経済広報

『経済広報』(2020年3月号)掲載
第35回企業広報功労・奨励賞を受賞して
いつの時代も信頼を獲得する広報を目指して
濱岡 智

濱岡 智(はまおか さとし)
サントリーホールディングス(株) 
常任顧問 広報部シニアアドバイザー
(公財)サントリー芸術財団 専務理事

サントリーの歴史 ~広報歴30年~

 私が入社した1980年当時のサントリーは、ウイスキーの会社と言ってよかった。その後、1983年をピークに国内ウイスキー市場が縮小を続けたため、当社は1980年代後半には厳しい時代を迎えた。そのような中、1990年代には清涼飲料をはじめとする非酒類事業へ本格的に拡大させるなど、総合酒類食品企業へと事業構造の転換を図った。シナジーを生まない事業は他社へ売却するなど、痛みを伴う選択と集中の時期も経験した。そして2001年に佐治信忠(現・会長)が社長に就任して以降、海外の飲料企業のM&Aを進め、酒類部門では2014年に大手蒸溜酒メーカーである米ビーム社を買収し、一気にグローバル化を推し進めた。同時期に、現社長の新浪剛史が経営を担う体制となり、現在のサントリーが形作られて今日に至る。
 私は入社以降、途中5年間を飲料事業部のマーケティング部門で過ごした以外は全てのキャリアを広報部門で積んだ。この間30年以上にわたって、広報パーソンとしての立場から当社の変化や成長を見続けたことになる。攻めの広報から守りの広報まで、様々な広報の現場に直面した30年間であった。

広報が獲得すべきは「信頼」

 企業広報とは何か。私は、事実を基盤にしながら、そこにある真実を伝えることで自社に対する信頼を得るための活動だと考えている。企業の広報部門がお客さまである消費者と直接接する機会は限られるが、お客さまは、第三者たるメディアの報道や工場での体験などを通じてサントリーに対する信頼または不信感を抱く。広報部門は、報道機関という第三者を介した情報や直接的な体験を通じて社内外からの信頼獲得のため日々奔走しているのである。
 信頼を得るためには、ポジティブであろうとネガティブであろうと、その時々の局面から逃げずに真摯(しんし)に向き合うことが重要である。広報パーソンが直面するのは華やかな事案だけではない。むしろ、事件や事故といったいわゆる危機管理案件、また誤解を招きかねない報道への対応など、苦しい場面の方が圧倒的に多いであろう。そのような厳しい局面では、どうしても社内の論理が通りやすくなりがちである。しかし、そのような時こそ、広報部門は「外の目」「社外の論理」を強く意識しなければならない。これらを適時適切に自社の意思決定へ反映させることが、結果的に自社の信頼回復や企業価値向上につながることも少なくないからである。

トップ広報

 当社は、会長や社長など経営層をはじめ社内関係者が広報活動に対して協力的である。大変ありがたいことだと常々感謝している。
 佐治や新浪のように歴代トップ自身の情報発信力や露出効果が高いことも、広報部門としては恵まれている。一方、その訴求力の強さ故、社外に開示する情報の中身やその出し方には熟考が求められる。「何を(What)、いつ(When)、いかに(How)発信するか」と「トップ本人の意思」、この両方がそろって初めて効果的なトップ広報となる。トップ広報によってサントリーの現状や今後の展望を正しく伝える努力を重ねている。
 会長および社長はおのおの社員向けウェブサイトを持っており、インターナル広報の一環として同サイト上で定期的にメッセージを発信している。メッセージの内容については、トップ本人の考えを包み隠さず社員へ伝えることを優先している。近年の積極的な事業買収により、特に海外においてグループ会社や従業員の数が急増したため、経営トップの肉声や日々の思いを通じてサントリーの創業精神なども世界中の社員へ直接届ける手段として有効に活用している。また、これらメッセージに対する社員の反応も掲載し、双方向の対話ツールにもなっている。

