経済広報

『経済広報』(2020年3月号)掲載
視点・観点
新型コロナウイルス感染下「心の水際」を超えた本社と
現地法人の連携を!
茅島秀夫

茅島 秀夫(かやしま ひでお)
(株)プラップジャパン 海外事業本部 PRスペシャリスト

新型コロナウイルス感染下の日本人総経理の思い

 新型コロナウイルスの感染拡大が進む中、春節休暇が延長となった2月10日の出社再開を前に、日系企業の総経理(社長)たちが次々と中国に帰っていきました。
 なぜ危険を冒してまで中国に戻るのかという私の質問に対して、ある総経理は「ローカルメンバーを残して、日本人だけが日本に逃げる訳にはいきません。彼らには逃げる場所はないのです」と答えていました。
 中国に戻った駐在員を待っていたものは、感染防止のための様々な制限でした。会社への出入りの際には、入り口で「健康状況情報登記表」に、湖北省への渡航歴の有無、感染者と疑われる者との接触機会の有無、自身の健康状況を記入して提出し、赤外線体温測定器で体温測定をして入館可能となります。しかし、その後、上海以外から戻った人は全て14日間の自宅隔離観察という通知が出たのです。
 やっとオフィスに入れても、当局の指示で循環するメイン暖房が止められ、定期的に窓を開けて換気をするようにという通達が出ているため、電気ヒーターを注文したというところもありました。人が集まって仕事をせざるを得ない工場では、稼働許可が下りないと再開できず、現状では生産を止めざるを得ない状況となっています。街の中は、地下鉄やスーパーの入口で体温検査があり、地下鉄はマスク着用でないと入ることはできないなど感染管理が徹底して行われています。

駐在員、現地従業員、本社がワンチームで

 このような大規模感染の際に大事なことは、まず、現地従業員に対して、新型コロナウイルスに関する正しい理解と正しい感染管理のための情報提供を行い、感染した場合の対応手順、職場での拡大防止策、その従業員の家庭への支援策を提示しておくことです。大事なことは“正しく恐れる”ということを理解してもらうこと。適切な理解が進めば従業員の不安を和らげることができます。従業員を大切にするのは人道的な理由からだけではありません。感染終結後、復帰の力になる最前線にいるのは従業員だということを忘れてはなりません。
 日本本社は、自ら現地に対する関心と理解を高め、駐在員や現地従業員と協力してこの危機を乗り切るのです。現地緊急対策本部と連携しながら、現地の声を聞き、現地の要望に応えていくことが大切です。
 例えば、現地政府の動きの把握です。中国では中央政府が大きな方針を出しますが、執行するのは省市政府で、省市によってそれぞれの地域に合わせた対策を打ち出し、執行機関の区政府の下、管轄区域の企業がそれに応じるということになります。そして次々に打ち出される対策を本社が把握し現地を支援していただきたいです。
 上海市では「新型コロナウイルス肺炎の予防とコントロール措置」と題したページを作成、市が発表する規制や指示などの情報を英語、日本語、韓国語で発信しています。
 また、騰訊(TENCENT)などが、「疫病発生状況リアルタイム追跡」で、各地の衛生健康委員会が発表する感染状況を公開しています。
 在中国日本国大使館や総領事館、中国日本商会、上海日本商工クラブのホームページ、JETROのアジア/中国関連情報でも情報提供をしています。上海日本商工クラブでは、上海の各区政府が発表する政策などを盛り込んだ「新型コロナウイルス対策メールマガジン」を配信しています。

「水際」を超えて

 日本の報道で「水際作戦」というのがありました。「大辞林」には「上陸してくる敵を水際で防ぎ守ること。特に、病原菌や害虫などが国内に入り込む可能性のある海港・空港で防疫体制をとること」とあります。確かにパンデミック時には重要なことです。しかし、中国にはたくさんの日系企業や日本人がいて、日本には年間959万4300人の中国人観光客が訪れています。インバウンドでは持ち上げておきながら、こんな時には「水際」という言葉で突き放すのでしょうか? 「水際」の向こうにも日本人がいて、自社の社員たちもいるのです。
 ある日系企業の総経理に、今、日本本社に伝えてほしいことは何ですかと聞くと、こんな答えが返ってきました。
 「こういう状況でも中国は日本にとって大切な隣国であり、自社にとっても最も重要な市場である認識は変わらない。本社には日本メディアの表面的な報道に影響されて、中国を一律にネガティブに捉えないようにお願いしたい。併せて今後各種指示を行う場合には駐在員だけでなく現業の主な担い手である現地スタッフに対する配慮も念頭に置いた上で行ってほしい」。
 2月8日、資生堂の魚谷雅彦CEOが「東京新青年」という微信メディアで中国向けに動画メッセージを送っています。
 「大家好!資生堂の魚谷です。はじめに、このたびの新型肺炎でお亡くなりになった方、あるいは罹患し苦しんでいる方に心よりお見舞いを申し上げます。不安の中で日常生活を送られている世界中の皆さんとも、その不安を分かち合いたいと思います。私たち資生堂グループは、現在、困難の中にある皆さんの役に立つ、人々が1日も早く元の暮らしを取り戻すことを願って、既に、資生堂中国から実施をした武漢市慈善総会へ100万人民元の寄付に加えて、“愛心接力”のプロジェクトを始めます。まず、必要な医療や感染予防対策などにサポートがいきわたるように、日本の株式会社資生堂から1000万人民元の寄付を上海市慈善基金会にお届けをいたしました。さらに今月から6カ月間のアジア地域全体での売り上げの1%、推定で約1.3億人民元を社内基金としてこの活動に充て、支援を続けていくことをお約束をしたいと思います。

日本で生まれ育った資生堂にとって、中国は大切な隣国であり、資生堂の社名は、中国の易経の“至哉坤元、万物資生”に由来します。1981年に中国で事業を開始し、40年近くにわたり、中国の皆さんと共に美しい生活文化を育んできました。また、資生堂グループには約1万人の中国人社員が所属をしています。中国の皆さんは、私たちにとって大切なお客さまであり、大切な仲間、友人でもあります。隣人として、困難な時にこそ礼を尽くし共にありたいと思います。先の見えない今こそ、思いやりの心をつなぐことで、私たちはより良い未来に進めると信じています。皆さんと共にこの世界の危機を乗り越える一助となることを願っています。加油 中国!」
 この動画に3万2000件以上のいいね!がつきました。上海の里格法律事務所で日系企業の支援をされている朱立弁護士は「今回の問題を、本社サイドが中国現地の意見をいかに組み入れて応援し難局を乗り越えていくかが大事なのです」と話しています。
 今回の感染対応を通じて、現地日系企業と日本本社の人たちが、「心の水際」を超えて手を取り合い、これからの日本と中国の関係強化、そして両国の発展につながっていくことを願ってやみません。

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