沿革

経済広報センターとは

 経済広報センターは、1978年11月に設立されました。第1次石油危機直後から企業批判が高まる中、経済界が企業の存在意義や考え、そして行動を積極的に発信していく重要性を痛感したことが契機となりました。
 設立された1970年代後半は、それまで経済成長を第一義としてきた社会が徐々に変容し、経済と社会との間に歪みが生まれ始めていました。企業が社会の繁栄の一翼を担っているという事実を、個々の企業が充分に社会に伝えることができず、その方途を模索していた時期です。
 このような状況下で設立された当センターは、社会と経済界とのコミュニケーションを促進するという目的の下、経済界の考え方や行動などについて発信するとともに、内外の声を受信して、経済界や企業にフィードバックしていく事業を次々と打ち出してきました。テレビ、新聞などのメディアを通じての発信、あるいはジャーナリスト、研究者などとの交流による相互理解の促進、教育関係者への研修機会の提供、生活者からの意見の受信など、他に類を見ない多面的なチャネルをもって広報と広聴の両役割を担ってきました。
 また、世界情勢の変化とともに、当センターの課題も変化しています。台頭するアジアパワーの中での日本経済の動向を世界は注視しています。また、国内においても企業不祥事が頻発する中、社会における企業の意義、企業組織、企業と従業員との関係などについて新たな眼が向けられ、様々な意見が提唱される時代を迎えています。
 経済広報センターは、このような国内外における変化に対応すべく、常にアンテナを高くはり、メッセージの受信と発信に努めています。社会における企業の役割に関する理解の促進、あるいは政府の経済政策に関する提言など、経済界として訴えていくべきメッセージは常に存在しており、経済広報センターは、社会との対話を基調として、経済界のメッセージを発信し続けています。
 なお、2012年4月1日に財団法人から一般財団法人へ移行し、現在に至っています。

経済広報センターの歩み

1978年 11月 経済広報センター設立。初代会長に土光敏夫氏
1979年 5月 広報関係の資料を収集し「広報資料コーナー」を設置(後に「広報ライブラリー」と改称。2001年9月に閉館)
  8月 機関紙『経済広報センターだより』創刊号を発行(現在、『経済広報』と改題)
1980年 6月 稲山嘉寛氏が会長に就任
  6月 第1回「企業の広報活動に関する意識実態調査」を実施(現在、3年毎に継続中)
  6月 第1回米国小中高校社会科教師招聘(現在、北米社会科教育関係者招聘として継続中)
  10月 日本の政治・経済・社会の国際比較統計集『JAPAN 1980』(英語版)を発行(現在も毎年発行)
1981年 2月 会員企業の広報担当者を対象としたセミナー「企業広報フォーラム」(第1回)を開催(現在、継続中)
1983年 8月 第1回「教員の民間企業研修」実施(現在、継続中)
1985年 4月 「企業広報賞」を創設(現在、継続中)
1986年 4月 大学で企業のトップや専門家が講義する「寄付講座」を開設(現在、「企業人派遣講座」として継続中)
  6月 斎藤英四郎氏が会長に就任
1990年 4月 生活者とのコミュニケーションを推進するため、第1期女性ライフレポーターを募集(現在は生活者、会社員、学生などで構成する社会広聴ネットワークを構築。アンケート活動等を展開)
1991年 3月 平岩外四氏が会長に就任
  4月 生活者と経済界首脳、学者、評論家らとの対話を図る「フリートーク・フォーラム」(第1回)を開催(以降、第4回まで開催)
1992年 4月 経済広報センター米国事務所(ニューヨーク)が本格的に活動を開始
  9月 対日批判に即時対応していくための「国際対話推進グループ」(座長:盛田昭夫副会長)を設置
1993年 11月 企業・団体の広報資料を集めた展示会「広報メディア展」を開催(以降、環境報告、グループ広報、CSRなどのテーマで展示会を開催)
1994年 4月 中国有力大学での講演会開催(現在、継続中)
  6月 豊田章一郎氏が会長に就任
  6月 米国ビジネス・スクール教育者を招聘(現在、継続中)
1997年 5月 米国事務所をニューヨークからワシントンに移転(2002年日本経団連に移管)
  9月 英国主要都市のジャーナリストを招聘(現在、継続中)
1998年 6月 今井敬氏が会長に就任
1999年 2月 米国の有力シンクタンク研究者を招聘(現在、継続中)
  4月 環境問題を専門に扱ったサイト「環境情報プラザ」を開設
  4月 米国企業広報調査ミッション派遣(欧州、中国などでも実施)
  4月 日経新聞に囲み記事『エコノミイ・ファイル』を掲載開始(2009年3月に連載終了)
2000年 8月 各産業の現状を基礎データで紹介するサイト「産業データパーク」を開設(現在、「産業データプラザ」と改称)
  10月 海外向けに日本経済・社会の現状について解説する情報誌『JAPAN Business Insights』を発行(現在、『JAPAN Economic Currents』と改題)
2001年 2月 社会広聴会員が企業を訪問し、意見交換を行う「企業と生活者懇談会」を開催(現在、継続中)
  11月 アジアにおける知的ネットワークを構築するため「アジア知的交流プロジェクトシリーズ」開始
2002年 6月 奥田碩氏が会長に就任
2003年 3月 韓国ジャーナリストを招聘(現在、継続中)
  5月 広報セクション幹部向けのメディア・トレーニングを実施(現在、継続中)
  10月 東南アジア研究所(ISEAS)との共催で、アセアン各国の研究者が一堂に会したシンポジウムを開催
2004年 4月 ホームページのリニューアルに併せて、企業広報に特化した情報を提供する「企業広報プラザ」を開設
2005年 1月 中国ジャーナリストを招聘(現在、継続中)
  7月 東アジアにおける共通の懸案事項について日米中3カ国の有識者が意見交換を行う「日米中トライラテラル会議」を開催(以降、2006年5月、11月にも開催)
2006年 6月 御手洗冨士夫氏が会長に就任
2007年 7月 日本経団連などと共催で「道州制の導入に関するシンポジウム」を開催(以降、名古屋・大分・仙台・広島・札幌で開催)
  12月 アセアン各国から英字紙のジャーナリストを招聘(現在、継続中)
2008年 11月 道州制の国民的議論の活性化を目的に、全国各地でミニ講演会を開催(現在、継続中)
  12月 創立30周年記念シンポジウム「今後10年の企業広報を展望する」を開催
2009年 3月 創立30周年記念出版物『経営を支える広報戦略-広報部長のための戦略と実務-』を発行
  4月 道州制に関する標語を一般公募・表彰
2010年 4月 シンポジウム「企業の役割と今後の課題」を開催
  6月 米倉弘昌氏が会長に就任
2011年

1月

インドから研究者を招聘、9月にはジャーナリストを招聘(現在継続中)

2012年 2月 講演会「わたしがつくる理想のまち 未来都市モデルプロジェクト」を開催
  3月 未来都市モデルプロジェクト見学会を実施
  4月 財団法人から一般財団法人へ移行
2014年 6月 榊原定征氏が会長に就任
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