経済広報

『経済広報』(2020年8月号)掲載
特集 コロナ・SDGs・ブランド
コロナの教訓とSDGsの深化
伊藤邦雄

伊藤 邦雄(いとう くにお)
一橋大学 CFO教育研究センター長 商学博士

アフター・コロナをどう創るか

 コロナショックが日本を含む世界中を覆っている。起こり得ないと思われていたことが現実に起こり、大きな衝撃を与えている。その意味で現代の「ブラックスワン」に遭遇している。私たちにとって、人類にとって“生命的存続”と“経済的存続”が共に脅かされている。両者の間の狭い道をいかに見いだし、実践するかが課題だ。
 大事なのは、今をどう乗り切り、その後の世界(アフター・コロナ)をどのように智慧と勇気を出して創っていくかだ。取るべき選択肢は2つある。1つ目は、時間の流れに忍耐強く身を委ね、ひたすら前の世界(ビフォア・コロナ)にどう効率的に戻るのかを考えることだ。しかし、未曽有の出来事の後の人々の不可逆性を考えれば、そうやすやすとは戻れない。2つ目は、どう戻さないかである。強い意志を持って柔軟に未来を創り変えるという道だ。結局、私たちの取るべき道は“Build Back Better”、つまり再建するなら前よりも良いものにしていくことだ。
 危機は耐え難いものだが、未来を創造するための好機でもある。今まで当たり前と思っていた前提や価値観を本質に立ち返って考え直す時でもある。コロナ禍は慣れ親しんできた経済・社会システムを抜本的に変える可能性もある。もっと言えば、従来の資本主義を問い直す時でもある。
 今進んでいるテレワークは、仕事のスタイルを大きく変容させることになろう。経営の重要なステークホルダーとして従業員に加えて、家族が入ってきた。なぜならテレワークは単に会社からパソコンを持ち込んだだけではなく、家庭に職場環境が入ってきたことを意味するからだ。会社内の制度や手続きの中には「ゾンビ・ルーチン」が驚くほどあったことに気付きつつある。マネージャーの行動様式も成果志向の評価に変わっていくだろう。現地・現物を大事にしてきた商慣行も見直されるだろう。工場の立地もサプライチェーンの組み方も、再考されねばならない。従来のストレス・テスト(BCP)がいかに脆弱だったかに気付いた企業も多いことだろう。
 私たちは突如として現れたコロナショックに苦悩しているが、もう1つの「ブラックスワン」に直面していることを決して忘れてはならない。それは、人類の持続可能性を脅かす地球規模の危機である、気候変動問題である。一方(コロナ)に目を奪われて、他方(気候変動問題)を閑却してはならない。気候変動問題はESGの「E」の中でも、SDGsの中でも最大級の課題なのだから。コロナ禍と気候変動問題には共通点もあるが、相違点もある。コロナ禍はあっという間に世界中で爆発する危機なのに対し、気候変動問題は忍び寄る危機といえる。気候変動は非常に長いスパンで影響が現れるため、対応も進みにくかった。しかし、有効な手立てを地球全体や各国で打たないと、深刻な要素が閾値(いきち)を超えて蓄積され、ある時に激甚ショックにつながってしまう。
 ウイルスはいつか収束するだろう。しかし、気候問題は収束することは絶望的にまずない。その意味で、コロナ禍はBuild Back Betterであるのに対し、気候変動問題はBuild Forward Better、すなわち後戻りしてはならず、前に向けて改善・改革行動の積み重ねあるのみだ。