アンバサダープログラム ~サントリーの創業精神をいかに社内に浸透させるか~

 当社の買収先は、長い歴史と高い知名度を誇り強いブランド力を持つ優良企業である。そのような素晴らしい仲間に対して、サントリーの創業精神や思想を理解し、共感してもらうことが大切である。そうしたサントリーの精神をより広く、そしてより深く社内に浸透させるため、2015年から、サントリー大学の一環として「アンバサダープログラム」と題した人材育成プログラムを始めた。2019年11月末時点、世界中に200名を超える卒業生がいる。
 これは、海外グループ会社従業員のマネジャー層を日本に招いて実施する研修で、「海外グループ会社へのサントリーDNAの浸透」「グローバルな人材交流・関係強化」「サントリーの事業理解」を目的としている。参加者は約1週間、様々な講義(学び)、視察(体感)、ワークショップ(議論)に参加することでサントリーへの理解を深め、サントリーグループの一員としての一体感を醸成するとともに、帰国後はアンバサダーとして自身の学んだことを自社や自部門内に伝えていく。
 講義や視察の具体的な内容は、経営や事業に関わるものだけではない。水源である森林の保全活動やサントリーホールやサントリー美術館の見学なども織り込んでいる。これらを通じて、当社の強みである「やってみなはれ」や「利益三分主義」に象徴される創業精神を肌身で感じてもらい、真のGlobal One Suntoryの醸成を図っている。

* サントリーグループ全体の人材開発・研修活動の総称

メディア対応の心得 ~全ての記者と真剣に向き合う~

 広報だけではなく全ての仕事に当てはまるかもしれないが、報道機関に対応する際は「(自分だけでなく)相手の立場で物事を考える」ことを肝に銘じている。記者とは、報道の自由を持ちながら国民の知る権利に奉仕する、現代社会において極めて重要な役割を担う職業人である。彼ら彼女らには、自らの記事の一文字一文字に対する責務がある。ありがたいことに当社はいろいろなメディアから数多く取材申し込みをいただくが、全ての案件に対して真摯に対応するように心掛けている。サントリーにとってメリットがあるか否かだけが取材を受ける判断基準ではない。それよりも、社外の目から見てその案件が報道される意義があり、我々がそれに応えていく責務があるかどうかも考えていかなければならないと思っている。

広報部の組織体制

 当社の広報部には、以下の5つのチームがある。(1)サントリーグループの広報戦略全般を立案する企画グループ、(2)新聞、雑誌、テレビ局、デジタルメディアを中心に、海外を含む報道機関の対応を行う媒体グループ、(3)国内外で社内広報を担うインターナルグループ、(4)日本各地の展示施設や工場の見学を受け入れる工場見学運営グループ、(5)本社を置く大阪地区での国内メディア対応に従事する大阪グループ。

 さらに今年1月から広報部門の中にグローバル広報部を新設し、グローバルな情報発信の強化に当たることとしている。

企業広報の効果測定

 掲載された記事の面積を広告費用に換算する手法など様々な広報効果測定手法があるが、正確な測定は難しい。

 あえて言えば、広報効果とはボクシングのボディーブローのようなものであると思う。大々的な記事から小さなものまで、ポジティブな内容からネガティブなものまで、特定の記事ではなく当社に関するあらゆる報道が蓄積され、それらがやがて広報効果へとつながっていく。その点、1回ごとの広告出稿による反響や売り上げ効果を捕捉しやすい宣伝とは異なる性質のものだと思う。

危機管理広報

 当社には、危機管理案件が発生した場合の対策本部になるリスクマネジメント本部という組織がある。広報部員が同本部の構成メンバーを兼ねており、社外公表となる事態も想定して案件発生の初期段階から入り込むため、「いつ何を発表し、その後どう広報対応すべきか」という視点で全体を注視することができる。リスクにはコミュニケーションリスクが大きな要素となるので初期段階から参画していることが大切である。また、広報を通さずに報道された場合でも、直ちに社内関係者を招集しメディア対応方針を意思決定できる体制を構築している。

広報パーソンに求められる資質

 他者と信頼関係を構築できるかが、最も重要な資質であると思う。広報部員は、社外(メディア)の論理と社内の理屈との板挟みになることが多い。そのような場合でも、各関係者を巻き込んで諦めず真摯に議論を重ね、何かしら筋の通る結論を導き出せること。また、記者と企業広報担当者とがお互いの理解を深めて信頼関係を構築するには、フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションが原則である。デジタル化に伴いコミュニケーション手段が豊富な現代だからこそ、「人と人との関係」というコミュニケーションの大前提を大切にしたい。

 企業の広報部門における人材育成方法としては、広報しか経験したことのない人材と広報以外の職種も経験した人材の2つのパターンがあるが、個人的には後者を勧めたい。私自身は途中5年間を除き会社人生のほぼ全てを広報部門で過ごしたわけだが、今振り返って、その短い他部門経験がどれほど貴重であったか実感している。どちらの方がいいと断定はできないが、複数の業務や部門を経験して、いろいろな立場や理屈を肌で感じることも、結果的に自身の思考に広がりや深みが出ると考えている。

(文責:国内広報部主任研究員 山本幸恵)
pagetop