経済広報

『経済広報』(2020年9月号)掲載
視点・観点
池上彰氏に聞く
ポスト・コロナ、“未来”は一気にやって来る
池上 彰

池上 彰(いけがみ あきら)
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 特命教授

コロナ禍の生活の変化

1年ほど前、池上さんにお会いした時は、立教大、東工大の講義が終わり、名古屋に移動される前。慌ただしいインタビューでしたが、今回はご自宅でのZoomインタビュー。コロナ禍社会で池上さんのお仕事・生活は変わりましたか。
池上 大きく変わりました。立教大学と東京工業大学ではZoomを使って160~200人の学生に講義しています。名城大学、愛知学院大学では私が事前に準備した教材を学生に大学のサーバーからダウンロードしてもらい、それを読んだ上での質問に私が一つひとつ答えるという形で行っています。
 講演会やシンポジウムが全て中止となりましたが、最近は少しずつオンライン配信を始めています。通常のシンポジウムだと参加者は500~600人、せいぜい1000人ですが、オンライン配信だと4000~5000人です。
 また、大学のオンライン講義では、講義中の学生からの質問が増えましたね。100人、200人いる教室で手を挙げて質問するのは勇気がいるかもしれませんが、オンラインのチャット機能を使うと皆さん気軽に質問できるようです。
池上さんは、コロナ禍の生活をどう感じていますか。

池上 メリットもデメリットもありますね。対面だからこそ価値が高まることもありますし、リモートだからこそ遠隔地からの依頼に応えられることもあります。このインタビューの後、私はテレビ局との打ち合わせがありますが、今日は自宅からリモートで参加します。打ち合わせをするだけならそれで十分です。学生1人に1台タブレットやパソコンを供与してリモート学習を増やしていくべきだとか、働き方改革にしても在宅勤務をもっとできるようにするべきだとか、満員電車に揺られて通勤する必要ないよねとか。こういったことは何年も前からずっと言われていました。5年後あるいは10年後にそうなっているかもしれないとぼんやり想像していた未来が今、一気に現れたような感じがします。コロナ禍がひと段落しても、もはや全てが元に戻ることはないでしょうね。

コロナ禍の企業をこう見る

コロナ禍の企業の対応・変化について、どのように見ていますか。

池上 将来を見据えてテレワークを準備していた企業は、コロナ禍においても対応が早く、スムーズに移行しています。企業の日頃の準備の差が、今回歴然と出てしまったなと思います。
 いろいろな企業の方の話を聞くと、会議そのものが減っているようですね。これまでは、無駄な会議をやめようと社内で言っていても、無駄な会議なんてないと偉い人が言ったりして。ところが、こういう状況下で取捨選択してみると、結果的に会議の数が減った。
 それからこれはちょっと耳が痛い人がいるかもしれないけれど、これまで会社に何しに来ているのだろうというおじさんたちがいたりしましたよね。会社に来ること自体が仕事みたいな人たち。在宅勤務やリモートワークをするようになった途端、出る幕のなくなったそういう人たちの存在価値が問われるようになったなと感じます。

企業に期待すること、望むことはありますか。

池上 これまで日本企業はコスト削減に重きを置いてきました。それは企業努力として当然のことですけれども、こういった危機的な状況に陥るとコスト削減を突き詰める一方で、企業経営における安全保障というのが問われることになりましたね。企業の経営をサステナブルにするためのリスク分散が今後求められていくでしょう。
 また、コロナ禍で見えてきた、いい企業とは、とにかく歯を食いしばってでも社員を守る企業です。社員の健康を守るため、感染を防ぐため、「出社するな」と言えたかどうか。企業によって社員への対応に大きな差が生じました。健康経営という言葉がありますけれども、それができた企業がいい企業だなと私は思いました。

社員には何を望みますか。
(写真は本誌2019年7月号取材時に撮影)
池上 今後の社会で、在宅勤務やリモートワークが主流になると、個人の能力が目に見えて分かるようになるでしょう。会社にいると、能力差があってもそれほど目立つわけではない。しかしこれがリモートとなると、その差が歴然と出てしまう。
 また今回のことで、自分にとって一番大切なことは何かを改めて考えた人も多いのではないでしょうか。在宅勤務をせざるを得なくなった方は、ワークライフバランスを振り返るいいきっかけになったかもしれません。改めてご自身の働き方をいろいろな視点から見直していただきたいですし、そのいい機会になったと感じています。
 就職活動についても、コロナ禍でいち早くリモートに移行した企業もあれば、もたもたしていた企業もあります。学生たちには、対応が迅速でしっかりしている企業には未来があるよと話しています。
 逆に企業側の観点でいうと、この学生はリモートでも自分をしっかりアピールできるか、あるいはIT機器を使って論理的なプレゼンテーションができるか、そういうところを見るようになりますよね。私は、そういった能力を早い時期から身に付けておくことが大事だと学生に伝えています。
コロナ禍で、人々の意識や考え方に何か変化を感じますか。

池上 例えば、私たちが外出を自粛してステイホームし、人々の移動が減ったことで、温室効果ガスの排出量が減りました。人間が経済活動を止めることによって、環境がこんなに良くなるものかと。人間の経済活動がいかに環境を汚していたかを知りましたね。エココンシャスという言葉がありますが、今回のことで私たちは、環境をより意識せざるを得なくなりました。SDGsの意味をより深く切迫感をもって感じることができるようになったのではないかと思います。
 また、日本社会はこんなにITが進んでいなかったのかと思う場面が多かったですね。印鑑を押すために出社しなければならない、10万円の給付金をもらうために役所へ出向かなければならない。私たちは日本が世界に誇るIT最先端の国であると自負していたわけですけれども、最先端のことばかりがいつもニュースになっていて、今回足元を見てIT化が進んでいないことを思い知ったのではないでしょうか。今後一気にSociety 5.0が進むのではないかと思いますね。

トップの発信力

コロナという緊急事態下で、国内外問わずトップが情報発信する場面が多くあったと思いますが、トップの発信力について思うところはありますか。

池上 自分の住んでいるところの知事と他の都道府県の知事を比較し愕然とする場面が多かったのではないかと思います。各知事の能力が今回の緊急事態で“見える化”しましたね。発信力でいうと、素晴らしいと思ったのはドイツのメルケル首相。国民へのメッセージを発信する際、医療関係者への感謝はもちろんのこと、自身が感染するかもしれないリスクに怯えながらスーパーマーケットでレジをしている人、棚に商品を補充している人、そういう人たちのおかげで私たちの暮らしは通常通り保つことができていると発言されていました。普段からご自身で買い物をされている彼女だからこそ出てきた感謝の言葉だと思います。ニュージーランドの首相にしてもそうです。緊急事態に、運命共同体として共感できる投げ掛けの言葉が多くの人々の共鳴を呼んだと思いました。

聞き手:経済広報センター 常務理事・国内広報部長 佐桑 徹
文責:国内広報部主任研究員 大藤由貴
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