経済広報

『経済広報』(2020年6月号)掲載
特集 パンデミックと危機管理広報
感染症パンデミックと企業のリスク管理・BCP
森 健

森 健(もり たけし)
森総合研究所 代表・首席コンサルタント

はじめに

 本稿執筆の2020年4月下旬時点では、世界は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)の状態にあり、わが国では「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づき全都道府県を対象とした「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」が発出され、政府・都道府県に設置された各対策本部による様々な要請に基づき、またグローバル経済の動向をにらみつつ、各企業・団体は現実の危機管理を開始して約20日が経過した状況にある。
 本稿では、現在進行形の新型コロナウイルス感染症の危機管理に関して「後出(あとだ)し」的なコメントは控え、今後も発生が想定される「未来の感染症パンデミック」に備えるために今回の経験をどのように活かすかという視点から、また、地震や風水害に頻繁に見舞われる日本固有の災害事情を踏まえて、企業のリスク管理・BCP(事業継続計画)のあり方について、実務上の対策項目も含め概観してみたい。
 なお本稿は、各種公開資料(政府の法改正資料、各種ガイドライン、自治体の公開資料、参考文献など)に基づき、また、官(県庁・市役所で約12年)と民(企業において約10年)でキャリアを積み、かつ官民双方で対策本部事務局としてパンデミック対応を含む各種危機管理の実践を経験し会得した筆者のノウハウを踏まえ、さらに筆者の現在の立場であるコンサルタントの視点も加味して、議論喚起のために展開する個人的な試論である点冒頭に申し上げておく。

感染症パンデミック下の事業継続戦略(基本方針)

 感染症パンデミックに関する企業のリスク管理・BCPにおける基本的な考え方を、地震リスクとの比較も含めて、俯瞰で整理しておきたい。
■地震リスク対策と感染症リスク対策の相違点
 感染症リスク対策で重要なのは他のリスク対策同様、「対策の本質」を正確に捉えることにある。
 感染症リスク対策は、「従業員などの生命・身体の安全確保」を最優先とする感染予防・感染拡大防止策を実行しつつ、「事態の推移(特に地域社会の状況変化と自社事業への影響)」を的確に予測し、「各国政府・自治体の要請」を踏まえ「事業休止または事業継続」を適時適切に判断していくことにある。
 感染症リスクについては、人への直接的な被害が徐々に拡大し、欠勤者が増加し、最終的には自社の事業継続に支障を来し、あるいは感染拡大防止を目的とした行政上の要請や措置により事業に影響を受ける点にその特徴がある。人的被害が自社や自社グループの各国法人・各拠点・仕入先・顧客などを含む「サプライチェーン全体」にどのような影響を及ぼすかを早期にイメージして対策項目を整理・検討しておくことが大切である。
■感染症パンデミック下の事業継続戦略(基本方針)
 現実の感染症リスクとの闘いは「従業員その他の関係者(人間)」を防護することにより、その結果として自社の事業や機能を維持するということだが、その際注意すべきは、戦略の「優先順位」をどのように整理するのかという点にある。
 この点、一般企業は、従業員の安全確保(安全配慮義務の履行)を常に「最優先の戦略」とし、臨機応変に対応することが望まれる。例えば法に基づく緊急事態宣言が発出されるような緊迫した状況となり、外出自粛その他の公的な要請がなされた場合には、思い切って自社の事業を一時休止するという決断が必要になる。今回の新型コロナウイルス感染症の対応においても、いち早く勇気をもってこの決断をした企業が複数社あるのは報道の通りで、筆者は中でも「サンリオピューロランド」の迅速な決断に敬服している。
 次にライフライン関係企業など社会の機能維持に直結する事業者においては、「従業員の安全確保」と国民生活を維持するための「事業継続」の両立が求められることとなるから、一般企業に比してさらにシビアで困難な事業継続活動となることが想定される。
 ここで注意が必要なのは、ライフライン関係企業以外の一般企業においても、例えば飲料水を製造販売する事業を有する企業の場合などは、その事業については、ライフライン関係企業と同様の「事業継続」を要請される一方で、その他の事業は「一時休止」という判断もあり得るという点である。リスク管理・危機管理は、全ての場面において形式的な判断に流れず、「実質的・本質的」に判断することが重要なのである。