高まるESG、SDGsへの投資家の関心

 ESGやSDGsに対する投資家の関心は一段と高まっている。背景には企業価値の決定因子が財務情報から無形資産などの非財務情報に重点移行したことがある。ESGやSDGsへの各企業の取り組みの巧拙は非財務情報そのものだ。また、機関投資家がSDGsへの資金供給を通して社会課題の解決に積極的に参画しようという大きな流れも起こっている。
 例えば、800兆円の資金を運用している世界最大級の機関投資家であるブラックロックの動きは象徴的だ。同社は今年4月に新たなファンドを立ち上げた。同ファンドはSDGsの169個のターゲットに焦点を当てているのみならず、“SDGs alignment(同調)”と“SDGs advancement(推進)”を明確に識別している。SDGsに本気で取り組み、変革を推進しようとしている会社に投資をすることで、変革を確実に起こそうとしているのだ。具体的な投資基準として、収益または事業活動の過半がSDGsの1つまたはそれ以上のターゲットから生まれていることを条件としている。うわべだけSDGsを唱えている“SDGs Wash”は真贋(しんがん)を問われることになる。
 深刻化する気候変動問題に向き合い、解決するためには次のような道筋をたどる必要がある。①まず気候変動問題を議論するための共通言語を開発し、世界的に共有する、②そうした共通言語を使って企業側が環境問題に関する有用な情報を過不足なく開示する(開示枠組みの開発)、③投資家や金融機関がそうした情報を適切に読み解き、自らの意思決定に反映させる(場合によってはダイベストメント――投資撤退)、④投資家や金融機関は気候変動を巡って企業と対話し、必要があれば企業に適切な行動を促す(エンゲージメント)、⑤こうした対話のプロセスを投資家・金融機関のみならず、全てのステークホルダーと行い、気候変動問題を克服するためのムーブメントを産業・金融・教育・自治体の世界に連鎖的に巻き起こす。
 気候問題の解決には、情報開示が欠かせない。その世界的な枠組みが2015年のG20で創設されたTCFDである。同タスクフォースは2017年に最終報告書を公表し、気候関連のグローバルな情報開示フレームワークを示した。TCFDの目玉は、「シナリオ分析」である。気候変動によって起こり得る将来予測(シナリオ)を用いて、自社の気候関連のリスクと機会を評価し、経営戦略とリスク管理に反映し、その財務上の(定性面も含めて)影響を把握し、開示するものである。
 TCFDを日本にも普及させることを狙いとして、2019年5月に「TCFDコンソーシアム」が設立された。筆者は会長としてその運営に携わっているが、こうした動きを梃子(てこ)として、日本はTCFDの賛同機関数が261(5月13日時点で)に達し、世界ダントツとなっている。こうした動きをTCFDの事務局では“Japan Success”と称賛している。今や日本はTCFDのフロントランナーとなったのである。
 コロナ対応の経済的存続と生命的存続のバランスだけだと“縮みっぱなし”になってしまう恐れがある。そこから抜け出す解は、SDGsに沿ったイノベーションの創出だ。SDGsは、イノベーションを創発する画期的ムーブメントといえる。それは、従来の「積み上げ・帰納法・自前主義型」から「長期志向ターゲッティング・演繹(えんえき)法・エコシステム型」への移行を促進する効果を生むことが期待される。そうしたSDGsの推進には、投資家の姿勢も変わらなければならない。“ダイベストメント”よりも、環境問題解決にあたり、“ブラウン”から“グリーン”への移行(Transition)を促す資金供給が促進されるべきだ。そうしたクリーン・エネルギーへの転換を促す「Transition金融」は、経済回復や景気刺激策としても効果を発揮することが大いに期待される。こうした努力を積み重ねることで、いつしか「グリーンスワン」に巡り合うことを願うばかりである。

共創対話型企業経営

 昨今、欧米ではブラックロックをはじめ有力機関投資家や経営者たちが資本主義の見直しを提唱している。その深層には何があるか。結論から言うと、中でも大きいのが2つのパラダイムに支えられた資本主義の行き過ぎに対する反省である。
 それは、アダム・スミス流のパラダイムとミルトン・フリードマン流のパラダイムである。スミスの思想は以下の通り。市場経済において各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される。各個人が自らの利益を求めて行動すれば、社会全体として望ましい状態が「見えざる手」によって達成される。要するに、部分知に基づいた自利追求の行動が社会全体の効率性を実現するという考え方である。
 フリードマンの考え方のエッセンスは、企業の社会的責任は(株主への)利益の最大化というものである。フリードマンがこうした思想を提唱してから50年が経つが、その間に予想し得なかった大変化が起こった。それが気候変動問題である。
 資本主義に幾つかの型があるといわれてきた。米国型、日本型、欧州型……。故に各国のガバナンス改革の道筋も異なってきた。米国は株主資本主義に傾斜し過ぎた。日本は資本市場や投資家を軽視し過ぎた。両国は対照的(真逆と言ってもよい)な起点からガバナンス改革を展開してきた。しかし、いずれの資本主義も持続可能性の観点から「あるべき資本主義像」に向けて収斂(しゅうれん)しつつあるというのが、筆者の見立てである。気候変動問題は資本主義の多様性を許容できないほど深刻化してきているからだ。
 筆者は、21世紀のあるべき資本主義像に基づいた経営の姿を「共創対話型企業経営」と呼んでいる。その7要件を最後に述べよう。
 ①短期主義と決別し、中長期的時間軸で発想する。②特定のステークホルダーに過度に偏向しないようにバランスを取る。③積極的な情報開示を通して、サプライチェーンを含む企業活動の環境などに対する「外部性」を抑止し、「説明責任」と「透明性」を果たすことで「市場の失敗」を補正する。④企業と投資家は建設的な対話・エンゲージメントを通して、相互の理解と研さんを図り、共に社会課題の解決に取り組む。⑤富(利益)のステークホルダー間のゼロサム的な分配(奪い合い)ではなく(例:迎合的な自社株買いなど)、時間軸の中でのステークホルダー間のインセンティブ協調によって富を「共に」「創る」ことを通して、ステークホルダーの取り分を全体として増やす。⑥企業はイノベーションの創出を通していかなる社会課題の解決に取り組むのか、その取り組みが社会や各ステークホルダーに中長期的に与えるインパクト(リスクと機会)を「シナリオ分析」を通してあらかじめ考慮し、経営戦略に組み込む。⑦次世代・未来世代(SDGsの価値観を共有した“SDGsネイティブ”)を主要なステークホルダーと捉える。

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