生活者の企業施設見学会
2014年12月12日 神奈川
主催企業:日本郵船
見学施設:日本郵船歴史博物館

「近代日本海運の黎明期から今日に至るまで」

2014年12月12日、日本郵船歴史博物館(神奈川県横浜市)で、「生活者の企業施設見学会」を開催し、社会広聴会員27名が参加しました。
 

概要説明と博物館見学の様子

 2015年(平成27年)に創業130周年を迎える日本郵船は1885年(明治18年)、郵便汽船三菱会社(九十九商会が起源)と、共同運輸会社が、合併して誕生しました。 
 日本郵船歴史博物館は、日本郵船の歴史とともに、日本海運の歴史を紹介する、船会社で唯一の企業博物館で、1936年(昭和11年)に建てられた「横浜郵船ビル」を改修し、2003年(平成15年)にリニューアルオープンしました。 
 常設展示は、年代順に8つのコーナーに分かれており、1870年(明治3年)に九十九商会が防火用に作り、三菱のマークが初めて使用された天水桶から展示がスタートします。 
 明治政府の富国強兵、殖産興業の政策に従い発展し、欧米豪などの海外航路を次々に開設して、昭和初期には豪華客船時代を迎えます。神社の名前が付けられた貨客船も多く、きれいで速い船、きめ細やかなサービス、食事などが世界中で評判になり、チャップリンをはじめ著名人が乗船しました。館内では、浅間丸の豪華なディナーが再現され、当時の乗客たちが船旅を楽しんでいた様子が偲ばれます。 
 しかしその後、太平洋戦争で壊滅的な打撃を受けます。沖縄の学童疎開船「対馬丸」をはじめ185隻を失い、戦前からの所有で残ったのは、6隻の貨物船と1隻の貨客船「氷川丸」のみでした。社員の犠牲者は5312名にも上り、館内の「殉職戦没社員冥福記念像」が、当時の悲しみを現代に伝えています。 
 ほとんどゼロの状態から戦後の復興が始まります。人の移動手段の主流が飛行機に変わったため、客船事業からはいったん撤退し(1990年代に再び参入)、貨物の輸送を担う総合海運会社に変革を遂げます。コンテナ船やLNG船、自動車船などの模型や資料から、日本のエネルギー輸入や製品の輸出入などを支える海運の重要性をあらためて認識させられます。
 見学後、飛鳥・飛鳥・の元機関長から話を伺いました。船内の快適な空間を保つため、発電、空調、水の供給、ゴミ処理などを、厳しい環境基準でコントロールしたり、救命ボートや非常用電源装置の定期的に検査・訓練していることなど、快適なクルーズを支える裏側の努力を学ぶことができました。

氷川丸見学の様子

 1930年(昭和5年)に貨客船として誕生し、太平洋戦争中は病院船、戦後は引揚船、そして再び貨客船として活躍した氷川丸を見学しました。就航当時の姿が再現され、重厚な雰囲気の一等食堂や一等客室など、当時にタイムスリップしたような感覚になります。デッキから、横浜大桟橋からの出航を待つ飛鳥・の美しい全容も見ることができ、感激もひとしおでした。 

参加者の感想から

 「展示物が、船舶技術、戦争、秘話・悲話や歴史を物語り、興味と感動をもたらしました」「創業以来の栄光と苦難、その唯一の生き証人である氷川丸は重要な建造物です」「船も技術革新が進み、省エネルギーが進んでいることに感心しました」

お問合せ先
経済広報センター 国内広報部
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TEL 03-6741-0021 FAX 03-6741-0022
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