【地震リスクと感染症リスクの比較】

項目 地震リスク 感染症リスク
リスクの性質
  • ・主に突然発生する
  • ・発生後に被害規模を制御することはできない
  • ・自国外で発生した場合はリードタイムあり
  • ・感染対策の成否が被害規模に影響
被害の対象
  • ・人的被害のほか、施設・設備など「社会インフラ」への被害が大きい
  • ・まず人への「健康被害」が発生
  • ・次に「社会インフラ」の機能が低下
地理的影響範囲
  • ・被害が地域的に限定される
    (被災地外拠点は機能するので、代替施設での操業など各種バックアップ措置が可能)
  • ・被害が自国内全域、全世界となる
  •  ➡「全世界同時被災」となる(拠点相互のバックアップ措置が非常に困難)
被害の期間
  • ・過去の被災事例に基づきある程度影響期間を推定可能
  • ・長期化すると考えられるが、具体的な期間推定は困難(不確実性が高い)
  • ・通常「流行の波」が複数回発生
事業への影響
  • ・施設・設備を復旧すれば業績回復が期待できる
  • ・健在拠点から被災拠点への支援が可能
  • ・外部環境要因による影響が大きい(ワクチンや特効薬の開発の成否、感染拡大防止目的の移動制限、医療崩壊や社会活動規制への反発に基づく社会不安・治安悪化など)
国際協力
  • ・他国政府からグローバルな支援が実施されるケースもある
  • ・各国が自国の安全を優先させ、国際協力が困難な場合も想定(感染防止戦略の相違、感染防護具その他重要物資の奪い合い、出入国の制限など)
事業継続戦略
  • ・事業の中断阻止や早期復旧
  • ・感染リスク、社会的責任、経営環境を考慮し、事業継続のレベルを決定(全事業継続、一部継続、事業休止)
※「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」より引用。筆者が一部加筆・改変

【感染症に関する2つの事業継続戦略】

区 分 一般企業 社会機能維持企業(事業)
社会的責任
社会的要請
事業の継続により地域に雇用を創出し産業振興に寄与する 事業の継続により地域のライフラインなど社会の機能を維持する
戦略
(基本方針)
できる限り事業を継続
+
状況により事業一時休止
できる限り事業を継続
+
感染予防・感染拡大防止策の強化
拠点が存する各国政府・自治体の方針に従い、感染予防・感染拡大防止に協力する(最悪の場合は、自社事業の一時休止を検討・実施する) 感染予防・感染拡大防止策を実施し、自社従業員その他の関係者の安全確保を図った上で、自社の事業の継続を図る

感染症パンデミック下の事業継続戦術(具体策)

危機管理体制の確立
 感染症パンデミック下の事業継続戦術(具体策)については「Ⅰ 危機管理体制の確立」「Ⅱ 従業員などの安全確保」「Ⅲ 事業継続力の強化」の視点から整理することができる。 
 まず危機管理体制については次のような具体策を実行していくことが必要になる。

【Ⅰ 危機管理体制の確立】

1. 経営層で構成される対策本部の設置
□本部長代行順位の再確認
□各組織・各拠点・グループ会社の統制
2. 情報収集の強化
□当該感染症に関する情報 
□従業員などの安否情報・発症状況 
□各国政府・自治体の関係法令、対処方針・各種計画・対策の実行状況を掌握 
□サプライチェーン全体の動向把握(顧客、仕入先、物流、各種要請・規制など)
3. 各種対策の立案と実行・統制
□収集情報の分析に基づく各種対策の立案と実行 
□各種対策の修正検討

従業員などの安全確保
 次に、従業員などの安全確保についてだが、当然のことながらこの対策の成否が自社の事業継続の成否に直結し、また従業員などに対する「安全配慮義務」を果たすことにつながるので、感染症パンデミック下の事業継続を支える重要かつ基礎的な内容となる。

【Ⅱ 従業員などの安全確保】

1. 感染予防策の実行
□感染経路の遮断を中心とした感染予防策の実行(体調管理の強化、マスク配布・着用指示、手洗い励行、消毒・換気強化など)
□勤務体制の変更(在宅勤務、スプリット・チーム制の導入、オフ・ピーク通勤推奨や自家用車通勤許容など通勤方法の変更、会議・出張規制など)
2. 感染拡大防止策の実行
□感染者(疑い者含む)発生時対応(濃厚接触者特定、消毒、フロア一時立入制限)
3. 危機管理広報
□自社グループ内感染者発生時のプレスリリース(※自国内発生早期において重要)

事業継続力の強化
 さらに事業継続については、各企業は「継続」か「休止」かの究極の選択・判断を迫られることになる。ここで重要なのは「コンプライアンス」の考え方で、単なる「法令遵守」で十分だという考えには立脚せず、さらに一歩進んで「社会的要請」に応えることがコンプライアンスであるとの立場に立ち、説明責任を果たしつつ当該判断をすることが求められる。法的強制力がないからいいだろうというのは暴論で、メディアに「けしからん!」と言われないような危機管理広報の視点も大切だ。

