機対応の典型例な失敗例だった。
 食の安心・安全が求められる外食・食品業界、健康問題に直結する製薬業界、健康被害や人体に影響を与えるリスクを抱える交通、建設、開発、住宅関連などの企業は特に注意したい。小さな問題でも大々的に取り上げられ、廃業に追い込まれたケースも少なくない。
 まず、企業は危機を招かない管理体制を敷くことが大前提だ。だがそれでも危機が起きた際は、隠したり逃げたりせず責任ある企業として正しく行動し、迅速に的確に情報を開示すると、事前に決めておかなければならない。実際の危機対応は、様々な問題が絡み合い簡単に発表できないことも多いし、広報部だけで完結する業務ではない。そもそもメディア対応さえうまく乗り切ればいいものでもない。だがマスメディアを通じた対外的なクライシス・コミュニケーションは、危機管理業務の中でも最も重要で、失敗の許されない仕事でもある、と肝に銘じたい。
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