【Ⅲ 事業継続力の強化】

1. 政府・自治体の方針・要請の分析
□感染症予防法等関係法令の確認 
□政府・自治体の方針・要請情報の収集と分析

2. 事業継続可否の判断
<判断A>
事業休止(自社の事業が社会機能維持に直結しない場合)
□重要業務の絞り込み(会社機能の維持方法模索) 
□政府・自治体の要請や周辺地域の感染拡大状況に応じた事業の一時休止判断
<判断B>
事業継続(自社の事業が社会機能維持を果たしている場合)
□感染予防策の強化・継続 
□感染拡大期においても事業を継続

3. プラスアルファの備え
□自社のノウハウを活用した社会機能維持・社会貢献的な稼働の検討(例えばマスクや手指消毒剤、防護服などを自社で新たに製造するなど)
□「流行の波」間の小康状態期間(小康期)を活用した対策強化(戦略・戦術の見直し、防護具追加購入や在庫積み増しなどの事業継続対策の強化)
□複合的な災害への備え(地震災害、風水害発生時に従業員帰宅抑制対応を実施した場合の感染予防対策など)
□全ての対応事項を記録・保存し検証の上、検証結果を各種マニュアル・計画へ反映

まとめ

 今般の新型コロナウイルス感染症パンデミックをきっかけに、企業のリスク管理・BCPに関して私見を述べてみた。現実の危機管理はいまだ進行中で本件の総括には時期尚早だが、未来のリスク対策のために、まとめとして2点ほど申し上げて筆を置きたい。
 1点目として、各社の「平時のリスク管理活動」が形骸化していないか再点検されることを強く推奨したい。①リスク管理委員会の活動が形骸化し「議論なき会議」になっている、あるいは②BCPを策定したがそのまま数年間放置している、さらには③教育・訓練が行事のようになり実効性が低下しているなどの状態になっていないかなどについて、経営者自らが点検することが重要だ。
 そして平時から「真の専門家」に対して的確な助言を常に求め、自社の取り組みが的外れになっていないかを定期的にチェックする必要がある。筆者自身の組織人時代の反省も含めてのコメントだが、外部の意見を軽んじたり、逆に、権威とネームバリューのある専門家に依存してしまいその意見を鵜呑(うの)みにしてしまうなど、本質論を見据えずにリスク管理活動を行うことは、そのこと自体が潜在的なリスクとなる。
 2点目は「複合災害」への備えである。日本では風水害多発時期が刻一刻と近づいており、一方、地震もいつ発生するか分からない。
 例えば、風水害や地震が発生した場合、多くの企業は在宅勤務に取り組んでいるとはいうものの、発災時には一定数の従業員に対して帰宅抑制を実施し、社内は一時的に避難所のような状態になり、断水していたら「流水による手洗い」は困難で、アルコール製の手指消毒剤の備蓄が多めに必要になる。さらにフロア内で密集して発災後の数日間を過ごすこととなり「もしこの間に感染者が発生したら!?」ということも今から想定し準備いただく必要があると思う。
 今般のパンデミックは「ウイルスとの戦争」とよく表現されている。闘いにおいて重要なのは、孫子の兵法にある通り「廟算(びょうさん)」すなわち先々の見通しを立てて、かつ「負けない(大失敗しない)態勢を構築する」ことこそ重要であると申し上げておきたい。
 ドイツのノーベル物理学賞受賞者 ヴェルナー・カール・ハイゼンベルク博士は「専門家とは、その対象とする部門について、非常に多くの知識を持っている人というのではなく、その専門とする分野において起こり得る最も重大な間違いを知っており、従っていかにしてこれを回避できるかを知っている人である」という言葉を残している。本稿をお読みいただいた各社でリスク管理・BCPの「品質・実効性」が高まることを最後に祈念しつつ筆を置く。
<参考資料・参考文献>
「事業継続ガイドライン」内閣府防災担当
「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」
  新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議
『危機管理のノウハウ』佐々淳行

(もり・たけし)
森総合研究所 代表・首席コンサルタント
1966年東京都出身。開成高校・慶應義塾大学法学部卒業後、約12年間地方自治体(県庁、市役所)で実務経験を積む。
その後企業へ転職し、住友電装におけるリスク管理体制再構築など、BCP、リスク管理の統括を複数社でマネジメント職として実践。
2015年に独立し「森総合研究所」の代表に就任。その他に内閣府「防災技術の海外展開に向けた官民連絡会(JIPAD)」メンバー(2019年~)、筑波大学法科大学院非常勤講師(2016年~2018年)など。

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